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外伝、春香の話

菜月の姉の春香のお話です。


春香は連日のお見合いにうんざりしていた。

今目の前にいる男は特に最悪だった。無理に撫で付けた髪は所々はねていて、体には無駄なぜい肉だらけでやけに態度がでかい。春香は妹には少し劣るが自分がそれなりの容姿を持っていることは自覚している。だから、この人の前で気をもたせるような事を一言も言わないようにしているし、事実いっていない。だが、この男は時々つばを飛ばしながら“自分の妻になったら”という前提の元で話してくる。春香は顔には出していないが、とてつもなく部屋に逃げ込みたい衝動と戦っていた。

それから約一時間後にやっと開放されると、部屋に行きドレスを脱いだ。時刻はもう午後十時過ぎだ。久しぶりにこんなに長い見合いをした。

春香は妹のように見合いを断るようなことはよほどの事がないかぎりしない。見合いの席に来る男性はそれなりの身分があり、教養もある人だけだ。(今回は例外中の例外だ)しかし、そろそろ見合いの席で愛想笑いをするのも疲れてきていた。

五日後の見合いでは楽しい人がきてくれるといい、と思いながら春香はベットに入った。


五日後の夕刻。

春香は専属執事の幸恵に化粧をしてもらい、食堂の席に座った。

十分ほど待ち、少し玄関が騒がしくなってから今日の見合い相手が入ってきた。

ほどよく筋肉のついた体だったが、お世辞にもきれいとはいえないような顔だちをした男性だった。伯爵家の人だから、身分はまあまあというところだろう。

男は食事が終わるとすぐに二人きりになりたいと言ってきた。

「お食事はお口にあいましたでしょうか」

春香は社交辞令を適当に言った。

「ああ」

男はそう言うと、机をまわり春香の隣に座った。

「あそこの席はお気に召しませんでしたか」

「色気を出しすぎだ」

会話が成立しない。言っている意味が分からない。

その時、男がドレスの上から春香の太ももを触った。

「えっ?」

男は何食わぬ顔で片手で春香の太ももを撫で回してくる。さすがの春香もこんな場面には遭遇したことがない。

「手、やめてもらえますか」

「何を言う。気持ちいいだろう?」

やはり、この男とは会話が成立しない。

「へ?キャーーーーーーーーーーーー」

ドレスのチャックをもう片方の手で下げようとしている男を見て思わず春香が叫んだ。

春香の悲鳴を聞いてドアが勢いよく開かれた。

公爵の目に映ったのは、男が自分の娘の太ももを撫で回し、下品な笑いわ浮かべている光景だった。

春香は何があの後起きたのかは覚えていないが、明日の見合いはキャンセルしてもらう事になった。

春香は次の日学園が休みだったため家にいたが昨日の事を嫌でも思い出し、一人で街へ気分転換のために出かけた。

春香は書店で本を買い、適当な店に入って読む事にした。

「あの、ここいいですか?」

春香はだいぶ読みふけっていたらしい。時計を見ると店に入ってもう一時間も経っていた。

「すいません。長く居すぎましたね」

声をかけてきたのは春香と同じくらいの年の顔だちの整った青年だった。

「いいですよ。その本面白いですよね」

と言って春香の前に座った。

「はい。初めて手に取ったのですが面白くてつい」

春香は久しぶりに初対面の人に容姿について褒められなかったのが新鮮で心地よかった。

「分かりますよ。僕も本好きなので」

春香は特に本好きではなかったが、この青年ともっと話したくて本好きのふりをすることにした。

「あの、えっと…」

「五十嵐です」

「五十嵐さんのおすすめの本ってありますか?」

「うーん。僕が好きなのは純恋歌という恋愛小説ですね」

「恋愛か…」

春香は意味深につぶやいた。

「今日、僕見合いをする予定だったんです」

「私もです」

「そうですか。相手側に今日はやめてくれと言われてしまいまして。見合いをする女性がどんな人だろうって少し期待してたんです」

そう言うと男は一枚の似顔絵をとりだして机においた。

「…っ」

春香は驚きで大声を出しそうになった。似顔絵は自分の顔にそっくりだったのだ。

「これ、あなたですよね?」

「…そうです」

春香は腹をくくった。

「どうして僕との見合いを断ったのか聞いてもいいですか」

春香は昨日の見合いの席でおきたことをぽつぽつと話した。

「身勝手な事だとは分かってるんですけど、今日のお見合いはキャンセルしました」

春香は小さく頭を下げた。

「いいですよ。僕が聞いてしまったばかりに、嫌な事を思い出させてしまってすいません」

男も小さく頭を下げた。

