第69話 魔焜炉
「お祝い料理とお休みですか。そう言えば、華月が終わる頃でしたね」
「はい。ご予約いただければ、晦日のお昼に特別料理をお出しします。そしてその晩から翌日夜までは、当「袋道亭」もお休みとさせていだだきますので…」
転生二十八日目の朝。わたしたちは朝食の席で、宿の女将エンディルさんに季節休みの説明を受けていた。帝国の暦は、六日で一週間(日、月、火、水、風、砂曜日)、五週でひと月、十二か月で一年。三か月毎の季節の変わり目に休日が一日か二日入り、一年は366日だ。
ここまで地球とそっくりだと呆れるしかない。そして第三月である「華月」の末日にはご馳走を食べ、翌日の休日は全てのお店等が閉めてしまうとのこと。「袋道亭」も食堂を開けないし、宿の方も原則として何もしないそうだ。
「特別料理は注文したけれど。残り物はいただけるみたいだから、休日はそれを食べることでいい?」
「ね、この機会に「魔焜炉」を買っておかない? これから、もっと寝坊した日とかに…うふふ…あると便利だと思うの」
「あ、あの…そ、そうね…」
「う、うん。「魔焜炉」は持ち運べるし、遠出の際に使えるかもしれないよね」
モモの提案に、わたしとショウは動揺した。寝坊する理由は兎も角、いい機会ではあるだろう。朝の治療の後にグラファさんのお店に向かった。
「容器の在庫はありますよ。火の数はどうしますか?」
起動する魔具士と火の杖使いの段階が高いほど「魔焜炉」の火口の数を増やせる。基本は火の杖使いの習得段階の数字。魔具士の段階が高いと更に上乗せできる。問題は、第五段階であるわたしの習得段階をどこまで隠すか。グラファさんは独立開業しているから第三段階以上だ。隠さなければ火口は最大で七つ。
料理担当のモモの希望も考え合わせて、お願いしたのは…。
「火口は五つでお願いします」
「そうなると、魔法陣の用意は無いねえ」
「あの、わたしが彫ってもいいですか?…できればご指導いただけると…」
「ご指導だなんて大仰な。まあ、彫ってごらんなさい」
「有難うございます!」
わたしは早速、持参していた道具で【火種】を複数発動できる魔法陣を彫り進めた。スキルをとることで知識と技術は備わっていても、ベテランの魔具士に見てもらうことは必要だろう。
「…問題ないようだね。第二段階は間違いない。ショウ様のご用を務めなさるのなら当の前だが…いや、ショウ様とならば第一段階から大丈夫だったろうね?」
グラファさんは意味ありげに微笑みながら尋ねる。言うまでもなく相性の問題だ。魔具士が見習いや第一段階の場合は、血を分けた家族のような相性の良い杖使いとしか起動できないから。
「…揶揄わないでください」
わたしは目元が火照るのを感じながらも、どこか誇らしげに答えてしまった。
「おや、これは失礼」
「リカ、妬いちゃう!」「………」
そういうモモの目も笑っている。この程度では些かも揺るがないほど、わたしたちの絆は深まっているもの!
完成した魔法陣を「魔焜炉」の容器に組み込んで魔石を嵌め、グラファさんとわたしで起動した。わたしも魔力が強いと驚かれた。本当は第五段階だしね。「魔焜炉」はカセットガスコンロと同じくらいの大きさだ。いえ、ボンベ部分がないから寧ろ小さい。ちなみに「魔法袋」に入れると再起動が必要になる。
複数火口は値段が張るけれど、わたしの起動手数料分に加えて、ショウが薬瓶などを【清浄】することで、火口が二つの「魔焜炉」と同じ銀貨45枚にしてくれた。火口が五つある「魔焜炉」は、最低でも第三段階の火魔術士が必要だから高級品で、銀貨75枚はするものらしい。
いくつか食材やお鍋などを購入してから離れに戻り、早速、調理を試すことに。今のところ出て来ない、挽肉を使った焼きハンバーグだ。挽肉とは言ってもミンサーはないので、実際にはお肉を小さく切って叩く。自分たちで狩ったお肉は三日前と昨日のものがあったものの、新鮮過ぎたので宿で交換した。
わたしたちの「完全版」魔法袋の時間遅延効果は10倍の筈だ。昨日のお肉なら解体後2時間相当なのでまだ柔らかい。でも硬直する前だから美味しくないらしい。三日前のものは死後硬直が進行中で硬かった。硬直の度合いからは、時間遅延効果が本当に10倍かどうかを判断できなかった。
「お肉を叩くなら、ステック・アッシェになるかな。繋ぎも入れないで本当にステック・アッシェにしよう!」
「繋ぎ入りの日本風ハンバーグは、パン粉が大変そうだしね」
「うん、全粒粉の麦餅を刻んでいかないと駄目だよね。それに叩いたお肉って、挽肉より美味しいくらいだしね」
そうなのだ。繋ぎを入れないステック・アッシェもそうだけれど、タイ料理のガパオライスなんかも、挽肉ではなく叩き肉で作る方が断然、美味しいのよね。ショウが率先して叩いてくれるし、手間が増えることよりも彼との共同作業が増えるから、却って楽しいくらいよ?
