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空の上の鯨  作者: 大塚束紗
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これは、完全に余談である。余談であるのだが、もし、転校生と聞いた時に、健全な男子高校生なら、いったいどんな妄想をするだろうか。転校生と紹介されて入って来たのはかわいらしい女の子か、それとも絶世の美女で、あわよくばこれからの何らかのイベントでお近づきになりたいと願うことだろう。


 こんな男子の淡い期待を、鳴瀬あたりに話をすると「はあ?」と言われて、その後一週間くらいは、軽蔑の眼差しを向けてくるだろう。だが、どうせ女子だって、転校生に期待することなんて、イケメンと背の高さだけなのだから、男子高校生だけ蔑視するのだけは断固異議を申し立てたい。


 だが、今日の朝、HR(ホームルーム)で先生に転校生が来たのだと紹介され、教室の扉を開けたのは、女の子だった。


 中に入って来た女の子は、うちの学校の制服を着ていなかった。たぶん、発注に間に合わなかったのか、転校生ということもあって、妙に目立つ。


その女子生徒は黒髪で、白いカチューシャが印象的な美しいというよりは、かわいらしい生徒だった。


 転校生が女子と分かった途端、教室中はざわめきだし、男子の大半は拳をにぎり閉め「よっしゃー」と言うような下品な高ぶり声を小さくあげる。


まあ、僕も顔が若干にやけていたので人のことは言えないのだが、そんなことは置いといて、転校生の女の子は、皆の前で軽く会釈すると、自分名前をホワイトボードに書きつづった。


 南 杏佳

 

ホワイトボードに書かれた名前はこうだった。そして、転校生は黒いペンを置いて、改めて自己紹介をする。


(みなみ)杏佳(きょうか)と言います。よろしくお願いします」


 頬を赤くしながらの挨拶が、少しだけぎこちない。だが、その頬を赤くしながら、緊張した感じが、逆に男子高校生の心を揺さぶるというものだろうか。


 そんなことを思いながら、僕は今日出会ったばかりのはずの、彼女に対してどこか違和感を感じていた。


これを一般的にはデジャブ、と呼ぶのだろうか。思い出すことが出来ないのだが、僕はきっと彼女に、どこかで会っているような気がしてならなかった。ただ、いくら考えても思いだすことが出来ない。


 そんな中、彼女は緊張しながらも大きく息を吸い込んだ。そしてゆっくりと辺りを見渡すと、僕と目線がぴったりと合う。偶然だろうか、僕はその事に気が付くとすぐに目線をそらすのだが、彼女がじっと僕の方を凝視しているようにも見える。


「では、南さんの席は……」


そう言おうとする先生をほぼ無視して、彼女は僕の方へまっすぐ向かって歩き出した。


え?と僕は思いながらも彼女はこちらへ一歩ずつ歩いてくる。


彼女の後ろでは、先生が何事かと名前を呼ぶが立ち止まる気配はない。


教室内でも、ざわざわとした声が聞こえて来た。


何かの冗談だと言ってくれ。そんな気持ちで、僕はいっぱいになる。


歩き出した彼女は、とうとう僕のすぐ隣まで来た。


え?え?とそんなことを思っていると、彼女は小さく僕に向かって言う。


「卯月湊君だよね……」


言葉にならない、僕の声がこぼれた。なぜ、彼女が僕の名前を知っているのだろうか?


僕は、慌てて彼女の顔を見上げると


彼女は泣いていた……。


 そんな彼女の泣き顔を見た瞬間、自分でもとうとう訳が分からくなってしまった。


なぜ彼女は、見ず知らずの僕の名前を呼び、僕の姿を見て泣くのだろうか。彼女に対しての疑問でいっぱいになった僕に、彼女は涙をこらえながら言う。


「ずっと……。ずっと会いたかったんだよ……」 


 とうとう、彼女は頬を赤くしながら、両目には大粒の涙を流し、その途端、

彼女は、僕に急に飛び掛かるように強く抱きしめた……。

 

 どんな少年漫画の主人公でも、こんな展開はなかったと思う。


 ただ、彼女に抱きしめられた瞬間の、教室の生徒のざわめきからの、奇声と叫び声は正直な所、どうしようもなくうるさいものだった。まぁ、その注意矛先が自分に向かっているのだから当然か。


 確かに、日頃の行いは決して悪くはない。いや、むしろ自分では良い方ではあると思っていたのだが、初対面のかわいい女の子に、出会って突然抱きしめられるほど、良い行いをした憶えはない。


「ちょ、ちょっと待って」


 僕はそう叫ぶが、彼女の抱きしめる力は決して緩むことはない。


 クラス中の生徒からは、いったいこの二人に何があったのかと言うような、好機の目線が向けられてくる。たぶん、今日の昼頃か、明日の朝には、生き別れた妹との奇跡の再開……みたいな噂が学校中に広まっているだろう。いや、率直な所、そんな噂で済めばいいのだが、どうなるかは分からない。


 僕はとうとう困ってしまい、助けを求めるように廊下側の席に座る、鳴瀬と浩平の姿を見た。


 鳴瀬は驚きのあまり立ち上がってこちらを凝視しているのだが、浩平はと言えば、どちらかというと、僕を汚物の塊でも見るような表情をしている。


 というか、どうでもいいから助けてくれ!


 そう心の中で叫び声をあげるが、もちろん二人には届くはずもなかった。



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