第71話 胸がいっぱい
今日は第三月「華月」の晦日。秋と年の終わりはお祭り騒ぎだけれど、春の休みはそれなりらしい。特別料理をいただいて明日は休日だ。昨晩は心を籠めてご奉仕して、更に情熱的にご奉仕されてしまった。寝坊したけれど、今日明日は狩りに出る人もまず、いないらしいし、懸案は忘れて楽しもう!
お料理は揚げ物が多かった。油は貴重品だから、こういう機会にたっぷりと使うみたい。火口の数の都合だろう、一度には提供されなかった。最初に野菜の素揚げを山盛りにした大皿が運ばれてきた。
「衣が付いていたら天婦羅だけれど」
「でも、素揚げでも十分に美味しいね。食べたことのないお野菜は無いみたい」
「季節が移って、新しい食材が出てくるのが楽しみだな」
二人も美味しそうに次々と口に運んでいる。
続いては箸休めの意味があるのか、さっぱりとした野菜出汁だけのコンソメ、澄まし汁だった。他のテーブルではお酒も進んでいた。こちらでは成人年齢だけれど、正しい医学知識を持つわたしたちは、依存性のある毒物を飲むつもりなど更々ない。事前にお願いしておいた紫蜜柑果汁、ブラッドオレンジジュースだ。
そしてメインのお料理は、なんとカツレツ! 薄いけれど掌よりも大きい。しかもフライドポテト添え? いえ、ポテトは無いから、これは…?
「牛頭鬼のお肉だし、叩いて薄くしているし、衣はパン粉じゃなくて小麦粉かな。でも、全粒粉の粗挽きだから細かいパン粉みたい。まさにシュニッツェル!」
「日本でも有名なオーストリア料理だよね」
二人の解説に耳を傾けつつも、いそいそとお肉にナイフを入れる。
「こ、これ美味しい。意外と脂っぽくないのね!」
「薄いからかな。小麦粉の衣だけど、粒々感が残っているからサクサクしているね。いくらでも食べられそう!」
「この付け合わせは、フライドパースニップか!」
ショウの言う通り、細切りのパースニップ、白人参のフライだった。蕪や人参の風味を感じるし、ねっとりしているけれど、フライドポテトに近かった。三人ともお替りしてしまった。モモは二度もね。
最後に提供されたのは、小麦と卵を使った揚げパンの山。丸かったり捩じり棒だったりと様々な形状があったものの、味は付いていない。糖蜜の皿が置かれて、好みで付けていただく。砂糖って相当な貴重品なのね。
「さすがに、胸灼けしてきたよね」
「モモ、揚げ物だらけってことは、欧州のイースターに近いのかな?」
ショウはひとつ摘まんだだけで食が止まっている。こちらの菜種油である「種油」は濃い琥珀色だし、恐らく交換しないで揚げ続けているから、揚げ物は焦げているような色合いで油酔いするのよね。
「もぐ、もぐ。うん、そうね。冬の食材を片付けてしまおう、ということで地球と同じようになるのかもね」
モモはまだ入るらしい。上機嫌だ。
「如何でしたか? 叩き肉の粉塗し揚げも、まだ、お替りできますよ?」
珍しくご主人のバッギさんが出てきた。
「お腹いっぱいです…お持ち帰りもできるのですよね?」
「ええ、日没までに余っていたものは持ち帰って、明日一日、食べてください」
「有難うございます!」
モモが一人、元気よく答える。ショウは慈しみ溢れる眼差しを向けている。でも、わたしの胸は毛の一筋ほども痛まなかった。胸灼けして分からなかったのではなく、わたしも心から愛おしい気持ちになったから。
翌日の休日。わたしは朝風呂を楽しんでいた。昨日の晩は三人とも全然お腹が空かなかったけれど、今朝は揚げパンを摘まんだ。朝風呂は格別よね。今日こそは、と三人で入ろうとするモモを宥めるのにひと悶着あった。全てを見られている関係になったけれど、わたしはまだ明るいところでは恥ずかしいもの……。
そうなった時に必ずと約束して、今朝のところは順番にお風呂をいただいたあと、ブラッドオレンジジュースを飲んで一息ついた。たくさん作って貰って「完全版」魔法袋に入れておいたのだ。苦味はあるもののグレープフルーツほどには後味に残らない、甘酸っぱい果汁が胃に染み渡る。ちなみに特別料理のお値段は一人銀貨4枚。ジュースは持ち帰り分も含めて銀貨2枚にしてくれた。
お風呂上りは寝室でのんびりと。ショウはわたしが膝枕をしてあげている。モモは彼の傍にくっついて添い寝。幸せなひとときだけれど、わたしは少し不安。月止薬を飲み始めてもう七日目だ。
わたしと彼はチュニックを着ている。でもモモは…下は拝み倒してレギンスを履かせたものの、上は恒神様のニット風の魔物狩服だけなのよね。今も、彼に自慢の部分をきゅっと押し付けているし。