先に野菜の炒め煮を作る。「魔焜炉」の火力を上げ、買い足した深鍋に黒人参、韮葱、玉葱、白人参、玉菜などを切り揃えて入れ、牛頭鬼の黄色い脂肪とハーブ類で炒め、水を注いで塩や色利や鳥醤で味を調えながら煮込む。実際には沸騰したところで火から降ろし、ショウに【加速】してもらう。
アクが次々と溢れて、何度も掬うのが大変だった。煮込んでいる鍋の中まで匙を入れてしまうと【加速】が切れる。でも沸騰した表面のアクは掬えるのよね。沸騰すると少し膨張するから、最初に時空魔術を作用させた空間より外側になって掬えるようになるのかな。ご都合主義のような気もするけれど…。
続いて、いよいよステック・アッシェだ。主にショウが叩いて作った肉種は、ハンバーグのようには捏ねないらしい。
「捏ねるよりも、ぎゅっと押し付けて形にする感覚なのよね」
我らが名シェフ、モモさまが解説してくれる。
四等分した肉種を平らに整形して表面に塩を振る。これも買い足した大きめの平鍋に牛頭鬼の脂を引き、「魔焜炉」に掛ける。わたしも【加熱】して鍋の温度を直ぐに上げる。モモは最初に玉葱のスライスを麝香草 (タイム)や緑香樹 (ローリエ)とともに炒め、蓋をして蒸し焼きにしてから取り出した。
「これで玉葱の旨味がお肉に移るから…」
「なるほどね。わたしだと、いきなり焼くかも。これが腕の違いね…」
塩をした面を下にしてステック・アッシェを鍋に並べ、上側にも塩を振る。赤酒(赤ワイン)をさっと掛け回し、ほんの1分くらい焼いただけでひっくり返し、裏面も同じように焼き上げる。完成だ。
「リカの【加熱】とショウの【加速】のお陰で早くできたね!」
「火口の多い「魔焜炉」はリカのお陰だしね。でも、なんといっても…」
「…モモシェフの腕前よね。いただきましょう!」
とても、とても、美味しかった。挽肉と違って弾力のある歯応えが残っていて、でも決して硬くはない。噛むと旨味たっぷりの肉汁が溢れ出るし、炒め煮の野菜と麦餅 (パンね)で大満足の昼食となった。片付けも光魔術で一瞬だ。本当に有難い。ショウには感謝してもし切れない。
食後は二階に上がって、それぞれの時間を過ごした。ショウは主寝室で日々の記録の整理。共通語と日本語の二種類だ(考察が日本語で、わたしとモモも手伝っている)。わたしとモモは控え間で、モモが「魔法袋」用の縫物、わたしは魔法陣を彫った。腰ポーチ(腰嚢だ)型の「魔法袋」を三人とも持つつもり。
そして爪のお手入れなどをしながら、小声で雑談タイムだ。
(モモ。ショウには本当に感謝しかないよね…)
(うん。今晩もしっかりご奉仕しないとね…いつも逆になるけど)
(…モ、モモ。これ以上は進まないから。お、お願い!)
(分かっている。お薬も飲み始めたばかりだし…)
この世界は小刀で爪を切って砥石で磨く。モモが小刀でも上手に切ってくれそうだけれど、やはり抵抗感があるので砥石を毎日、使っている。武具店でヒヤルさんが「欠片だから」とお負けしてくれた。アイロン掛けなどもしつつ、昼三の刻の鐘を聞いたところでショウに声を掛け、治療仕事に向かった。
今朝は稼ぎが悪かったけれど、午後は早めに戻ってきた魔物狩さんたちの治療依頼が引きも切らなかった。どうやら、より浅層で牛頭鬼と遭遇することが増えているらしい。「赤い棘」にも会って打撲治療などをした。彼女たちは、必ず獲物を仕留めて戻ってくる唯一の魔狩隊だ。
「牛頭鬼が森の入口に現れるときは中層の魔物も浅層に顔を出します。跳小鬼は10匹以上で群れます。三人の魔狩隊だと手数が少なくなりますから、慎重にね」
「ナナさん、有難うございます。木々が密集しているところは、上からの攻撃に要注意ということですね?」
「ああ。ショウ様の飛び道具も、重要になってくるだろうな」
「はい。もうひとつの中層の魔物には…」
ナナさんとマクアナさんが、モモに助言してくれた。普人女性たちは「ショウ様!」ね。明日は狩りに出るつもり。
※次回の更新は4/11(土)。第3章は土日祝に更新予定です。




