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世界を変える一人

 こうして俺たちが目的地に着いた頃には、奇特な視聴者は三人になっていた。自動読み上げのコメントと楽しそうに会話?をする伊佐美は、ほぼ俺の背に負ぶさり身体を預けている。


『圭ちゃん、暗い顔すんなってwww』


『けwいwちゃwん』


 最初に来た奴が、あとからきた奴に俺の名前を拡散している。そもそも暗い顔になった原因は、目的地である地下道の人通りの多さだ。人気のスマホゲームの広告が飾られた通路は、オタク戦士たちのメッカの様相を呈しており、ほんのりとした汗臭さが鼻につく。


「おい、人多いぞ?」


 画面に集中していた伊佐美が、俺の言葉に周りをキョロキョロと見ている。いまだに俺に負ぶさり続ける白衣の眼鏡っ娘が、オタク戦士たちにどう見えているのか。俺は針のむしろの上にいるようで、気が休まらない。


「人が多いほうがいいじゃん。証人は多いに限る!」


 ようやく降りる気になった伊佐美が、俺から飛び降りた。そして、伊佐美は俺にスマホの画角を調整するようにジェスチャーで指示をする。離れていた時期があるとは言え、腐っても幼なじみだ。以心伝心、新宿駅の白い床が映るように俺は自撮り棒を高く上げる。


 伊佐美がその背中からリュックを降ろして、小型リニアコライダーと称したおもちゃの銃を取り出した。

 

『キタァーーー』


 コメントが喜んでいるが、何がきたのかさっぱり分からない。いや、一昔前のネットスラング的なものなのは分かる。伊佐美はまた俺の背中に密着するようにして画面を見ると、勝ち気に笑って宣言した。


「リニアコライダー!」


 どこかの未来から来た青いたぬきを彷彿とさせるイントネーションで叫ぶと、伊佐美はリニアコライダーを掲げる。まわりに居合わせた聴衆たちもなぜか拍手喝采だ。ほんとうに、なぜだ……。


「さて、諸君!」


 伊佐美は学会で発表する科学者か、新商品を紹介するCEOか。優雅に踵を鳴らしながら歩くと配信先、そして聴衆にも分かるように話しだした。


「新宿駅はダンジョンだと、揶揄する人もいる。けどボクは気がついたんだ。ここ、この地下道に隠された秘密。なぜこの地下道だけが極端に電波が入らないのか……」


『ほんと、ここヤバいよな』


 また、知らぬ間に増えてた視聴者がコメントする。


「それは何故か?ここの重力値に異常があるからだ」


 まるで推理中の探偵のように、伊佐美は周りの聴衆、配信を見ている人たちに向けて語りだした。乱視が酷い伊佐美は睨むように目を細めて、また一人増えた視聴者に向けて微笑む。俺は今更にインカメラをやめて、伊佐美をメインに撮りだした。


「ブラックホールを知っているかな?あれは極端に重力が強いんだ。それは例えれば、空中にある紙の上に重りを置いたようなものだ。重りの部分が深く沈んで、周りの物を引き寄せる。だからここだけ。この地下道で唯一5Gの電波が入る」


 伊佐美が聴衆の一人を手招きする。長身でマッチ棒みたいな体型の男性を、ある一点に立たせる。


「うわ!マジだ……」


 俺は背の高い彼の顔が映らないようにしながら、彼のスマホの画面を画角に収める。確かに電波届いている。


『キタコレ!』


 視聴者も聴衆にもざわめきが起きる。数人が入れ代わり立ちかわり伊佐美の示した一点に立っては、驚愕と感嘆の声を上げている。

 

「なんで電波がはいるのか……。重力はなにかを引っ張る力だよね?でも電磁気力にも負けてしまう弱い力だから、現実的な影響力はほぼないんだ。でもこの一点だけは、ブラックホールのように重力の働きが強い。では、特異点と言えるこの場所で、陽電子と電子を衝突させたら何が起きると思う?」


 俺は目が点どころか線になった気分だ。陽電子と言った辺りで聴衆の顔が曇る。俺もそうだ、やっぱりさっぱり分からない。

 

『わけわからん』


 俺は視聴者が一人減った事実を伝えるべく、静かに伊佐美に向けて首を振った。伊佐美は深くため息を吐いて、肩を落とす。


「わかったよ……。実践しよう、やったほうが早いよね」


 頬を膨らませて拗ねる伊佐美は、身長の低さも相まって十八歳には見えない。俺たちの周りに集まる三十人ほどいる聴衆の、一部の癖に刺さるのか、薄気味悪い顔でデュフフと笑っている者もいる。


『かわヨ!』


 俺はため息を吐いて、伊佐美の後ろに回った。これから伊佐美がやることを記録するために……。伊佐美がリニアコライダーのトリガーを引く。が、何も反応がない。カチカチと音がなるのみだ。


「あ!安全装置……。忘れていた」


 伊佐美が俺を振り向いて、またテヘッと笑い舌を出す。


『伊佐美しか勝たん!』

『可愛いから許す!』


 そばかす顔の伊佐美が可愛いとは、この視聴者も眼科に行くべきではないだろうか。俺がそんな事を思いつつ、配信画面に視線を落としたその時。伊佐美は安全装置を外してトリガーを引いていた。


 キーンと高周波のような音が鳴る。頭痛持ちの俺は顔をしかめながら、必死に伊佐美にカメラを向ける。天井の蛍光灯が瞬き、地下道を一瞬暗闇に変え、伊佐美が持つおもちゃの銃の先端に向かって風が吹き始める。生ぬるく臭い風が吹いてきて、伊佐美の膝下丈のスカートがヒラヒラと揺れ始める。

 

「ほら、見……………………」

 

 伊佐美が何かを言っている。だが、高周波に加えてドゥーンと大きな低周波のような低い音が、俺たちの世界から音を奪う。


『うるさっ!』

『スピーカー壊れるわ!』


 聴衆も両耳をふさいでいる。俺も手が三本あればカメラを持ちながら両手が塞げるのに……。そんな事を思っていたら、途端静寂が訪れた。


 風が止み、音が消えた。そして伊佐美が見つめる先に、紫と青のマーブル模様の小さい渦がある。そして、それは徐々にその面積を大きくし始めていた。

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