十三、多忙な夫人
久しぶりの渚です。
高千穂公爵夫人は朝食を食べ終わり子供達二人学校に行くのを見届けてから、多忙な一日が始まる。
公爵夫人というのは、毎日何かしらの“お茶会”という名目の“女の駆け引き”に参加しなければならない。
だから、夫人はまずドレスを着てお茶かにふさわしい格好をする。このドレスを着るのに一時間はかかる。
その後、公爵の書斎に行き、公爵にお茶を出す。これは夫人自らやらなくれもいい仕事だが、毎日欠かさずにしていることだ。
書斎で公爵がお茶を飲んでいるときだけ、夫人は公爵と最近の国の様子を話す。夫人はこの時間を気に入ってはいるが決して公爵の話にむやみにつっこんだりしないし、書斎に長居する事もない。
今日は珍しく公爵が陛下に用事があるといってお茶の時間を終えてすぐに支度を始めた。夫人は公爵の書斎を出て、自分の部屋に向かう。
そこで念入りに 化粧をしてつかの間の休憩に入る。夫人は椅子に座って本を開いた。夫人は本を読み始めて5分も経たないうちに、慌てたような足音が聞こえ、使用人が部屋に入ってきた。
「どうしました?」
夫人は、使用人たちは絶対に何かない限り足音をたてて歩くことはないと知っていた。
入ってきた使用人は顔を青くしながら、なんとか息を整えて言った。
「リゼイン国王様の使者がお見えです。ご用件は菜月様を渡してほしいとのことです」
夫人は今すぐ使用人全員を食堂に集めるように言った。
夫人は玄関に行き、国王の使者を丁寧にもてなした。それから、使者に応接室に行ってもらうように使用人に命じると、夫人は食堂に行き使用人に次々に指示を出した。
「あなたは、今すぐ軽食を出して。あなたはお茶会の人に私の欠席の旨を伝えなさい。あなたは公爵様を、あなたは子供達を呼んできて」
使用人は量より質と言ったもので、自分の指示を聞くと一礼してすぐに動き始めた。
夫人は急いで正装に着替えると、応接室に向かった。
「申し訳ありません。今、公爵様が留守中のとめ、もう少しお時間がかかります」
「いえ、突然おしかけてしまったのはこちらですから」
使者は丁寧な物腰で応えた。
そして30分後に菜月は家に着いた。
菜月はすぐに自分の部屋に行き正装に着替えると応接室に向かった。
菜月はリゼイン国王が渚のことで怒っているのだろうと思い、恐かったが意を決して応接室の扉を開けた。
数日前。
渚は玉座の間で跪いていた。いつも父に会うのは父の執務室だが、事がことなので、玉座の間で会うことにしたのだ。
国王は大きな体を玉座にもたらかせて、座っている。
「父上、本日はご報告があって参りました」
「うむ」
さすがの国王も息子の前ではいつもの威厳はない。事実国王はこのできのよい息子を気に入っていた、
渚は少し、緊張しつつ要点だけを言った。
「カマール国高千穂公爵令嬢との婚約を認めていただきたいのです」
「ほう、気に入ったのか」
「はい」
「いいではないか。身分もそこそこある」
「ありがとうございます」
渚はこんなに早く認めてもらえるとは思ってもみなかった。
「一緒に食事でもどうだ?父子水入らずにいうことでな」
「はい」
「では、昼食にしよう」
国王は立ち上がった。二人はホールに行き、向かい合わせにすわると、国王がおもむろに口を開いた。
内容はやはり、菜月のことだった。
「高千穂令嬢のどこが良かったのだ?沢山の見合いの席を用意してやったのを気に入らないと一蹴していたのに、気が変わるのは早いものだな」
渚は少し笑った。
「父上、それは違います。私は内面が磨かれていない女性はあまり好きではないだけです」
「ほう。そこまでの女なのか。外も内もきれいとは稀有だな」
「父上、一つお願いがございます」
「なんだ?」
「私は高千穂令嬢と一緒に暮らしたいのでございますが」
「当然だな。婚約している相手となると」
渚が国王の言葉を遮っていった。
「婚約はまだしておりません」
国王は一気に恐ろしい顔へと変わった。
「どういうことだ?」
「高千穂令嬢とは“恋人”という関係です。彼女はまだ学生で勉学に励みたいので婚約は待ってほしいと言われました」
「ほう、それで?」
「彼女が卒業するまでの二年間待つつもりです」
「そんなことが許されると思っているのか?」
国王はいつもの威厳を纏って言った。
「分かっておりますが、彼女を説得することができなかったのです。今、私がもう一度言いますと彼女との約束を反故することになりますので、私の口からは言えません」
「そうか、それは仕方あるまい。それで住居のことだな」
「カマールとの国境付近がいいのですが」
「それはダメだ。そんな田舎はな」
「しかし」
「もういい。私が高千穂公爵に使者を出す。高千穂令嬢に婚約させればよいだろう?」
「いいえ、それではいけません。私は彼女と約束しましたから」
「つまり、嘘をつきたくないと?」
「はい。しっかりと彼女を説得させてください」
「難しい注文だな。まあ、一週間のうちに説得させよう」
国王はそう言うと席を立った。
渚はもう少し食べてからホールを出た。
ずっと後ろに立っていた樹利が言った。
「渚様、大丈夫ですか」
「菜月のことだろう?父上が説得してくれる」
「陛下の説得が、今まで成功した事がありますか」
樹利は誰かに聞かれたら即不敬罪で逮捕されそうな台詞を言った。
「…ないな。しかし、父上だから今度こそきっと大丈夫だ」
「そうは思いませんけどね。」
今度は即刻処刑されそうな言葉を樹利がはいた。
そして現在。
菜月は馬車の中で揺られていた。馬車といっても、中は高級な物で統一感のある内装になっており、居心地は悪くない、というよりむしろ良い。
なぜ、今菜月がこんなところに居るかというと、
数時間前。
高千穂家の応接室では公爵と菜月、リゼイン国の使者が向かい合って座っていた。
「リゼイン国に菜月を渡すとは、どういうことでしょうか」
公爵が言った。
「そのままの意味です。そちらのご令嬢は、渚様の恋人でございますね?」
「はい」
菜月が応えた。
「陛下はそのことに難色をしめされています」
菜月は次に言われてしまうことは予想していた。
「別れるということですか?」
「いいえ、そうはおしゃっていません」
だが、相手の答えは菜月の予想とは違っていた。
「私は陛下にご令嬢を連れてくるようにというご命令承りました。ですから、ご令嬢を一時だけでもお預かりしたいのです」
公爵の目が菜月に向けられた。
「菜月が決めろ。元々、王子様と付き合ったらこうなると分かっていた」
「…私は行きたいと思います」
菜月は使者と父の顔を見ていった。
「ありがとうございます。では、今すぐにでも出発したいのですが」
「はい、こちらからも一人だけ連れて行きたいのですがよろしいでしょうか」
「はい」
使者は一時間後にと言って応接室から退出した。
菜月の隣には貴子がいた。
菜月は揺られていること五時間。リゼイン国の首都サーパスに着いた。
次回もよろしくお願いします。




