第73話 昏倒
「あ、あたいの所為だ……ブレは渡りの魔物狩になるような女じゃなかったのに! あたいが夫の仇を討ちたいなんて言ったばかりに! 村で狩りしてりゃあ……許して。許しておくれよう……うう……」
ブレーザさんの遺体を抱くタングニーザさんが泣きながら謝罪を繰り返している。いつの間にか近寄っていたショウがブレーザさんの顔に静かに手を当てた。
「ショ、ショウ様。ブレはもう……」
淡い青光がブレーザさんとタングニーザさんを包む。治療の白光ではない。ブレーザさんの白い顔の汚れが消えた。続いてタングニーザさんを診る。左脚が捻じ曲がっている。彼に頷かれたモモが両手で彼女の脚を無理やり戻して、悲鳴が上がった瞬間に白光が彼女を包み、文字通り魔法のように全快する。
「あ、ああ…ショウ様…ブレを綺麗に……か、感謝いたします! あたいの脚まで……癒し手さま! ト・アペイロン!」
タングニーザさんは拝み倒すように平伏して額を地面に擦り付けた。
合理的に行動するなら、最も重そうなナナさんから治療すべきだろう。少なくとも、皆を診察して優先順位を決めてから治療すべきだろう。トリアージと言うのよね。でも、やはり理屈では割り切れないこともあるのだ。それに光魔術なら直ぐに治るから、多少の遅れは何とかなるはず。
ショウは続いて他のメンバーのところを廻り、順に治療していく。モモも同行して骨の位置修正などを手伝っている。「赤い棘」は全員重症だった。特にナナさんの右腕。彼の光治療を以てしても一度で治らない大怪我は、初めて見た。眉を寄せた顔で何かを思い出すような表情を見せながら、三度も発動していた。
「し、信じられない……動く! 潰れていたのに!」
ナナさんが右手を握ったり振ったりしながら驚愕している。
(ゲアッ! ギャッ!)
遠くから跳小鬼の声が響いてきた。長時間の滞在は危険だろう。
「ショウ様。せっかく治療していただいて申し訳ないが、わたしとナナは動けそうにない。三人をお頼みします。どうか、生還させてやってください」
「わたしと姉が、囮となっている間に」
マクアナさんとナナさんが決意を込めた声音で告げる。
「隊長、戯れを言わないでくれ!」
「置いて行く訳ないだろ!」
「ショウ様らだけで行ってくだせえ!」
普人女性たちは口々に叫んだ。
「まだ、治療は終わっていませんよ」
ショウが穏やかに微笑みながらマクアナさんに近付き、彼女の頭に両手を副えた。眩く明滅するような白光が出たと思ったら、端からマクアナさんに吸い込まれていく。第四段階【回復】。彼の魔力と引き換えに、マクアナさんの体力を回復させるのだ…わたしとモモも実験で少しだけ掛けてもらったことがある。
「こ、これが【回復】!」
マクアナさんが動揺しながらも感激している。 続いてショウはナナさんの方を向いて立ち上がったものの、ふらついてしまった。慌ててモモが体を支える。わたしも彼の手を取り、二人で導いた。ナナさんが驚愕の声音で叫んだ。
「いけません! それ以上、魔力を使われては!」
「これが最適解ですよ。リカ、モモ、ごめん。後は任せた」
「う、うん」「守ってみせるから!」
気絶するまでナナさんを【回復】するつもりだろう。
身動ぎするナナさんを抑えるようにショウが手を当て、煌めく白光を注ぎ込む。ナナさんが目を見張って、わたしとモモを振り仰いでいる。何故、止めないのかと表情が語っている。でもショウの言う通り、これが正解だと思う。森人になって軽くなった彼なら、獣人が担いで運べるもの。
ショウが昏倒して崩れ落ちた。モモがわたしに頷きかける。自分は魔物の警戒に当たるつもりだろう。わたしは心を籠めて彼を掻き抱き、そっと額にくちづけをした。それでこそ、わたしのショウよ。
「ああ、そんな。リカ……様! 何故、お止めにならなかったのです!」
ナナさんが取り乱している。ちょっと大袈裟よね? 光魔術士或いは貴族は、他人のために気絶するまで魔力を使ったりしないものなのだろうか?
「オウムのように賢き我が妹、ナナよ。落ち着け。ショウ様のご献身に報いねば。ショウ様は、わたしがお運びする。お前はブレーザを担げるか?」
「う、うん。腕は問題ないから」
「よし。お前ら、魔石の回収に掛かれ! その時間だけ休んだら帰るぞ!
