第74話 葬儀
「それでは、こちらでお待ちください」
青白二色の長寛衣 (ローブだ)姿で深く頭巾 (フードね)を降ろした人物が、わたしたちを円形状の建物の中へと誘う。
「「「はい……」」」
「赤い棘」救出の翌日。わたしたちは緊張感に押し潰されそうになりながらブレーザさんの葬儀に出席していた。足が震えてしまう。異世界の葬儀だもの。日本の葬儀だって、碌に経験したことは無いのに。
昨夕に「袋道亭」を訪れたナナさんは、ショウの体調を確認しながらブレーザさんの葬儀に出席してくれないかと深く胸礼してきた。断れる理由がない。でも、異世界の宗教儀式なんて…何かタブーを踏んでしまったら大変よね。三人で必死に言語対照で葬儀関連の言葉を探った。
そして相談の末、宿の女将さんに「世間知らずの若造が恥を忍んで」という体で教えを請うことにしたのだった。
「…そうですね。身分を隠されているとは言え、森人さまですから。少なくとも大銀貨を期待されるでしょうね」
幸いエンディルさんは、身分を隠した森人貴族が普人平民の魔物狩の葬儀に出席する、という状況での振舞を迷っているのだ、と解釈してくれた。遺族への香典の類は必要ない一方で、神殿へ寄進をするのは必須らしい。
「服装ですか。魔物狩をされているとは言え、ショウ様とリカ様は魔術士の装いが宜しいかと。モモ様も先日の男装服が良いと思います。服の色や飾りですか? 長寛衣や懸布で隠れますし問題ないですよ」
女将さんの助言に従い、三人は神様の魔術士服などに身を包み、頭巾を深く被って神殿へと向かった。
神殿は町の西端、代官屋敷や衛兵本部と共に硬化石の高壁で囲まれた内砦の中にある。でも豪華な装飾に加えて時計塔まで聳えている代官屋敷と違って華美な構造は何も無い。円形の建物を中心として四角い建物が二棟、繋がっていた。
神殿の外壁は砦を囲む城壁と同じ乳白色の硬化石で、処処に青い石が使われている。ショウに拠るとコバルトや銅の酸化物を混ぜると青くなるそうだから、そうやって作ったのかもしれない。窓も透明な硝子と青い硝子が交互に使われていた。白と青の組み合わせは、光魔術の色を表しているのだろう。
神殿の入口で大銀貨を3枚寄進して円形部分に入場した。中は別世界のような空間が広がっていた。窓から差し込む陽光が青白二色の水晶で飾られた壁に反射して、空色に煌めいている。爽やかな碧葉のような香りと相まって、清浄感に溢れていた。この香りは…ローズマリー、こちらでは「青雫草」ね。
出席者は少ない。「赤い棘」は頭巾を被った長懸布 (マント)姿だ。高級そうな長寛衣はクンディ様だろう。他は、ほんの数人。魔法陣を拡大したような丸い紋様が描かれた床の端に、説教台が置かれている。でも何かが足りないような…そうか、神像の類が見当たらないのね。説教台の手前にお棺がひとつ。
そして奥から青白二色の長寛衣を纏った人たちが出て来て、直径10m程の紋様の周囲に沿うように並び、一人は説教台の脇に立った。ヴェイザに一人しかいないという神官様だろうか…誰も何も喋らない。閑とした重い空気感に堪えられなくなってきたころ、神官様?が徐に口を開いた。
「それでは、恒神様の身許に送り届けましょう…魂となりしブレーザは、ミキルミルのマリスク村出身にて…」
故人の紹介から始まるのは地球と同じね。やがて「大活躍した人生」が終わり、次はお説教かな、と思ったら、神官様は…どうやら普人男性らしい…朗々と歌うように古めかしく聞こえるお祈りの言葉を詠んでいった。恒神様の翻訳は、こういうニュアンスまで再現してくださるので有難い。
おお神よ 御恤み深き 恒神よ
小さき魂が 罷り越しけり
願わくは その希ひをば 叶え給へ
生れ変はらむ 意志有らば 頻々と還らせ給え
生れ変はらむ 意志無くば 御許に眠らせ給え
魔物なき世の 成り成りし日まで
不思議とよく通る低音が、心に染み込んでくる。すすり泣きが耳に入ってきた。お祈りの言葉には、この世界の宗教観や死生観についての重要な情報が含まれていると思う。輪廻転生は、地球でもお馴染みの考え方だ。でも自分が実際に転生した立場からすると、複雑な思いが頭を擡げてくる。
そして最初のあの薄明の時空でも思ったけれど、この世界の神様は、わたしたち人間…小さき魂…の意志を結構、尊重してくれている気がする。お祈りの言葉と同じように生まれ変わるかどうかも選べたし、魔物狩をしないで生きるスキル構成にだって、しようと思えばできたもの。
