新世界
紫と青のマーブル模様は回転している。左回転したかと思えば、限界に達したかのように右回転し、その面積を広げていく。
「な、何だよ……コレ」
俺は喋らないように努めてきたが、もう無理だった。俺の手は震えているが、伊佐美のお手製の自撮り棒はすこぶる優秀で一切揺れていない。そして、配信画面の反応も概ね一緒だ。俺が映しているドヤ顔の伊佐美と、その後ろに広がるマーブル模様を受け入れる事が出来ないでいる。
『マジ?』
『リアルタイム配信でAI?CG?』
「どうだい?本当にあっただろう?」
伊佐美が八重歯をのぞかせてニヤリと笑う。いよいよ伊佐美を飲み込みそうなほどに大きくなった渦が怖くなって、俺は伊佐美の手を引っ張った。少し強く引っ張ってしまったようで、伊佐美がよろける。
「ちょ?圭ちゃん!」
抱き寄せられる様に、俺の胸元に収まった伊佐美がブツブツなにか言ってるが、俺はそれどころではない。新宿駅の白いタイルが敷かれた床まで到達した渦から、ドロドロと緑色の何かが溢れ出てくる。
渦からは弱い風が吹いてきていた。そして、何かが腐ったような匂いが辺りに広がり始め、呆然と渦を見ていた周りの人たちも、鼻を押さえて散り散りに散っていく。その混乱の中、一人のオタク戦士が転び、リュックについていた何かのキャラクターの小さなぬいぐるみが落ちた。
『キモっ!』
『スライム?』
視聴者のコメントが読み上げられた。俺もそう思う。緑色の粘液は不定形の生き物のように蠢き、その粘液の先端を持ち上げ、触手のように動かしながら徐々に俺たちに迫ってくる。
「伊佐美、下がれ!」
俺は自撮り棒から伊佐美のスマホを外すと、伊佐美にスマホを押し付ける。伊佐美は呑気に撮影を引き継ぎ、止めようとする俺の腕を押しのけんばかりに前のめりになり、粘液の蠢きを画角に収めようとしている。
「見たまえ!諸君。謎の不定形生物Xだ!」
鼻息荒く撮影を続け、アウトカメラとインカメラを切り替えながら、器用に配信を続ける伊佐美は、もはや科学者でありながら観測者だ。
「だからダメだって言ってんだ!」
俺は自撮り棒を構える。ガキの頃に棒切れで逃げ出した大型犬相手に伊佐美を守って、ほぼ同じシチュエーションを経験した気がする。
スライムの触手が、床に落ちたぬいぐるみに触れると、スライムが飛びかかる。緑色の粘液に飲み込まれたぬいぐるみは、ジューっと音を立てて溶け始める。
「……」
さすがの伊佐美も絶句していた。が、その目は輝いている。天才少女は、そのスライムの内部構造にご興味があるようで、興奮した様子でスライムを指さした。
「圭ちゃん!やっつけて!あれ欲しい!」
「言われんでも、そのつもりだ!」
俺はスライムの表面を自撮り棒で叩く。表面は意外と硬い感触だ。幸い、溶ける感じもないので鈍く動く触手を避けながら、道場のかかり稽古のように一気に間合いを詰める。
自撮り棒を絡め取らんとスライムの触手が動いた。粘り気が絡みついて、スライムと俺の力比べだ。一心不乱、力任せに引っ張り触手がついたままの自撮り棒で、スライムを叩き続ける。
十数発は打ち込んだだろうか……。ようやくスライムは動かなくなり、ドロドロの粘液になった。俺は粘液をツンツンと自撮り棒の先端で突く。
「死んだ?いや、生きてたのか?そもそも……」
俺がそう呟いて額の汗を拭っていると、伊佐美はリュックから試験管を取り出していた。器用にスマホで撮影しながら採取して、容器が溶けないかを確認するように振っている。
「さすが、圭ちゃん!剣道やってるだけあるね?」
「ハァ……ハァ……。剣道じゃなくて剣術な。北辰一刀流だ。てか、お前。いつもそんなもん持ち歩いてんのか?」
溶けない事に満足したようにフタをした試験管を、伊佐美はリュックにしまう。
「まあね、科学者としてはき・ほ・んだよ」
またスタッカートのように言葉を切りながら、伊佐美は指を振った。あきれて物が言えない状況だが、話を進めなくてはならない。
「どうすんだよ?コレ」
俺は脱力しながら、マーブル模様の渦を見る。冷や汗が出た。色が変わっている。紫と赤のマーブル模様になり、揺らめく小さな影が幾つも現れた。