「あの、もし良かったらお見合いをあなたとしてもらえるように私から頼んでみます」

「ありがとうございます。でも、もし良かったらまたこの店で会いたいです」

「えっ?」

「え、あ、その」

男は春香にどうしてこんなことを言ってしまったのか後になって慌てた。

「私もそうしていただきたいです。こういうお見合いの方がきっと楽しいです」

「本当ですか?」

男が嬉しそうに笑った。

「はい。私は高千穂春香です」

「僕は五十嵐隼人といいます。隼人って呼んでくれると嬉しいです」

「私のことも春香でいいです」

二人はここで見合いのような自己紹介をしたことに、少し恥ずかしさを感じて笑った。

「隼人さんはこの後予定とかってありますか?」

「特にないです。一緒に昼食でもどうですか?」

「ぜひ」

二人は昼食を食べ、書店に行ったりしていると、あっという間に時間が過ぎたように感じた。

「時間が経つのは早いですね」

春香が言った。

「本当に。また会えますか?」

「確か七日後は空いています」

「じゃあ、その日にあの店でお昼頃に」

「はい」

その日、春香は初めて帰ってくるのが遅いと幸恵に叱られた。

その事すら、今の春香には新鮮に感じた。


「幸恵さん、このピンクと水色のワンピースどっちがいいと思う?」

「お嬢様、今日のご予定は特にありませんよ」

「いいから。このワンピースの上から上着を着ようか」

「お嬢様、殿方にでも会うのですか?」

春香はたっぷり3秒間フリーズした。

「図星ですか」

春香はそれには答えずにピンクのワンピースを手にとった。

「誰かだけでも教えていただきたいのですが」

春香は上着を着てかばんを手にとった。

「お嬢様」

「いってきますね」

春香は幸恵の質問攻めから逃げるようにして部屋を出た。

幸恵はベッドの上に紙が落ちているのを見つけた。

紙には小さなハートマークと共に『五十嵐隼人』と書いてあった。


春香はこの前の店の前に行くと、隼人がもう待っていた。

「ごめんなさい。待ちましたか?」

「いいえ。今日はどこに行きましょうか」

二人はとりあえず店に入り、昼食をとることにした。

「今日はありがとうございます。まさか、高千穂公爵家の長女であるあなたに来ていただけるとは思いもしませんでした」

「約束は約束ですし、いつもは勉強している時間にこんな事をしているのが楽しいです」

「もしかして、学園に通ってるのですか?」

「はい。今は高等部の一年生です」

「そうでしたか、僕よりも二つ年下です」

「そいうえば、私、隼人さんのこと何も知らないですね」

春香は少し笑った。

「ええ。僕も春香さんの事まったく知りません」

「それなら…」

春香は少しでも自分のことを知ってもらえたらなと思い、自分のことを話した。

「春香さんってすごいですね。僕だったら、連日のお見合いなんてたえられませんよ」

隼人はそう言うとお返しとばかりに話しだした。

隼人は、侯爵家の末っ子で年は17歳。趣味は読書で、好きな食べ物はパンなどなど。

二人は店を出てフラフラ歩いた。そして、夕刻に帰るのだ。

春香は二週間に一度のペースで隼人に会ったが、二人の話が恋愛の事になることはなかった。


ある日のこと。

午後八時ごろに春香は幸恵に呼ばれた。

「お嬢様、五十嵐様が外で待ってますよ」

「幸恵さん、伝えてくれてありがとう」

春香は幸恵にふんわりと笑顔を見せた。幸恵はこんな夜に外で春香と男が会うことを手助けしたら公爵夫妻から叱られてしまうだろう。

春香は幸恵に教えてもらうとすぐに上着を着て外に出た。

「隼人さん。どうしたの?」

隼人は馬に乗って飛ばしてきたらしく、息が切れていた。

隼人は春香を見て息を整えると言った。

「今さっき、父から見合いをすると言われたんだ。それで僕はもし、相手と上手くいったら結婚しろと言われてしまう。だから、その前に君に想いを伝えたくて」

隼人は一歩春香に近づいて、手を握った。

春香は自分の鼓動がはっきりと聞こえた。

「君のことが好きなんだ」

隼人はそれだけ言うと春香の手を離した。

「君がそんな事をいわれて困るのは重々分かっているけど」

春香が隼人の言葉をさえぎっていった。

「隼人さんのこと、私も好き」

春香の頬が恥ずかしさに赤くなった。

「だから、婚」

「春香さん」

隼人が春香の言葉にかぶせて言った。

「僕と婚約してください」

春香の顔が嬉しそうに笑った。

「はい。よろこんで」

隼人は春香を抱きしめた。

次回から本文に入ります。

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