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【R15版】徨う花の物語(さまようはなのものがたり)  作者: 紫瞳鸛
第一部 転生 第3章 姫花草

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第96話 リミッター

「クンディ様。せめて大仰にならないようお願いできませんでしょうか? 飽く迄も魔物狩としての訪問、いや、光魔術士として存分にお使いください」

「まさか、光魔術士サンクタルティスタとして招聘する訳には!……失礼を。そうですね。畏まりました。なるべく配慮させていただきます」


「有難うございます。それならば是非、伺わせていただきたいと思います。リカ、モモ、それでいいかな」

 わたしとモモは、当たり前のような顔をして従者仕草で答える。

「はい、ショウ様」

「分かりました、ショウ様」


 リナリア様の護衛仕事の翌朝。なるべく早い時間に組合へ来て欲しいとの伝言があったので、朝の治療仕事も止めて組合を訪れた。何故か解体場から入るようにとのことだったから解体場の扉を押したところ、いつものファイスさんが出迎えてくれた。そのまま二階の部屋に直行してクンディ様と対面した。


 わたしとモモがソファの後ろに立とうとしたら、どうか並んでお座りください、と懇願するように促されたので久々に三人揃って座らせてもらった。まずクンディ様は「皆様は黄銅札に昇格になります」と言って黄銅札を渡してくれた。これは予想していなかったから嬉しい。


 黄銅札からは名前が刻印されるし、他の町へ行ってもそのまま通用する。組合紋章の下に掘られた共通語の名前を見ても違和感を覚えなかった。なるほど赤っぽかった青銅札と比べると黄色っぽいかな。黄銅は真鍮のことだ。青銅の十円玉から真鍮の五円玉になったということね!


 でも、確か黄銅札は「登録から一年以上活動すること」が条件の一つだ。二か月も経たずに昇格するのは異例の筈よね。三人で目顔を交わしていると、尋ねるまでもなくクンディ様の方から「神殿と伯爵家の依頼を請け負っていただきましたので、貢献度が大きく上がったのです」と説明してくれた。


 そしてクンディ様は姿勢と表情を改めると、ショウの発案による綿実油(わたみあぶら)の脱色が成功してグラフェル男爵家が商会と大きな契約を結べたので、是非、領町にお越しいただき、細やかながら御礼のお持て成しをさせていただきたい、と胸礼しながら深々と頭を下げられたのだった。


 正直なところ不安の方が大きい。男爵様を始めとしたご一族と晩餐会などということになったら目も当てられない。でも「普人の弱小男爵家ですから堅苦しいことはございません。それに脱色の秘技の出所は、ほんの数名しか知りませんので。儀礼は最小限にいたします」と言われた。それなら大丈夫かな……。


 本町南門からクンディ様の嫁ぎ先であるネップ郷のネップ村に至り、そこからヴェイザ脇街道を外れて内陸へと進み、男爵家の領町に入る。ネップ村からはクンディ様だけが先行して準備を整えたいので、わたしたちは村に暫く滞在するか、更に南のフォルカラッドという町に足を延ばしてはどうか、とのことだった。


「フォルカラッドは子爵家の領町ですのでヴェイザよりも栄えておりますし、アウストリ川方面には狩場もあります。腕の立つ鍛冶師もいた筈です。ああ、そう言えば近ごろ劇場で森人の唄手うたいてが評判です。一週か二週ほど滞在されても宜しいかと思います。お気に召されれば、もっと長くても」

 クンディ様は妙に含むところのある笑顔で、寧ろフォルカラッドでの長期滞在を勧めるような口振りで説明してくださった。


 その日の夕方。三人は幸せに寛ぎながら話し合っていた。

「なんだか、いろいろと不自然な点もあるのだけれど」

「うん。一旦、ヴェイザを離れた方がいいのは分かるけどね。ショウ?」

「そうだね。何というか、この町で僕たちだけで行動するのを可能な限り防ごう、という強い意思を感じる」


「一方でフォルカラッド行きは、寧ろ積極的に勧められたよね」

 そう。クンディ様は、男爵家への訪問は取り消されても一向に構いませんよ、とまで言われたのだ。

「あの連中の背後関係は、あるとしても北方面だそうだし。その、できればフォルカラッドまで足を……」

 ショウがわたしたちの反応を窺いながら遠慮がちに提案してくる。


「わたしは賛成。他の町の様子は気になるし?」

「私も。腕の立つ鍛冶師の作る武器も気になるし?」

 わたしとモモはショウの深紫の瞳を見詰め返す。だって、彼は気になっている筈のことに敢えて触れなかったから。


「僕は森人の歌手が気になる。よく知っている同級生の可能性が高いと思う。だから……僕はフォルカラッドに行きたい」

 わたしとモモは微笑みながら頷き合った。そう、敢えて口には出さないけれど、恐らくその森人の歌手「唄手」は……そしてショウが自分の気持ちに蓋をせずに、わたしたちに頼んでくれたことが嬉しかった。


