第70話 寿命の秘密
転生二十九日目。今日は大金を使った。まずは宿代。二週十六日分を前払いした。順当なら銀貨170枚のところ200枚を支払った。マットレスの上敷を二枚重ねにしてもらう分だ(かなり薄い綿敷だからね)。宿に調達してもらった中古品を【浄化】【加熱】して厚みを戻す。これで更に寝心地が改善されると思う。
朝治療と狩りのあとは「登仙楼」で注文下着の途中チェックと革製の大型袋の受け取り。二着目となる、わたしとモモのブラウスも注文した。前立ての部分と、襟や袖口をレース編みで仕立ててもらう。彼のシャツは、マットレスの件もあるからと遠慮されてしまった。話は違うのに翻意してくれなかった。
そして書店で、製本されている専門書を購入した。まずは「魔具心得」が銀貨40枚。これはモモに魔具術を勉強してもらうため。モモは魔術士だし、手先も器用だし、わたしが教えられるし、習得できる筈だ。主な理由としては「魔焜炉」を「魔法袋」に入れて持ち運びたいから。
他の魔具を「魔法袋」に入れること自体はできる。ただし魔力が切れてしまうので再起動が必要。特に「魔法袋」に「魔法袋」を入れると大惨事だ。わたししか火魔術を使えないので、「魔焜炉」を「魔法袋」に入れると自分たちだけでは再起動できない。それに魔具術のスキルは今後も何かと役立つだろう。
そして「博物大事典」が上下二冊で金貨1枚と銀貨20枚。高いけれど「大事典」になると彼の知識を超えるし、組合の資料室にも置いていないから思い切った。わたしもモモも、いつまでもショウの知識にばかり頼る訳にはいかない。彼は何故か「薬草木図絵」の方を先に買うべきではと力説した。
「でもショウ。「博物大事典」には小鬼の普人独自呼称が書いてあって。例えば沢小鬼はグロフホルトで藪小鬼はゴレトホルトだったよね。ガリイホルトやグロブホルトは共通語の一般名称で。あなた、人種別の古名の方が本来の性質を表すことがあるから重要、と言っていたじゃない」
「そうよ。「博物大事典」を優先すべきじゃない?」
「うん。その通りです、だよね」
「「…………?」」
この時、わたしとモモは首を傾げ合ってしまったのだった。
「モモ、今日はお金の出入りが凄かったね」
「ええと、支出は…宿代で銀貨200枚、書籍で銀貨160枚。ブラウスが銀貨12枚。でも収入は治療で銀貨55枚、狩りで銀貨114枚と大銅貨8枚だから、差し引きで銀貨200枚くらいの赤字。それでも、残金は銀貨280枚くらいね」
その晩の夕食の席。わたしたちは、いつも通り一日を振り返っていた。
「それ以外にも魔法袋用の魔石は別に確保しているし、余裕が生まれたよね。今日は人助けもできたしね。ね、ショウ?」
「そうだね。危ないところだったけど、助けられて良かった」
今日の狩りは救援になった。「玄奥の森」に入って間もなく、マナグさんたち「硬化石の守り」が牛頭鬼と戦っている音が聞こえてきたのだ。声で分かったし、切迫している響きだったから急いで援護に向かった。
「嬢ちゃんら、逃げろ!」
彼らは牛頭鬼4頭に囲まれていた。倒れ伏すはアザルさんと牛頭鬼1頭。魔狩隊の残り四人はアザルさんの周りを取り囲んで防御態勢を取っているものの、胸や腕を抑えて唸っている人もいる。
でも、わたしたちの敵ではなかった。会敵の刹那、わたしの【火矢】とショウの【加速】棒投剣で牛頭鬼は半減する。雄叫びを上げてこちらに突進してくる残りの2頭も、モモが踊るように魔物の攻撃を躱しながら剣を煌めかせ、1頭の首筋を抉り、最後の牛男の脇下を切り裂く。【火矢】で止めを刺して討伐完了だ。
「う、嘘だろ。あっと言う間に!」
「ほ、本物の森人貴族さまの護衛だったのか?」
マナグさんたちが、何か恐ろしいものでも見るような怯えた瞳を向けてくる。か弱き乙女に対して失礼よね!
