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【R15版】徨う花の物語(さまようはなのものがたり)  作者: 紫瞳鸛
第一部 転生 第3章 姫花草

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第68話 麗人

「透ける生地ですか?「しゃ」がありますよ」

「ではそれを使って! あ、一応、生地を見せてください」

「あ、あるのですか…」


 わたしたちは「登仙楼」の服飾窓口の奥で、スイヤさんに新しい弾絹はじきぬ製の下着を注文していた。モモが透ける下着がいいと言うから、わたしは「我等世(ウィラルテ)」にそんな素材は無いだろうと思って「あればね?」と言ってしまったのだ。


 スイヤさんが持ってきた「紗」は、ほんとに薄くて、生地を乗せた手の筋までもが透けるくらいだった。光沢があって手触りもサラサラで気持ちが良いけれど。そう言えば、確か「紗が掛かったような」という言い回しがあった。つまり、日本でも昔からある生地ということ…モモ、さては知っていたのね?


「なるほど。所々に花の紋様を入れたいと。そうですね…紋紗では難しいかも…縫い付けになるかもしれませんが宜しいですか? 生地の色は、ここにあるもの以外ですと相当に高額になりますが」

「私はこの薄紅色がいいな。リカは薄藍色でいいよね?」


「モ、モモ。その……何でもない。それでいい……」

 わたしは抗議しようとしたのだけれど、モモの顔を見た瞬間に諦めた。彼女が絵に加え自分の体まで駆使してスイヤさんに説明したのは、日本でもかなり大胆と言えるデザインだ。何しろ花の位置が……。


 ちなみに彼女の花模様は桃を象ったもの。「桃」は同名で存在する。高級果物だけれど手に入らないことはないらしい。楽しみがひとつ増えた。わたしの花模様は瑠璃茉莉ルリマツリ。でもこちらは通じなかったし博物事典にも載っていない。地球でも南アフリカ原産だから、似た花があるとしても遠方か希少か、なのだろう。


 この「紗」は大綿(おおわた)の四~五倍もする高級品なので、娼館でも「大花(おおはな)」と呼ばれる最上位の姐さまだけが身に付ける。それも下着用というより寝屋に入る時のネグリジェみたいな薄衣の生地用だそう。貴族などの裕福層も、ストールのような羽織物や寝室の天蓋などに使うことが多いらしい。


 ショウは服飾受付の入口で、ブロストマ姐さまの話し相手をしながら、もう一人の大花ハルキトヤ姐さまに散髪してもらっている。彼女は髪結が得意とのこと。髪結処は表の娼館に併設されている。でも特別に裏まで来てもらった。わたしたちも彼の後に整髪してもらう予定。ちなみに携帯裁縫セットは和鋏だったけれど、ハルキトヤ姐さまは見慣れた洋鋏に梳き鋏も使っていた。


 前回の遣り取りは直ぐに楼閣中を走り抜けたらしい。ブロストマさんは勿論のこと、ふんわりとした雰囲気のハルキトヤさんも、女の目ではなく尊敬の眼差しを彼に向けてきたし、わたしたちの関係も進んだしね。姐さま二人の胸元は大胆に開いていたけれど、モモも余裕で両手に()()を持たせることを許していた。


 弾絹製の特別な肌着上下二組で銀貨30枚。これでも新しいデザインを教えたお礼で値引きされている。仕上がりも、スイヤさんしか縫えないこともあって十日ほど掛かるとのこと。そして下着の他に、魔法袋用に使う毛深牛(けぶかうし)革製の大きな袋も頼んだ。勿論、用途は伏せている。これは若い子たちが担当するそう。


 幅は150cmくらいで袋口を拡げると直径が1m弱になる大きさで、高さは20cmと浅くてポケット付き。ちょっと不思議そうな顔をされたけれど、牛頭鬼バイペドルスの枝肉を入れて巻くようにして担ぐためだと説明して納得してくれた、と思う。この大きさなら、地面に広げると牛頭鬼が丸ごと余裕で入る。


 革製にしたのは「魔法袋」が無限の性能を持たないから。第四段階の彼の場合、容量40倍で重量は1/40。400kgが10kgになる。そのくらいが上限と考えて頑丈な革製にすることにした。革の縫製は丈夫な糸と針で行うため、モモとわたしの腕ではポケット部分を繰り抜いて魔法陣を取り付けるので精いっぱいだろう。


 昨日は狩りのあとに南側に戻って二台目の「白灯」魔具なども購入している。革製の袋はレゾルさんのお店で相談したところ、縦長の袋を勧められた。相談の結果、幅ばかり広くて底が浅い袋を注文すると魔法袋用ではないかと疑われることを危惧して「登仙楼」で依頼することになったのだ。


 その他、大綿のチュニック(被り上着)三着なども注文した。わたしとモモのは、襟にフリルを付けて袖も膨らませて貰う。革製の大袋は三日後に完成する。四日前にタオルを買った際についでに寄って注文していた二着目の夏用大綿製の濃色の肌シャツとレギンスを受け取って「登仙楼」を後にした。