その後、青白服の人たちがお棺を持ち上げ、出席者は揃って神殿を後にすると、砦と一体化している西門を潜った。門番の衛兵は女性だった。魔物狩にも女性がいるけれど、女性兵士も存在したのね…そして門を抜けたところが墓地になっており、太い木の柱が四本並んで聳えていた。
巨柱は色が違う。灰色、緑色、橙色、そして茶色。橙色の木だけ「黄檗」として知識にある。薬草木として使われるから。少し離れた地面が掘られていて、その穴の脇にお棺が置かれた。マクアナさんとナナさんとタングニーザさんが前に出て、神官様と共にお棺を取り囲む。わたしたちもその周囲に陣取った。
「業才に 困らぬよう」
「「「「わざさえに こまらぬよう」」」」」
神官様のお言葉に続いて、出席者が同じ言葉を唱和する。勿論、わたしたちは言えなかった。マクアナさんがご遺体の口に硬貨を含ませる。ショウが身動きするのが分かった。あとで聞こう。
「装粧に 困らぬよう」
「「「「「よそおいに こまらぬよう」」」」」
ナナさんが布切れを死装束に挟み込む。今度は真似て唱えることができた。
「飲食に 困らぬよう」
「「「「「おんじきに こまらぬよう」」」」」
タングニーザさんが紫蜜柑をひとつ、死装束の合わせ目に差し入れた。
「「「「「「「「「ト・アペイロン」」」」」」」」」
最後の一斉唱は不意を突かれて合わせられなかった。アペイロンは恒神の音訳だ。多少のラテン語までカバーするショウの豊かな知識でも、その意味は分からない。単なる固有名詞なのかな…。
神殿の人たちが麻布をしっかりと巻き直したブレーザさんの遺体を棺から持ち上げると、ドサリと穴の中に放り込んだ。神官様が三度、遺体の上に軽く土を掛け、一同が揃って頭を垂れた。わたしたちも何とか倣う。あとは青白の長寛衣を着ていない、黒ずくめの普人男性が土を被せていった。砂魔術は使わなかった。
ふと気付くと、お棺の傍にいた神殿の人…恐らく女性…がショウに頭巾越しの視線を向けていた。頭巾に隠されて顎のあたりしか見えないけれど、わたしの直感が相当な美人だと告げている。神官様が両の手を広げると、マクアナさんたち「赤い棘」は揃って巨木に歩み寄って、くちづけをした。
ざあっと風が吹き寄せて、皆の外套などの裾をはためかせて合奏する。顔を巡らすと、墓地の向こうには果樹園と牧場が広がっていた。西門の先は、ほぼ魔物が出ないらしい。薄灰色の長毛に覆われた牛が…あれが「毛深牛」ね…のんびりと草を食んでいる。対照的な風景がひと目で見渡せる。この世界は生と死が隣り合わせに同居しているのだ。
一連の儀式が終わった。予想よりも簡素で助かった。わたしたちも、何とか溶け込めたと思うのだけれど…「赤い棘」の皆さんが近付いてきた。こういう時の挨拶が分からないから、これからが大変かも。
「ショウ様。リカ様もモモ様も、共にお見送りいただき有難うございます」
「いえ…」さすがの彼も、言葉が続かない。
「ショウ様!…貴方さまのお陰で、ブレを綺麗な顔で連れ帰れて…そ、葬儀まで! 魔物に食われて終わる魔物狩とは思えない最後を…うう…か、重ね重ね感謝いたします。ぜひ、これを! ブレの棒投剣です!」
タングニーザさんが泣きながら跪くと、棒投剣を捧げるように彼に差し出した。単なる形見分けで特別な意味を持っていないと良いのだけれど…。彼は黙って頭を下げると、忍者のクナイみたいに柄頭に穴が開いている、ブレーザさん愛用の細い楔型の棒投剣を二本、受け取った。
「怒龍団」だったらしい男性二人の遺体はそのままだもの。武具と組合の身分証札は持ち帰ったけれど、今頃は骨も残っていないかもしれない。タングニーザさんを立たせ、町へ戻ろうと転じたわたしたちに、青白姿の人物が二人近付いてきた。背の高い人と、ショウに視線を寄越した神職らしき小柄な女性だ。
「申し。光の技使い殿。暫し、お時間をいただきたく」
背の高い人物は、先日の男装の麗人だった。そんな気がしていたのよね。「赤い棘」の面々は深々と神職の女性の方に胸礼をすると離れていった。女性は静々と歩み出てくると、白く細い指先を揃えて胸礼しつつ話し始めた。控えめな佇まいなのに、何故か存在感が…そう、オーラの…あるひとだった。
「…口上も無しに失礼いたします。神官補を務めますリナリア・アステリデと申します。神官様が、是非にでもショウ様とお会いしたいとのことでございます。明後日にでも、お時間をいただけませんでしょうか」
辛うじて口許が覗える顎は完璧な造形。頭巾から僅かに覗く、輝くような金髪と白肌は森人で間違いない。その宝石の如く形よい唇から流れ出る声は、驚くほど透き通ったソプラノだった。