 昨日の朝のことになる。わたしとモモが問い詰めるまでもなく、ショウは自分からあの件を話してくれた。

「リカ。モモ。僕は隠していたつもりはなかった。だって読んだのは「光匠の(ひかりのたくみ)技」であって「時空匠ときのたくみの技」ではないからね。「光匠の技」は、時空については断片的に言及しているだけだ」


 わたしは平静な声色になるように気を付けながら返した。

「ショウ。でもあなたは、その記述から時空魔術で魔力を使い過ぎるとどうなるか、分かっていたのよね?」

「……推測しただけで…事実かどうかは」

 優しいあなた。でも、二人とも真実を受け止める覚悟を済ませているの。


「あなた。正直に教えて。わたしたち、もう夫婦なのよ?」

「そうよ、ショウ。なるべく隠し事はして欲しくないの。私たちを置いていくなんて、絶対に、いやよ?」

 モモは敢えて明るい笑顔を向けたけれど、声の震えを隠し切れていなかった。ショウはその端正な美顔にほんの僅かな……わたしとモモ以外は気付かないくらいの溜息を混ぜつつ、説明してくれた。


 光魔術は四魔術よりも魔力消費が多い。「光匠の技」の記述だと二倍。ショウの体感でも同じくらいだそう。そして四魔術は魔力を七割くらい使うと、気力が尽きてしまって魔法を発現できなくなる。光魔術で同じシステムだと、特に高段階魔法を真面に使えなくなる。だから恒神様は人類に恩寵魔法を授けたときに、このリミッターを外したのではないか。ここまでは、わたしも聞いていた。


 勿論、本にはそんなことは書いていない。恩寵の技の使い手は選ばれし者だから、身を削ってでも魔力を限界まで使うことができる、という記述らしい。そう。光魔術を使い過ぎる度に、寿命が削られるのだ……。


「特に昏倒すると、数年単位で短縮するという推測しか書いていなかった。今では試す者がいないからね。但し、初期の光魔術士は明らかに短命で。嘗ての記録から類推して、今では決して昏倒しないよう、厳に戒めている」

 わたしはモモと顔を見合わせる。「赤い棘(プカ・キスカ)」のナナさんやアステリデの皆さんの反応からすれば、予想通りと言える。


「……時空魔術は?」

 モモが掠れ声を絞り出した。わたしは口を開けることさえできなかった。ショウはモモとわたしを気にしつつ、静かな口調で続けてくれる。

「……光魔術は、それでもリミッターが残っているのだと思う。最初と二度目の昏倒は光魔術の使用過多に因るものだったけど、その時の感覚とは違っていたから」

「「…………」」


「本の記述ではね。「その者の魔力(ことごと)く使い尽くすこと能いし時空の技と異なり、光の技は昏倒のみで収まれるが……」となっている。ひょっとすると、魔力が完全に切れると命まで失うのかもしれないね」

 二人は声も出なかった。ひょっとして、ではないことが分かったから。


「……あの時。()()()()()()()を【圧縮コンプリメ】した。その時点で魔力残量は半分くらいだったかな。襲撃でも結構、時空を使っていたしね。だから様子を見ながら1匹ずつ【圧縮】するつもりだった。でも同時になるべく小さく、と意識したのが失敗だったのかもしれない」

 ショウはわたしとモモの反応を窺って続けるかどうか迷い、それでも先に進んでくれた。深い紫瞳に見詰められる。


「対象が死骸と荷物全体になって、且つ、第四段階相当の威力になったのだと思う。第四は【頑丈ドゥラーテ】を自分に掛けたことがあるくらいで、第四段階相当で【圧縮】を……大質量と空間を同時に変化させたのは初めてだったから。あっと言う間に魔力が吸い取られて目の前が暗くなった。そこから先は、あまり覚えていない」

 あ、ま、り、覚えていない。覚えていることを教えて?


「……今、振り返るとね。例の場所に至ったと思う。でも何故か閊えたように進めなくなって。そして、時空を歪めるような力で無理やり引き戻されたような。その後は眠くて堪らなくて、起きようとしたけど抗えなくて……やっと起きたと思ったらベッドの中で、リカとモモに手を握られていた」

「「…………」」

 ああ、やはり。あなたは最初の転生の場、あの薄明の時空に足を踏み入れようと……ショウは死の淵に立ったのだ。


「リカ。モモ。僕は再び君たちに命を救われた。有難う」

「……ショウ。わたしたちだけじゃない」

「うん。董ちゃんが追い返してくれたのよ?」

「……これで思い知ったから。恩寵魔術を使う際は、本当に慎重にいくよ」

「約束して?」「絶対だからね!」


 三人は、強く、硬く、緊く、抱き合った。リナリア様の護衛仕事が入っていなかったら、一日中そうしていたに違いない。勿論、ショウはそこまで見通して朝の内に告白したのだ。あなたは、そういう男性ひとだもの。


「置いていかないで……」

「二人だけにしないで……」

「……………」

 わたしとモモは流れ込んできた優しさに癒された。安堵した。心の底から。だからこの時は気付かなかった。


 ……ショウは約束の言葉を返さなかったのだ。

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