閑話 クンディは決意する
「アステリデ家の! では馬車の中は。どうぞお通りください!」
「うむ」「ご苦労」「今日は混んでいるね」
馬車の外からホスタ様らの声が聞こえる。南門の門番は車中を確かめることもせずに通過を認める。規則違反ではあるが、「星辰のアステリデ」の昇菊紋が輝く神殿の青白馬車を検める門番は稀だろう。
ショウ様への襲撃事件が発生した翌早朝。わたしは元従者で元狩人でもあるファイスとともに神殿の青白長寛衣に包まり、深く頭巾を被った状態で馬車に収まってヴェイザの南門を潜っていた。さすがは伯爵家が用意した馬車。滑らかで静かだ。車輪の生皮や蹄毛靴は、希少な魔物の素材だろうから。
やがてヴェイザ脇街道の道端に寄せて止まる。暫くすると朝に出立する馬車や荷車や徒歩の旅人らの流れが途絶えたようだ。馬車は車輪を換装せずに街道を逸れ、草原へと入り込んだ。蛟龍の素材なのかもしれない。砂魔術の音が聞こえる。カランサ様が轍を消しているのだろう。
「クンディ様。馬車で待っていただいても宜しいのですが」
扉を開けたコルノ様が確認してくる。
「いえ。わたしも、是が非でもこの目で現場を確かめたく思いますので。護衛の手間が増えて申し訳も立ちません」
わたしは長寛衣を脱ぐと、同じく革鎧姿となったファイスに導かれて地面に降り立つ。コルノ様を馬車の番に残し、ファイスを先頭にホスタ様とカランサ様、それにわたしの四名で草原に分け入っていった。
襲撃の翌朝にこんな偽装工作をしてまで現場検証に赴いたのには訳がある。まず、衛兵隊に賊の協力者が居る可能性が高いこと。リカさんが名前をあげたシタンという兵士だけとは限らないので、まだ衛兵隊に照会することもしていない。代官ラオフ男爵様も、衛兵隊長ブラズ男爵様も潔白だとは思うけど。
要監視の魔狩隊「怒龍団」はヴェイザ出身だが、家族以外は死んで却ってせいせいした向きの方が多いだろう。「夜狼死」は最近、北より現れた者たちだが今朝の定期便で問合せを出した。「赤い棘」も疑っていたが、やはりリコヤン兄弟が南門からネップ村を通過して見せたのは偽装で、北方面に根拠地があるのだろう。
何しろ襲撃の規模が大きい。手練れだという花粉が舞いつつある美形の従者二人を無傷で捕らえるためとはいえ、背後に例の商会、その奥には……あの貴族がいる可能性が高いだろう。そう、女魔術士を手籠めにするには相当の策と力を要するのだから。賊の死体や荷物に手掛かりが残されていれば、今度こそ!
ファイスは地面を探りつつ、どんどん進む。街道とアウストリ川の間ということしか分からないのに、現場に辿り着くのは森で魔石を探すようなものだと思ったのだけど、草原を進むための野道や、ある程度開けた場所は実際には限られるので、意外と辿り着けるものらしい。
それでも二刻ほどは歩き回っただろうか。ファイスが岩陰の藪に隠されていた背袋四つを見付けた。わたしには全く見えなかった。ここからは早いでしょう、という言葉通り、それから程なくして急に視界が開け、地面が剥き出しになって僅かな下草だけが生えている、組合前の広場よりも大きな空間に出た。
「ふむ。死体の山はないな」
「砂魔術で埋める余裕はあったのだね」
ホスタ様とカランサ様が広場を歩き回りながら呟く。ファイスは、ふと膝を突くと、目の前の小枝や枯れ葉で覆われた場所を指し示した。
「ここに数体は埋まっていそうです」
「どれ。もう少し、避けてくれるかい」
カランサ様がファイスの元へ寄ると【操砂】を発動した。表面の土が左右に除けるように動いて……あああっ! さっと視界が塞がれる。
「クンディ様、見ないほうが宜しいでしょう」
ファイスがわたしの前に立ち塞かった。体が勝手に震え出す。そ、そんな!
「こ、これは!」「まさか!」
ホスタ様とカランサ様の驚きの声が聞こえる。わたしは崩れ落ちた。ああ、やはり。心のどこかでは、そうではないかと疑っていた。それではショウ様は!
「間違いない。この人体の成れの果て。革などの残骸。そして粉々になった金属片。【圧縮】だよ。しかもこれは……」
カランサ様の声が震えている。
「し、信じ難い。ショウ様はグラティオススか。いや、アウグストゥス!」
ホスタ様の動揺する声を初めて聞いた。グラティオスス、光と時空の両素質に恵まれた「恩寵深き者」。その中でも両方とも第三段階以上に達する者はアウグストゥス、「尊厳ある者」だ。でも違う。そんな存在では済まされない!
「有り得ぬぞ。ショウ様は光の第四だ。それでは時空も? 十八で!」
ホスタ様が叫んでいる。そう、有り得ない。そしてその先の結論は明らかよ!