「治療が先です。リカ、モモ、警戒を」
ショウが直ちに診察して光治療に入る。複雑骨折が一人、単純骨折が二人、打撲がたくさん。全滅寸前だったのだ。
わたしたちが警戒して、彼らが解体してくれた。治療代だけで良いと言ったのに「魔物狩としての誇りがある」と主張して、魔石と魔角と皮は全て譲ってくれたし、持って帰れる3頭分の肉を全て提供してくれた。
北側の出張所で魔物素材を卸した後、彼らは急ぎ戻った。簡単に埋めた残り2頭の牛頭鬼の肉を回収するためだ。他の魔物狩に見付けられないといいけれど。いえ、再度の襲撃を受けませんように、とお祈りしながら見送ったのだった。
「モモ、次は装備の充実よね? 靴も予備を買ってもいいかもね」
「牛頭鬼相手なら大丈夫そうだけど。靴は注文しようか。ね、ショウ?」
「そうですね。メディオ様や男装の麗人は、防具も上等でしたし」
「ショウ、戻っているよ」「お願いね?」
「ごめん。今晩の頬肉炙り焼きも美味しいよね……」
飛び切りの笑顔を向けながらも二人で目配せを交わし合う。様子が変よね。
ショウに一番風呂を使ってもらっている間に、控え間で相談タイムだ。
「ね、モモ。ショウ、気になることがあるみたいよね」
「うん。「博物大事典」を買う時からかな。でも、なんというか…」
「悪さした男の子が、バレないか、おどおどしているみたいに感じない?」
「リカ、さすが。ショウは何を気にしているのかな」
答えは「博物大事典」にあるに違いない。そう言えば組合資料室の「博物小覧」も「僕が内容を覚えているから」と言って、わたしたちが読むのを避けようとするのよね。わたしとモモはページを捲った。最初に載っていたのは、何とこの惑星「我等世」の人類種…普人、森人、獣人、鉱人の解説だった。
「地球だと、いきなり人間、ってことは無いよね?」
「四種類もいるからよね。まず獣人、それに森人のことを知りたいかな」
「生物学的なこと以外の記述の方が多いくらいね」
「うん。私たちにとっては有難いけど」
獣人は普人の次に人口が多い。それでもかなりの少数派。嘗ては主に狩猟や遊牧を行う放浪の民だった。多くは「遥平原」周辺に居住しているけれど、他人種地域にも出向く。俊敏で勇猛な戦士として重宝されているらしい。魔法能力に関しては「森人地域の獣人に極稀に素質持ちが現れる」の一言だった。
そして森人だ。総人口は僅か数十万。その多くは四協帝国の森人地域に住んでいるけれど、遥か遠方の「聖国」と呼ばれる国にもいて、そちらの森人は銀髪だ。そのため、帝国の森人を金人、聖国の森人を銀人と呼ぶこともある。辛うじて文物の交流があるだけで、人的な往来は絶えて久しい。
森人は、正に「魔法使いの種族」だった。普人との三百倍以上の人口差にも関わらず、高段階になると森人の方が多くなる。神殿勤めの他、魔法隊の中核として、男女ともに魔物や、時には他国との戦いの前線に立つ。人口減少が進みつつある中でも貴種の義務を果たし続ける、誇り高い種族なのだ。
人類同士で戦争していることは、他の人たちの会話から漏れ聞こえていたから知っていた。特に「共政国」と呼ばれる普人至上主義の国家との小競り合いが絶えないらしい。それはいい。ヴェイザのあるノルド地方は共政国と接していないし、わたしたちには関係ないだろう。問題は……寿命と異種交配だ。
普人は長生きして80歳くらい。獣人と鉱人は70歳くらい。但し60歳で長老扱いになるから、事実上は60歳と考えた方が良い感じだ。でも、わたしたちはこの世界の基準より遥かに豊かで正しい知識を持っているし、ショウの光魔術があるから、80歳や70歳の天寿を全うできる可能性は高いだろう。
森人の寿命は同じく120歳程度。魔法能力で個人差があるらしい。これも覚悟の範囲内と言えないこともない。ファンタジーのエルフのように永遠の寿命だったり、数百年単位の長寿だったりしないことは、キャラメイクの時点で分かっていたから。問題は、その中身だった。ショウは、いえ、モモとわたしは……。
わたしたちは無言になった。空気が重く圧し掛かる。わたしは激しく後悔した。森人を選ぶかどうかは、最後まで迷ったから。モモは覚悟の上で獣人を選んだと言っていた。でも……恒神様、もう少し情報をいただきたかったです。せめて、彼の選択を知ることができていたら! そ、それに……。
「私、覚悟はしていたつもり。ショウはリカと一緒になると思っていたし」
モモは二筋の光る流れを拭おうともしなかった。
「私。17歳になったばかりだもの。まだ、だし。子供は、考えていない……」
「……………」
わたしだって、そういう覚悟はまだ。でも……。
「リカ。それより私もあなたも、ショウに看取られる。ショウに……」
「そうなるね……」
「彼は最初から知っていたのよ。転生直後のショウの驚きの理由は……鏡の時に『二人の外見がどうなろうとも最後まで守ります』と言ってくれたのは……」
「そうね。それなのに。いえ、だからこそ、あの男性は」
「恒神様、残酷よね」
「……いいえ。残酷なのは、この世界よ」




