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【R15版】徨う花の物語(さまようはなのものがたり)  作者: 紫瞳鸛
第一部 転生 第3章 姫花草

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第97話 馬車

(ショウ、乗り心地はどうだった?)

(砂魔術で整備されている平らな石製の街道だからね。意外と快適だったよ)

(私たちが交代で乗ることを申し出ると不自然かな?)


 第四月「繫月しげりつき」の十六日、襲撃から四日後の早朝。わたしたちはクンディ様が伝馬組合で仕立てた馬車で南門を出立した。クンディ様の護衛を「徨う花」が請け負ったという形をとっている。


 馬車に乗るのはクンディ様とショウ。彼も素直に乗り込んだ。貴族を匂わせるためと、何より馬車に乗ること自体に興味があったから。わたしとモモは護衛らしく徒歩で随行している。馭者はファイスさん。実はクンディ様が幼い頃からの従者だったそうで、今回は同行してくれることになったのだ。


 ファイスさんにはこの二日ほど、大変にお世話になった。野営道具を持っていなかったから揃える必要があったけれど、購入する際にも付き添って見繕ってくれたし「実はテント(「天幕」だ)を張ったこともないのです」と恐る恐る申し出たところ、離れの建物の影で懇切丁寧に教えてくれたのだ。


 三人の中でキャンプ経験があったのはショウだけ。でも彼も子供の頃だから張り方は知らなかった。設営経験があったとしても、現代日本の便利なテントと異なり昔風の三角テントだから役に立たなかっただろう。でもクンディ様から招待された日に丸一日近く練習したから、昨日は自分たちだけでも設置できた。


 帝国街道は馬車や馬を乗り換えて旅が出来るようになっていて、公私を問わず馬車を仕立てたり馬の世話をしたりする伝馬組合がある。そう言えば歴史で、ローマ帝国や江戸時代でも似たようなシステムがあったと習った。ヴェイザの伝馬組合支部はフリゾルさんの実家で、今朝もリナリア様と共に見送ってくれた。


 南門を出た馬車は、二刻(二時間)くらい走って「休憩所」に止まった。二刻毎に半刻ほど休むのが基本らしい。途中「ここが転生場所?」と思う翼状に折れ曲がった土手を通り過ぎた。モモと目顔を交わしたけれど、ショウは気付いたかな。無人の休憩所には物見櫓が立つ平屋の建物と井戸があった。


(地球だと17世紀くらいに金属バネで揺れを吸収する馬車が登場した。この世界は機械式時計があるからバネは利用している。でも今までの馬車にも見当たらなかった。そうか、この湾曲した縦棒の叉から客室を吊り下げて振動を和らげるのか。この棒の湾曲もバネの役目を果たしているかな?)


 ショウが四人乗り箱型客室の四輪馬車を検分して、独り言を呟いている。縞馬は三頭で、一頭は引っ張っていない予備の縞馬だ。わたしは地球では、観光用馬車を見た経験しかない。モモだって似たようなものだろう。この馬車が地球ではどの時代に相当するものか、なんて皆目見当もつかない。


 基本的に木製で、蔓か竹みたいな植物繊維も使われている。要所は鉄の部品だ。後輪の方が大きい。そして四つの車輪の軸受けの外側から垂直に縦棒が伸びている。この縦棒の上部は、客室を包むように少し内側に湾曲して先端が二又に分かれている。その二又部分から、鎖と革で客室が吊り下げられていた。


 小さい前輪の車軸が独特だ。左右の車輪からL字に湾曲させた二本の棒が真ん中で合わさり、縞馬と繋ぐ棒を挟み込んで三本が一纏めになっていた。ショウに拠ると、曲げた車軸の弾力と遊びを持たせた連結で、左右に方向転換し易くなっているのでは、とのこと。簡易ながらも操舵装置があるのは重要らしい。


「馬車の構造にご興味がお有りですか?」

 ファイスさんが話し掛けてきたので、ショウは少し悩みながらも尋ねた。

「車軸と車体との間、或いは台車と客車との間に、巻バネや板バネを設置する馬車は無いのですか?」

 ファイスさんは少し考えて、不思議そうな表情で尋ねてきた。


「バネですか。その場合は、車台と客車は一体構造になるのでは?」

「はい、そうですが」

「すると、車台を交換するのに障りとなりますね」

「あっ! そうすると厩舎や伝馬組合にある起重機(クレーン)は!」

「はい。車台の交換や、車輪の生皮巻(ロウハイド)の着脱のために客車を持ち上げますので」

 ショウが無知を晒して失敗した、と焦っている。後で聞こう。


 休憩場を出て一刻も経たずにグラフェル川に掛かる石橋を越えた。グラフェル領と直轄領を隔てる山地から流れ出てアウストリ川へと注いでいるらしい。街道脇には小砦があり、衛兵詰所と厩舎とクレーンがあった。ここが「ヴェイザ地誌」の「馬継所」ね。そして次の休憩所で、ショウに先程の件を確認することに。


(吊り下げ式の客車だから、革や鎖を外して、厩舎や伝馬組合や馬継所にもあった起重機で客車を持ち上げるんだよ。客車と車台は、分離が前提なんだ!)

(ええと、つまりどういうこと?)

