ダンジョンの中
「その通りだよ、佐野くん!」
同志を得た伊佐美は、佐野さんの肩をバンバンと叩いている。ここにいる人間のうち何割が伊佐美の言っていることを理解しているのかと思い、俺は辺りを見回す。
白いテントの下の斎藤さんと浅野さんも、その分野に明るそうな官僚から説明を受けているのか、話を聞き頷いてはこちらをチラチラと見ている。説明を聞き終えた斎藤さんがまたスピーカー越しに声をかけてくる。
「伊佐美女史。現状、貴女の言う仮説がおそらく正しいのでしょう。仮に、その5Gの電波を中継機などで増幅する事が出来たら、あの洞窟内……。俗っぽくダンジョンと呼称しましょうか……。ダンジョン内で通信は可能だと思いますか?」
伊佐美はテントのほうを見やると暫し考える。
「中継機なり、増幅器なり、なんにしても電源は必要だと思うよ?そのダンジョン内で、クライジェスを回収出来たとしたら……。僕が恒久的に動作する中継機を作ってもいいし」
伊佐美は八重歯を覗かせ腰に手を当てて微笑む。マッドサイエンティストみが増してきた伊佐美に、俺と芹澤さんは頭を掻いた。
「伊佐美!軽々しく言うけど、ゴブリン一匹倒すのだって……」
いや、ここに自衛隊のエリートたちがいる以上可能かもしれない。が、俺たちがあの渦の中に入るのかと想像すると背筋が寒くなる。
「分かるよ、圭ちゃん。向こう側の怪物たちがこっちに来るにしても、ボクたちが向こうに行くにしてもそこに安全の保証は必要だからね?」
伊佐美が珍しく慎重な言い方をする。伊佐美も、あの巨大な手の恐怖を覚えている。そして、その手の持ち主がいるかも知れない、渦の向こう側に行くという事に無意識に慎重になっているのかも知れない。
「薫ちゃん!」
官僚や自衛官たちの視線が、伊佐美に集中する。時の官房長官を捕まえて、ちゃん付けで名前を呼ぶなど不遜、不躾、失礼極まりないのだろう。ただ呼んだ本人も、呼ばれた本人も気にしていないのだから、困ったものだ。
「どうしたのですか?伊佐美ちゃん」
斎藤さんからマイクを奪った浅野さんが、伊佐美と会話を始める。なんとか威厳は保とうとしている浅野さんの言葉遣いが、なんとなくぎこちない。
「この後はヒューマノイド型ロボットで有線での捜索でしょ?」
「ええ、その通りです」
「ボクが言うと、倫理観がおかしいと思われるかもしれないけど……。向こう側の不定形生物なり、恐らく有機質生物の往来が確認されている以上、こちらからも可能かの検証も行うべきだと思うんだ」
伊佐美の言葉を聞いていた浅野さんが声を荒げる。
「ダメです!」
まさか頭ごなしに否定させると思っていなかったのか伊佐美が珍しくシュンとする。拗ねるように右足をふらふらとさせて浅野さんを見つめている。
「そんなに可愛くしたってダメです!貴女自身が実験台になるなんて!」
「へ?」
伊佐美が変な声を上げる。興奮して中腰になっていた浅野さんは、伊佐美の間の抜けた反応に戸惑いを隠せないでいる。
「違うのですか?」
「嫌だなぁ、薫ちゃん。ボクだってあの大きな手を見ているんだ。いきなり入ろうなんて言わないよ。モルモットなり、小鳥なり、こちらの世界の小動物をロボットと一緒に行かせられないかと思ってね?」
クスクスと声を震わせながら、伊佐美は浅野さんの発言を否定する。
「そ、それなら構いません……。斎藤、手配を」
少し赤面した様子の浅野さんを見て、芹澤さんが手を合わせている。偶像崇拝の気であるのだろうか。
「何やってるんですか?芹澤さん」
「若いお前にはわからんだろうがな……。いいんだよ」
芹澤さんがキメ顔で言い放つと、土方さんが芹澤さんに手を差し伸べる。そして、男二人は熱い握手を交わした。