「22人の人間だったものが全てここに在るとすると第三段階は間違いないね。第四でも不思議はない。なるほど長時間、昏倒される筈だよ。いや、寧ろよくぞ命を繋ぎ留められた。それに【頑丈】と【防護】が使えるのであれば、リカ殿とモモ殿の防具に傷ひとつ無かったのも頷けるというものだ」
カランサ様が震える声音で呟く。そう、光魔術の使い過ぎでは、相当の高段階でもなければ何時間も昏倒することは考え難い。そして如何に光魔術を操れるとは言え、革鎧が完全な無傷だったのは不自然だった。これらの疑問も現場検証を急いだ理由のひとつなのだ。でも、そういうことではないのよ!
「え、使徒様よ。ああ、使徒様が! 使徒様、ご顕現!!」
「クンディお嬢様……」
気が付くとわたしは地面に額を擦りつけて叫んでいた。ファイスが背中をさすってくれている。見目麗しき者への誉め言葉の使徒様ではない。本物のエレンドラカ様! 恒神様がお遣わしになった御子様!
「……クンディ様。普人の悪い癖だ。優れた才を示す美形を見る度に使徒様などと。確かに突如、若き俊英が現れることがある。だがその者どもは皆、無知の上に礼節の欠片もなく、何も成してはおらぬのに勇者だ、聖女だ、などと嘯き、あげくは魔物の群れに突貫して果てる痴れ者ばかり。断じて使徒様ではない」
冷静さを取り戻したホスタ様が、教え諭すように話す。分かっている。そんなことは知っている。だからこそよ!
「共政国はそのような者らを集めているようだが。いっそ哀れよ。どのような甘言を弄すれば、碌に戦闘経験も無い歪んだ魔戦士を我が国との前線に放り込めるというのか。使徒様とは何か。礼節を忘れず、慈愛に溢れ、功を誇らず、我らの知らぬ叡智を授け、静かに去っていかれる御方だ。ここ百年は一度も顕れておらん!」
ああ、ホスタ様! ご自分の発言を理解されているのでしょうか。それが、それこそが、あの美しき御方!
「ホスタよ。自覚が無いのかい? それこそ、ショウ様そのものだよ」
「…………」
カランサ様の諫めにホスタ様が黙ってしまう。
「ホスタ。この際、ショウ様が使徒様かどうかは後回しだ。少なくともショウ様は時空を操ることを秘匿されている。我らはそのご意思を尊重するのみだよ」
「そうだな。クンディ様、その者は信用に値しますかな?」
ホスタ様とカランサ様は厳しい目付きをファイスに向けて来られた。
「はい! この者はわたしの幼少時より忠義を違えたこと無き節士でございます。我ら普人には存在しないとは言え、わたしはセルウスとも思っております!」
「龍鬼に裂かれても口外せぬことを恒神様に誓います」
ファイスが跪いて、誓いの言葉を述べる。
「確と聞いたぞ。そうとなれば喫緊の案じ事は、ショウ様の身柄のご安全の確保だ。クンディ様。「森人のことは森人に」と申します。以後、ショウ様の件は我らアステリデにお任せいただこう。ただし……」
「そうだね。お伺いを立てねばならぬが。帝都は遠く、アステリデは尚のこと。ショウ様には一時的にヴェイザを離れていただいた方が良いが、自然な形で避難されることにご助力を頂きたいのだがね」
「は、はい! 我が実家グラフェル男爵家はショウ様のご叡智により大恩を賜っております。我が婚家ネップ郷士家を経由しましてグラフェルにお越しいただき、お持て成しをさせていただく予定でございました!」
「ほう。光の技以外でも、ご叡智を授けられていたとはね。ホスタ?」
「……クンディ様、その予定でお願い申す。無論、対価は支払われるだろう。我らの権限では確約できぬが、覡王様と巫后様に強く上奏することを誓おう」
「あ、有難き幸せにございます!」
覡王様と巫后様! アステリデ家のご当主ご夫妻お二人に! まさか……。
(姫様には告げぬ方が良かろう)
(ああ。『わたくしは相応しく有りませぬ』などと言い出されては困るからね)
現場を【硬化】で覆い尽くし、更に【操砂】に枝葉も動員しながら小声で話す二人の話が聞こえてしまった。
やはり、リナリア様がショウ様を見初められて? リカ様とモモ様はどうなる? わたしは衝撃に打ちのめされた。セルウァであるホスタ様らは却って気付かないのかもしれない。でもショウ様が使徒様ならば、あのお二人も! ああ、そうだとすると全ての疑問が氷解する。で、でも!
背筋が凍った。ホスタ様らは、ショウ様にとって最高の落ち着き先を用意できたものとして、些かの疑問も抱かないだろう。でもアステリデに入ったその先は……神聖祓隊だ。それでは共政国と同じではないか! 相手が人から魔物に変わるだけで! わたしは決心した。もちろん明白にアステリデに盾突くことなどできない。それでも、せめて別の道をお示しさせていただかねば……。
「森人のことは森人に(ELFis quae ELForum sunt.)」
※オリジナルのラテン語警句(森人語はラテン語モデル)。
※ウィラルテの街道馬車は、15世紀コチ式馬車を箱型にして、車輪を生皮巻に、そして蹄鉄を蹄毛靴に変更したイメージ。乗車する第97話で解説します。
Kocsimúzeum(ハンガリー、コチ博物館)
※次回更新は、7/11(土)を予定しています。