(帝国街道は砂魔術で整備されている平らな道だ。地球みたいに車輪に鉄を巻いて馬も鉄の蹄鉄だと、激しく削られて補修が大変だし騒音も凄い。でも生皮を巻いた車輪で縞馬は蹄毛靴(フーフブーツ)を履いているから静かだし、馬車の揺れも少なくなる)


(一方で生皮巻の車輪と蹄毛靴だと耐久性に劣るし、そもそも帝国街道以外の砂利道や土の道……僻道か……では直ぐに駄目になる。だから馬車を起重機で持ち上げて車輪や皮カバーを交換したり、場合によっては車台ごと交換して、街道馬車と僻道馬車に仕様を変更できるようになっているのだと思う)

(砂魔術を使える人が少ないから、硬化石道路の維持が優先なのね?)

(換装システムを整備する方が、安上がりだったのかな)


 二か所目の休憩所を発って、お昼頃にネップ村に到着した。

「これはクンディ様!」「お待ちしておりました!」

「ご苦労様。通ってよいかしら?」

「無論です。おい、直ぐに連絡を」「はい」


 クンディ様は男爵家からこのネップ郷士家に降嫁された方だからね。門番さんたちは馬車の中を検めもせずに顔パスだった。わたしとモモも、深く頭巾を被っていたのに顔を見せろとも言われなかった。


 ネップ村はヴェイザの南側と似たような茶色い板塀で囲われていた。やはり同じように門の周りだけ石造りの小砦で、門扉は金属製だ。村の中の街道沿いには商店もあったけれど、ほんの数軒だった。


 あとは平屋の民家風の家々が左右に点在している。庭先には小さな畑に「時鶏にわとり」の姿も。馬車は街道を少し進むと右の砂利道に折れ、緩い坂道を登っていった。向かう先には二階建てに物見塔が乗る石造りの建物。郷士家の屋敷だろう。


 郷士家は平均して三つの村を治めていて、帝室や貴族などの傘下にある。普段は農業などを営むけれど軍役もある。軍役といってもこの世界では、他国と接していないこの辺りでは主に魔物狩だ。「玄奥の森」で魔物が増えた際などに兵を出す、ということね。もっとも魔物狩は自主的に行うものでもある。


 ネップ家はヴェイザ直轄領所属の帝国直臣だ。形式上は領地を持たない官僚男爵が赴任するヴェイザ代官の下だけれど、税金などを代官が徴収するという以上の繋がりは無い。代官は交代するからね。郷士家としては大きくて、六つの村を治めている。一方グラフェル家は男爵家としては小さくて、村の数は三十四だ。


 しかもグラフェル家は、約百二十年前の「玄奥の森」の魔物の大発生(「大漲溢だいちょういつ」だ)後の復興のためにノルド地方に派遣された郷士家が叙爵された新興男爵家で、ネップ郷士家は元からこの辺りを治めていた家。そういう歴史的経緯や、既に縁戚関係だったこともあって、クンディ様が降家した。


 以上は、ショウが馬車の中でクンディ様から聞いた話を解り易くまとめて教えてくれたものね。魔物の大発生、スタンピードは神様の漢字翻訳で「漲溢」だった。なるほど「みなぎって、あふれる」だから分かり易い。「玄奥の森」のような深い森が何十か所も在って、基本的に森から発生するらしい。


「義姉上、ご無沙汰しております」

 郷士家の屋敷の正門の前には既に普人の男女が立っていて、馬車から降りたクンディ様に胸礼をした。

「メルタン、健勝のようで安心しましたよ。メウカ、お久し振りですね」

 ショウに手を引かれて降りたことに恐縮しているクンディ様が答える。


「メルタン。メウカ。こちらの森人さまこそ、光魔術士サンクタルティスタのショウ様です。伝えた通りご身分は明かせませんが。そして副官のリカ様と親衛のモモ様。魔狩隊「徨う花」として活動されていますが、決して失礼のないように」

 森人貴族がお忍びで訪問という設定なので、わたしとモモも「様」付けなのだ。メルタンさんとメウカさんは跪いて胸礼をして頭を下げられた。


「承知しております。ショウ様。またリカ様とモモ様。ネップ郷士家のメルタンと妻のメウカにございます。義姉上そしてグラフェル男爵家が大恩を賜ったと聞き及んでおります。辺境の一郷士家では十分なお持て成しは適いませぬが、せめて一夜なりとも御休息の仮宿をご提供させていただければと存じます」

 丁寧過ぎる挨拶に、何だか居たたまれなくなってしまう。


「メルタン殿もメウカ殿も、どうかお立ちください。クンディ様のお招きに甘え、お邪魔させていただきました。魔物狩としては駆け出しですが、光魔術士としては一人前に働けましょう。我が技がお役に立てるご用がありましたら、どうぞ遠慮なくお申し付けください」

 何か言おうとしたクンディ様を遮るように、ショウは最後まで話し切った。


「お申し出のお気持ちは、有難く頂戴いたします。まずは旅の疲れをお癒しください。細やかながらお食事を用意させていただいております。メウカ?」

「ショウ様、リカ様、モモ様。そして、お義姉様。本日は中庭に席を用意してございます。どうぞ、こちらへ」

 立ち上がったメルタンさんとメウカさんは、揃ってよく日焼けした笑顔をわたしたちに向け、中庭へと先導してくれた。お二人とも逞しい体つきだったけれど、穏やかで優しそうな方々だった。



※ウィラルテの馬車は、15世紀のコチ式吊り下げ馬車がモデルです。活動報告に帝国の馬車交通インフラの説明と、参考画像あります。


Kocsimúzeum(コチ博物館:ハンガリー・コチ村)

※次回の更新は、7/18(土)を予定しています。

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