 明けて転生二十七日目。関係をギリギリまで進めてしまった三人は三日連続で寝坊をしたので、またもや朝の治療に間に合わず、それでも慎重を期しつつ狩りはした。今日は少し森の奥に入ったところで牛頭鬼や小鬼を多く仕留めた。そして、夕方の治療を熟していた時に、また新たなる出会いを経験しようとしていた。


「あそこ。怪しい人ではないと思うけど……」

 モモの指し示す先、北門を出て直ぐの壁際に一人の人物が立っていた。青と白の二色のフード付きローブ(長寛衣ね)に隠れて装備はよく分からないけれど、凛とした雰囲気で強そうに感じる。モモによると、治療を始める頃からわたしたちの方を注目していたらしい。青と白の組み合わせは、神殿の制服よね。


 すると青白の長寛衣の人物が後ろを向いて何かをした。その瞬間、門番さんたちが明白あからさまに動揺した。その人物はゆったりと、しかし堂々とした足取りでわたしたちの方へと歩んでくる。左手を曲げてお腹に当てた姿勢のまま、右手ですっとフード(頭巾ね)を後ろに降ろした。なんと女性だ!


「申し。骨折の治療をお頼みしたい」

 普人女性は豊かなアルトの声でそう言うと、変なところで曲がった左腕を差し出す。ま、まさか自分で? ショウもぎょっとして慌てて女性の腕を確かめる。

「綺麗に折れていますね。モモ、大丈夫そうだ。大銀貨1枚で宜しいですか?」

「それでお願い致す」


 大きく骨がずれている場合は、魔力節約のためにモモが骨の位置を戻すのを手伝うこともあるのだ。ショウが杖を女性の患部に当てると直ぐに白い【深癒サナーテ】の光が輝く。単純な骨折ならば、一瞬で治る。

「ほう。お見事でございます」

 女性はその言葉とは裏腹に、青い瞳に驚いた様子は少しも表さずに左腕を動かして、治療の成果を確かめている。わたしは、まじまじと見詰めてしまった。


 上背がある。ショウよりも少し高いくらい。ショート丈の明るい茶色の髪は豊かに波打っている。全体に鋭くてきつい印象を受けるものの、相当な美人だ。鎧下も革鎧も純白。そして曇りのない銀色に輝く鋼の補強が目を惹く。胸には上昇する流星を象った紋章が黄金色に輝いている。


 そして長寛衣のブローチ(留具と反応する)は、野菊のような花の意匠。そう言えば、こちらの女性は襟元にブローチを付けていることが多い。フリゾルさんのような若い女性は蕾で、宿の女将エンディルさんは花だ。未婚と既婚を区別していると想像している。未亡人のクンディ様は枝だけだしね……。


 青白の長寛衣の陰から覗く腰には長剣を佩いている。柄頭にはやはり流星、と思ったけれど、野菊のような花が尾を引いて昇っている図案かもしれない。如何にも武術の心得がありそうな雰囲気ながら、女性らしい曲線は損なわれていない。男装の麗人とは、正に彼女のためにある言葉だろう。


「また、お会いできる機会があると存じます。本日はこれにて御免被ります」

 彼女は名乗ることはせず、わたしたち三人の顔を代わる代わる見やると、華麗な仕草で胸礼し、長寛衣の前を閉じて歩み去った。門を通る時には、門番さんたちが微妙な表情で彼女に深々と胸礼をしていた。


「ショートヘアだけど、男装の麗人が出てくる作品を思い出しちゃった」

 モモが呟いた。わたしも同じ。そして……。

「モモ。強そうな女性だったよね。どう?」

「うん。初めて私より強いかも、と思う人に出会ったかな」

 モモが思案気に小首を傾げつつ答える。やっぱり。そして、わたしにはもう一つ、気になることがあった。


「わたしは、魔法を使える人のようにも感じたのよね」

「そうか。私も違和感があったの。隠し玉を持っているというような」

「僕も、何となく杖使いの雰囲気は感じたかな。魔剣士かもね。それに」

 ショウが少し心配そうに言い足す。


「青と白の二色衣は、神殿関係者だったよね。明らかに能力を試されたしね。次は正式に接触があるな……」

「許可なく治療などして! とか怒られるのかな?」

「う~ん。でもガットさんもクンディ様も治療をすること自体は止めなかったし」

 モモもわたしも、大丈夫とは思いつつも一抹の不安を隠せなかった。


 ここヴェイザの町の神殿は神官と神官補が一人ずつらしい。それでも直轄領のため充実しているのだと言う。やはり光魔術士は貴重な存在なのだ。そもそも、グラファさんやクンディ様、そしてフリゾルさんらとの会話から推測するに、ヴェイザにいる第三段階の魔術士、つまり一人前の魔法使いは僅かに十三人。


 衛兵隊に砂魔術士が三人と火魔術士が一人。代官屋敷に四魔法の魔術士が一人ずつ。食肉組合に【冷凍】要員の水魔術士。そして神官と神官補。魔物狩ではショウとわたしだけだ。勿論、モモは魔法を使えることを隠しているし、男装の麗人もそうだとすれば、もっと居るのかもしれないけれど……。

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