事後処理
「だから!違うんですって!」
俺はつい、大声を上げてしまった。
新宿駅構内で起きた傷害事件の参考人として、新宿駅構内の個室に軟禁された俺と伊佐美は、鉄道警察隊の男性巡査部長の芹澤さんに、取り調べか尋問かを受けていた。
ロッカールーム兼、事務所かという狭い部屋の中央にある銀色のデスクに置かれた警察無線からは、事件現場の封鎖や怪我人の搬送先など、情報が入り乱れている。
見た目壮年であるのにもかかわらず、白髪の混ざった前髪を芹澤巡査部長がボリボリとかくと、白いフケがダークブルーのジャケットの肩に落ちて、やたらと目立っている。
「いや、しかしだな……」
そう呟いた芹澤巡査部長は、自身のスマホでYouTubeにある伊佐美のアカウント。『おしえて天才少女イサミちゃん』にアクセスし、俺たちの配信をアーカイブ視聴し始めたところだ。
俺が気が気でない想いで芹澤巡査部長とやり合っているのに、俺の隣の伊佐美はゴブリンが落とした小指の爪ほどの緑色の石を眺めたり、匂いを嗅いだりしている。
「おい、伊佐美。何やってんだよ?」
俺が声をかけると、伊佐美はニヤける頬を右手で押さえて、自慢げに石を俺に見せてくる。
「この石なんだろうね。早く調べたい……。あ!」
そう言って伊佐美はリュックから古めかしい機械を取り出す。白いグラフの背景に秒針のような赤い針がついた機械のスイッチをいれると、カチッと音がなるだけで機械に反応はない。音が鳴るだけの機械を、近くの椅子に座る婦警や駅員が何事かと凝視している。
「おい!うるさいぞ?」
芹澤巡査部長が睨みを利かせる。伊佐美はペロッと舌を出すと、その機械をリュックにしまった。
「今のなんだ?」
みんなの疑問を俺が口にする。伊佐美はよく聞いてくれたと、顔をほころばせてまた機械を取り出した。これは話が長くなるかもしれない……。
「これはね?ガイガーカウンター!端的に言うと放射能汚染を調べるの〜」
放射能という言葉に、俺たちは過剰に反応した。調書を取っている婦警さんは驚いた拍子に膝がデスクに当たり、声も無く悶絶している。
「大丈夫だよ〜。針動いてないってことは汚染されてないって事だから!」
俺と婦警さんは示し合わせたように安堵のため息を吐き、視線を落とした。芹澤巡査部長は、俺がスライムを叩き出した辺りを真剣に視聴している。
無理もないだろう。芹澤巡査部長が来た時にはゴブリンの死体はなく、例の渦もキレイさっぱり無くなっていた。俺の周りには、血まみれの人々と血まみれの棍棒が転がっているのだから、参考人で済んでいる今の状況は、この芹澤巡査部長が理性的に処理してくれているからなのだろう。
「あ……。再生数、十万超えてる」
伊佐美が芹澤巡査部長のスマホを見て、呟いた。たかだか一時間しか経っていないだろうに……。配信を見ていたのは五人いたかどうかだというのに……。
「何だこりゃ……」
芹澤巡査部長が驚愕し、小窓で見ていたアーカイブ再生を全画面で見始めた。例のマーブル模様の渦から出てきたゴブリンたちが人を襲うところが映し出されている。
「ああ!もう!」
芹澤巡査部長が声を荒げ、立ち上がる。頭を両手で掻きむしるとフケは舞うわ、毛は抜けるわで非常に不快だ。伊佐美も俺と同じ感想を抱いたのか、座っていたパイプ椅子を少し引いて、部屋の中央にあるフケまみれのデスクから距離を取る。
「分かって……もらえました?」
「ああ、わかったよ。わかったよ!……なんて報告書書いたら俺は家に帰れるんだ?夜勤明けに痴漢捕まえて、ようやっと報告書書き終わったら、今度はこれだ!あと二時間で俺は丸一日ここにいることになるんだぞ……」
それはお気の毒だ。だからそんなに頭がかゆいのかと俺たちが憐れみの視線を送ると、芹澤巡査部長は襟を正し着席する。
「悪かったよ……。お前らが悪くないのは分かったけど、こんな、ふざけた状況なんて説明すんだよ……」
芹澤巡査部長はデスクによれよれと倒れ込むと恨めしそうに俺たちを見る。うちの天才少女が、本当に申し訳ない。
「今度からは、ここに来て俺がいないのをチェックしてからにしてくれ……」
「まあまあ、世紀の大発見に立ち会えるんだから悪いもんじゃないよ?」
伊佐美はまたヘタクソなウインクをして、その手に持つ緑色の小石を俺たちに見せる。石自体が光り輝いてみせるエメラルドのよう輝きに、婦警さんの目の色が変わる。
「キレイ……」
伊佐美は婦警さんの感嘆の声を否定するように指を振る。ムッとした顔をする婦警さんを、気にすることなく伊佐美は話し始める。
「おほん!宝石の色って何でついてるか知ってるかい?」
「伊佐美。端的に……」
俺が睨みを利かせると、伊佐美は口を尖らせて、ムーっと無言の抗議をしてくるが、ここは学会でもなんでもないのだ、俺のほうが正しい。
「むぅ~……。宝石は放射能の影響なんかで色を付けてるのが多いの!でも、この石は放射能反応ないの!」
「どういう事だよ?」
やってしまった。つい質問してしまった。伊佐美の口角が徐々に上がる。俺は芹澤巡査部長に申し訳なくて俯いた。