「ね、ねえ…モモ、交代しよう?」
「ん……私はこれでいいの……」
「モモ。僕もモモに膝枕をしてもらいたいな」
修行僧のような顔をわたしに向けていたショウが、モモにお願いした。
「そ、そう? じゃあ、リカ、交代!」
彼女は満開に咲き誇る笑顔で飛び起きると、いそいそと正座をする。相変わらず、ちょろ過ぎるモモさんだった。
「う~ん。弾力があって幸せ。二人とも視界が塞がるのも眼福!」
「あ、有難う。ちょっと恥ずかしいな……」
モモが優しくショウの頭を撫でる。わたしは傍で二人を眺めることにした。暫くは平和な時間が流れていたけれど、だんだんとモモの顔が火照ってきた。布をはち切らさんばかりの膨らみに花芽がふたつ顔をもたげている。わたしも恋人繋ぎの手から伝わる体温を感じて変な気分に。このままでは……。
「ね、ねえ。さすがにお腹が空いてきたよね。大きな革の魔法袋も、試しを兼ねて起動させておかない?」
「ええ~。あ、ショウもお腹減った?」
「うん。でも、暫くはこのままでいたい。できれば、さっぱりしたものが一品あると嬉しいけど」
「そう? 今ある材料だと……」
モモが普段の表情に戻って考えを巡らせている。ナイスよ、ショウ。結局、ベッドから離れる際にはしっかりと顔を重ねてしまったけれど、それだけで済んだ。
最早「魔法袋」の起動には何の問題もない。ポケット部分の加工は昨日の午前中に粗方は済ませていたし、「登仙楼」で新調した革製の「完全版」も無事に起動した。それから一階に降りて暖炉端でお昼をいただくことに。起動操作の前にシンプルな小麦粉粥を仕込んでおいたから、【加熱】と【加速】をして完成だ。
「いただきます! リカもショウも魔法、有難う!」
「モモこそ、お休みなのに麦粥を作らせてしまって」
「ううん、お料理は楽しいし、これくらい、すぐだから!」
モモはわたしが【加熱】し直したシュニッツェルを二枚、平らげた。わたしとショウは一枚ずつ。野菜の揚げ物も温めて少しずついただいた。ジュースの残りもあと軽く二杯ずつかな。
そのまま一階の応接間で寛ぐことに。わたしはショウの左側で寄り添って座っている。モモは右側から彼の膝に頭を乗せて丸まっている。彼が角耳を優しく撫で続ける。ゴロゴロという音が聞こえてきても不思議はない情景。また妖しい雰囲気になる前に、わたしは雑談を試みることにした。
「ね、昨日の午前中に新しい靴を注文した際にも相談したけれど」
「そうだね。武器と防具のグレードを上げることまでは、いいよね?」
「私、革鎧を新調しなくても鋼の付け替えで十分だと思うけど。防具を預けている間は、狩りを休んで……」
「う、う~ん。でも新調して、革部分も性能を上げた方が」
モモがお休みしたい理由が、わたしには不安の種。ショウとの関係は急伸してあと一歩を残すだけになっているから。わたしは怖いの。今でも幸せ過ぎるから。
「も、もう少し考えようよ」
「モモ、今ある道具だと甘いものを作るのは難しい?」
ショウは気を利かせて話題を転じてくれる。いつも有難う。
「そうね。高温で焼くものはちょっと。ベーキングパウダー替りの重曹はあるよね。お鍋で作れる蒸しパンとかマフィンとか、プリンもいけるかな。お砂糖の代わりに糖蜜になるし、味は期待しないでね。うふ……」
「……ん。蓋を開けた赤ワイン…赤酒も早く使いたいよね」
「贅沢に、赤酒だけでお肉を煮込んでもいいな」
「瓶のラベルの、酒実を船で運んでいる図柄は、有名なロゴマークなのかな」
「それくらいだったら聞いてもいい? でも、やっぱり……」
「誰でも知っているブランドだと困るから、止めておこうよ。ん……」
結局、何度も繰り返し唇を合わせ、抱き締め合いながら他愛のない会話を続けた。モモもそれ以上は求めなかった。わたしが意識し過ぎだったのかも。幸せな休日だった。そう、彼女はまだ17歳を迎えたばかり。ショウは明日から始まる「繁月」で18歳になる。わたしの誕生日は第七月の「祈月」だ。
まだまだ人生これからよね。遠い未来のことを考え過ぎても仕方がない。今は、毎日を生き抜くことに集中しなければ。恒神様。言いたいことはありますけれど、生き返らせていただけたことは本当に感謝しています。三人一緒に転生できたことも。これからもどうか、お見守り下さい……。
※次回の更新は、4/18(土)を予定しています。




