第75話 魂の行方
葬儀の夕方。わたしたちは夕食を待つ空き時間で今日一日を振り返っていた。朝夕と治療仕事を熟したお陰で、寄進した分は稼げた。今朝は南門の外に立ってみた。南門から出立することにした商人や旅人が増えるかもしれないと踏んだのだ。普段の人通りが分からないから増減は判断できなかったけれど…。
そして、葬儀後は着替えて北門の外へ。さすがに「玄奥の森」に入る魔物狩はいなかったらしい。「硬化石の守り」にも会えた。彼らは幸いなことにご馳走の食べ過ぎで調子が悪かったお陰で昨日は狩りには出ず、今日は話を聞いたので北門の南側草原で狩りをしたそう。他の魔物狩も似たようなものだろう、とのこと。
「ね、ショウ…聞いていい?」
わたしはショウが身動ぎをした理由を確かめることにした。
「お葬式でマクアナさんたちが硬貨や布や紫蜜柑を入れたとき、身動ぎしたよね。気になることがあったのよね?」
「うん、私もそう思った。教えてくれる?」
彼は考えを纏めるように目を閉じてから、少し寂しげな笑顔で話し始めた。
「…先ずはね。日本では今でも、棺に六文銭を入れるのは知っているよね」
「うん。三途の川の渡し賃だよね。日本以外でもあるの?」
「そう言えば私、西欧でもご遺体の瞼に硬貨を置くって聞いたことがある」
「あれは「冥銭」と言ってね。全世界に同じような風習はあるし、貨幣がない時代から行われてきたんだ」
貨幣がない時代は何を? わたしはモモと顔を見合わせて続きを促す。
「…殷では貝を口に入れた。西域では瑪瑙、新大陸では翡翠。口に入れることが多いけど、手に握らせることもある。貨幣が発明されると硬貨になった。古代ギリシャでは、日本と同じくアケローン川の渡し賃だ。死後の世界で困らない財産を、という意味を考えれば同じ習慣が存在していても不思議は無いと思う。それでね…」
あなたの解説は、ここからが面白くなるのよね。
「…もう一つ気になったのは、「冥銭」「布」「果物」の三つだったこと。神官様が土を掛けたのも三度だった。地球では「3」というのは重要な数字だよね。宗教儀式は勿論、神話や民話ではよく「三度の繰り返し」が出てくる。『新訳聖書』を例にとると、イエスが捕まったときに弟子のペトロが「イエスなんか知らない」と三度、否認する。イエスの予言通りにね。二度でも四度でもない。それに「三人兄弟」の民話は世界中に存在するよね」
なるほど。確かに、古今東西で共通して「3」がよく出てくるかもしれない。
「直ぐには思いつかないけれど、三度の繰り返しって無数にありそうよね」
考えを纏め切れなかったわたしに、モモが必殺の首傾げで補足してくれた。
「三大何やらとか、三位一体とかも同じよね。どうして地球人類にとって「3」が重要な数字になっているの?」
「定説は無いみたいだ。でも例えばユングは「3」には全人類に共通する無意識の深層に原型があると言っているし、フロイトは無意識の三度の繰り返しを「反復強迫」と名付けている。この世界の人類種は地球とそっくりだから、繰り返しの数も同じく三度でも不自然ではないとは思う。でもね…」
多分、この先がショウの本当に言いたいことだろうけれど、今回は何故か聞くのが怖い気がしてきた。
「この惑星「我等世」の人類は四種類。元からあっただろう属性魔法も四種類。こちらの人は纏めて四魔術って言うよね。葬儀のあれも意味を考えると…」
わたしは思わず割り込んでしまう。
「そうか。「冥銭」「布」「紫蜜柑」は「死後、衣食住に困らないように」だとすると、「布」は「衣」で「紫蜜柑」は「食」よね。すると三つ目は「住」を象徴するものでも良いのに、「業才」だったのは変な気がする。「業才」と言いながら「硬貨」というのも意味が分からないよね…」
「そうだね、リカ。この世界、生まれつきの才能が重要みたいだから「衣食住」に加えて「才能」で「四度の繰り返し」をしても良い筈だ。そして「才能」と言うのなら、棒か何かで「杖」を象徴させてもいい。帝貨に刻まれているように「剣」とか「農具」とか「槌」を象徴する何かでもいいのにね」
「…四協帝国も、直訳だと「四が力合わせし帝の国」だし、帝貨の裏も「四本角」がモチーフよね」
「墓地の柱も四色で四本あったよね…ショウ、あれはどんな意味だと思う?」
「う~ん。人類四種族か、四魔術か、それとも別の何かを象徴しているのか…」
そうよ。この世界の重要な、或いはキリの良い数字は「4」でもおかしくない。いえ、「4」でない方が不自然な気がする。それなのに地球と同じ「三度の繰り返し」だった。才能に恵まれますようにと言いつつ硬貨を入れるのも変だ。この世界には、お金を積めば才能を買える、という謎システムも無いのだから。
「地球と「我等世」の人類はそっくりだから、数字に対する考え方や、宗教儀式に至るまで似通っていても不思議は無いとは思う。一方で両世界には決定的な違いもある。言うまでもなく魔素或いは魔力の有無…魔法の有無だね。それに、何よりも僕たち自身のことを考えると…」
そこで彼はふっと言葉を途絶えさせた。
「…神様が存在して、魂が存在して、転生者が存在する…」
わたしは心に浮かんだ考えをそのまま呟いた。モモも続く。
「私たちが初めての転生者ってことはないよね。それに、魂だけになって生まれ変わった人たちもいた。記憶は引き継がれないけど、精神構造が同じ魂がこの世界に生まれ変わっている…」
「そうだね、モモ。過去に転生者がどれくらい居たのか分からないけど、魂だけとしても、双方の世界は昔から互いに交流していたからこそ、精神の奥深くまで似通っているのかもね」
突然、頭の中に閃いた考えにわたしは強い衝撃を受けた。そうだ。わたしたちが地球で死んだのは間違いない。それは何故か、些かも躊躇なく確信できる。でも、生まれ変わりの場所は?…あの薄明の世界で恒神様は言われた。18歳以上の者と転生を希望しない者は生まれ変わる、と。でも、どこに?