「あなたとはいい酒が飲めそうだ!」
満足そうに笑う二人の駄目な大人を、俺が冷めた目で見ていると、沖田さんが装備している小銃のグリップで土方さんのヘルメットを小突く。
「作戦行動中だ。シャキッとしろ!」
沖田さんのお陰でその場に笑いが起きたものの、空気がまたピンと張り詰めた。真面目と不真面目、バランスが取れた二人の関係はバディと言う感じがして見ていて心地よい。
暫くすると一羽のカナリアが入った籠を一人の自衛官が持って来た。あまりにも早い対応に、俺は思わず首を傾げる。
「早くないですか?」
俺の感じた疑問を解消してくれたのは、大して痛くもなかっただろうに、大袈裟にヘルメットを擦る土方さんだった。
「俺たち特殊作戦群は、テロの現場も想定しているからな。ガスの影響を受けやすいあいつらを連れているのさ」
さっきまで格好悪かった土方さんが、心なしか眩しく見えた。平和とはほんの少しの犠牲で築かれているのでは無いかと、緑と黄色が映える鳥を見て何となく考えてしまう。
「では……。これより、ヒューマノイド型での調査を開始します」
佐野さんが持っているのは家庭用ゲーム機のコントローラだ。ノートパソコンの画面を見て、カナリアを持ったロボットを動かしている様子は、佐野さんのオタクっぽい見た目も相まってゲームをしているようにしか見えない。
二本の足で器用に歩くロボットは渦の中へと消える。今回は有線で繋がっている為か、映像が画面に映し出されても誰も騒ぐことはない。
「生きてますね……」
佐野さんはコントローラのアナログスティックを動かして、ロボットの視界を操作している。カナリアは籠の中で毛繕いをしており、怪我をしているようにも見えない。
「行き来は可能と言うことだね」
俺と同じく、佐野さんの見ている画面に齧り付いている伊佐美が呟く。
「クライジェスが落ちていないか、よく見てくれないかな?佐野くん」
「はあ……、わかりました」
有識者ポジションのくせに、この場の指揮をとる伊佐美に苦言を呈するものはいない。戦いを避けて手にはいるなら、それに越したことはない。俺だってそうする。
ロボットは石畳の隙間を避けるように一歩一歩、ゆっくりと進んでいく。青い炎の松明が照らす洞窟内は、やけに静かだ。この間はすぐにスライムとゴブリンがこっちの世界にやって来た。なぜそれが起きないのか?俺はそれが気になって仕方がない。
「なあ、なんで今日は向こうから何も出てこないんだ?」
「……それは、ボクも気になっていたんだ。あの日はすぐにスライムが出てきたよね」
伊佐美は俺と視線を交わすことなく、ダンジョンを食い入るように見つめている。そのキラキラした瞳を見ていると、何となく気恥ずかしくなり、誤魔化すように適当に呟いた。
「あの日はすごい臭かったよな、生ぬるい風でさ」
伊佐美が顎に手を当てて、真剣に考える。
「匂い……」
伊佐美が何かを口にしようとした、その時。ロボットの動きが止まる。そして、静止しているはずのロボットの視界が揺れる。
「どうしたんだい?佐野くん」
「なにかいます……」
佐野のひと言に緊張が走る。テントの中もざわめき、大きなモニターに映るロボットの視界に注目が集まる。
揺れは定期的にやって来て、徐々に大きくなっていく。そして、佐野さんは下を向いてクライジェスを探していたロボットの視界を、慎重にゆっくりと操作して上を向く。
まず見えたのはあの巨大な手だ。さらにゆっくりと視界を上に向けると、俺たちの知らない生き物がいた。いや、その特徴を持った生き物自体は稀に発見されたとか、眉唾なネット記事で見た気がする。
とにかく。モニターに映ったのは単眼の大きな目を持つ、怪物だった。