「「「承知!」」」
「リカ様、ショウ様の投剣をお借りしますよ」
たちまち普人女性の三人が広場に散り、魔石の回収に入る。落ち着きを取り戻したナナさんもショウの腰のベルトから棒投剣を取り出して指の間に手挟む。忍者みたいね。わたしはナナさんに彼を委ね、モモと手分けして広場の周縁に立って警戒に努めた。幸い、先程の跳小鬼の叫び声も近付いては来ないようだ。
「ああ。見たのはブレーザだけだったから、今となっては何とも……」
「あたいは聞いた! ブレは「奴らが刺した!」と言ったんだ!」
魔石と魔角の回収を終えた後、マクアナさんが意識の無いショウを、ナナさんが麻布で巻いたブレーザさんを担ぎ、普人女性たちが荷物を分担した。彼女らも「魔法袋」を持っていた。モモが先行してわたしが殿を務めつつ「玄奥の森」を抜けようと急ぎながら、先程の激しい戦闘の顛末を聞いていた。
牛頭鬼4頭と交戦中に、貝肌鬼に追われた「怒龍団」が現れたと思ったら、いつの間にか「怒龍団」の2人が倒れ、貝肌鬼が足を止めている間に4人が走り去っていったのだと言う。牛頭鬼を片付け、やっと貝肌鬼を倒したと思ったら跳小鬼の群れが襲いかかり、対応している間に更に2頭の貝肌鬼に乱入されたそう。
「貝肌鬼が、こんな密度で現れるとは…」
マクアナさんが嘆いている。貝肌鬼は単独行動が基本らしいから。
「確か、逃げた4人はヴェイザ出身で、殺られた2人は流れ者だった」
両の眼を怒りで染めたナナさんが低い声で呟く。
「あの「怒龍団」はこの町の不良どもの吹き溜まりだ。しかしリコヤン兄弟と揉めていることは知られていた。素行が悪いとは言っても、と思っていたが……」
マクアナさんも怒りを滲ませた声で吐き捨てた。
森の出口近くで牛頭鬼1頭と藪小鬼3頭に遭遇したものの、モモとわたしが蹴散らした。ショウも目を覚ましたけれど朦朧としていたので、やはり魔石と魔角の回収の間だけ時間をとってマクアナさんとナナさんを休ませ、再び彼はマクアナさんの背中で揺られることになった。
そして八人の集団は終に「玄奥の森」を抜けた。気が付くと木々を震わせる風の音や、けたたましく鳴く鳥の声が戻っていた。まだ太陽が中天に輝いていたことに驚いてしまう。「仮設野外診療所」も、ヴェイザ北砦も、何ひとつ変わることなく穏やかな春の陽射しに照らされていた。
北門で簡単に門番さんに報告し、魔物狩組合の出張所に飛び込んだ。マクアナさんとナナさんの報告を聞いた、いつものガタイの良い男性職員ウールさんは顔を曇らせて、彼女たちと一緒に南の支部へと向かうことになった。わたしたちは出張所まで担がれてきたショウをもう少し休ませてもらう。
彼女たちは魔石と魔角を全て渡してくれた。半々で良いと言ったのに「見損なわないでください。これでは足りないくらいです!」とナナさんに睨まれてしまった。五人の女魔物狩たちは、無理して笑顔を見せているショウに跪いて額が床に付くまで深々と胸礼を捧げ、急ぎ出張所を後にしたのだった。
暫く休んだわたしたちは渡し船に乗った。「赤い棘」から聞いていたのだろう、船頭さんたちから色々と尋ねられた。やはり、この時期の魔物の出方としては多過ぎる、とのことだった。
「こいつは、衛兵どもの出番かな。代官屋敷の魔術士様方にも、偶には頑張っていただかないと、な!」
場合によっては魔法拾隊の派遣を要請するかも、と見通しを教えてくれた。
わたしたちは武具店に直行した。モモの剣と小盾は、同じ形状で黄鋼の二段階上になる青鋼で新製する。ヴェイザで手に入る素材としては最上で、粘り強くて欠け難いのが特徴の鋼鉄だ。防具も一新する。
モモの革服と三人の硬革胸甲は、靱やかで頑丈な羖頭鬼製で。強化部分も青鋼にする。籠手も佩楯も脛当もね。モモの剣以外は下取りに出す。ヒヤルさんたちは、金貨3枚を余裕で超える受注にも関わらず深刻な顔をしていた。
※次回更新は、4/25(土)を予定しています