わたしは当然のように地球に生まれ変わると思っていた。でも、生まれ変わるのは「我等世」だとしたら? いえ、どちらの惑星に生まれ変わるかを選べるとしたら? そして「我等世」で死んだ人たちも、どちらかを選べるとしたら? 葬儀での神官様の祈りの言葉は何と言っていた?
生れ変はらむ 意志有らば 頻々と還らせ給え
生れ変はらむ 意志無くば 御許に眠らせ給え
魔物なき世の 成り成りし日まで
そう。「魔物なき世」とは地球のことだったら? 希望すれば地球で生まれ変われるのだとしたら! 記憶が失われるとしても、同じ精神構造を持つ魂が双方の世界に存在することを説明できしまうのでは? ふたつの人類社会があまりにも似通っていることにも納得できる。それに…。
董ちゃんが言っていた。わたしもきっと見届けるから、と。何処で愛しい兄の人生を見届けるのだろう? 当然、この「我等世」だ。いま現在、彼女の魂は何処に? 既に生まれ変わっているのだろうか。それとも、生まれ変わるのを待っているのだろうか。ショウの人生を見守るために最適な場所の到来を待って…!!
「…ショウ。地球にはこっちと同じ「硬貨」「布」「果物」の三点セットのお葬式ってあるの?」
「モモ、僕は知らないな。ええと、日本だと「六文銭」「米」「塩」。古代ギリシャだと「硬貨」「聖餅」「毛髪」。ヴァイキングだと「酒」「薬草」「果物」。どの文化でも余裕があれば副葬品は豪華になるから、その中から任意の三つを選べば同じセットが見付かるかもしれないけどね…」
彼は気遣わしげな紫瞳を一瞬だけ寄越してくれた後に、話を続けた。
「そう言えば、白雪姫が「紐」「櫛」「林檎」で三回殺されるのも、キリスト教以前の風習ではこれらは死者へ手向ける供物で、殺人ではなく鎮魂の儀式だったのでは、という説をどこかで…」
「ヴァイキングがお酒って、イメージ通りなのね…。白雪姫の方はイメージが引っ繰り返るよね。でも言われてみれば、意外と原型はそうだったかもしれない、という気もする。ね、リカ?」
「…う、うん…面白いよね…」
「…………。そうだ、ショウ。古事記の黄泉平坂も、伊弉諾尊が黄泉の国から逃でるとき「髪飾り」と「櫛」と「桃」を投げるよね。これも似ていない?」
「髪飾りは山葡萄の蔓製だったから、山葡萄に戻って追手がそれを食べた。竹製の櫛も筍に戻って足止めできた。最後に邪気払いの桃を投げたね」
「でも残念ながら、山葡萄は上から垂れ下がる鍾乳石の氷柱石で、筍は下から盛り上がる石筍の暗喩だろうから、最後の桃だけなんだよね」
「そうか! 葡萄も筍も、鍾乳石の形なのね。この話を聞いた昔の人は鍾乳洞を通って逃げる伊弉諾尊をイメージできたのねえ…」
二人が続ける会話の内容は、わたしの頭に入ってくれなかった。二人は、わたしと同じことに思い至っているのだろうか。あなたは…そう。あなたは、少なくとも、あなたなら、気付いていない筈はない…。
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清海節子『民話に於ける数の種類と役割』
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※次回更新は4/29(祝)です(GWは土日祝公開を予定しています)




