ダンジョンの秘密
作戦を共にする仲間たちが紫と青が揺らめくマーブル模様に、技術畑や官僚の面々は感嘆の声を上げる。
俺たちの左右に陣取る沖田さんと土方さんは小銃を構え、すぐに動けるように中腰でマーブル模様の渦を見ている。
「本当に出せるんですね……」
佐野さんが驚きの声を上げる。呆けたような反応の佐野さんにテント組の一人、斎藤さんの声がスピーカーから響く。
「佐野さん、ロボットを渦の中へ」
はっとして佐野さんが、ノートパソコンのキーボードを操作する。カシャカシャと軽い音を立てて、四本脚のロボットは新宿駅の白いタイルの上を器用に進む。
伊佐美はすでに興味津々で、そのノートパソコンの画面を覗き込んでいる。
「行きます」
佐野さんの合図に合わせて、四本脚のロボットが渦の中へと吸い込まれていく。あの日のことを思い出して俺は唾を飲み込む。大きく喉仏が鳴るほど飲んだ唾に、不自然な喉の渇きを覚えてしまう。
程なくロボットは、その機体の全てを渦の中へと沈めていく。俺も佐野さんと伊佐美が見ている景色が気になり、伊佐美の隣へと移動した。その動きに合わせて俺を護衛する沖田さんも少しだけ移動する。
「え?なんで……」
佐野さんが、素っ頓狂な声を上げる。先ほどまでマーブル模様の渦を映していたモニターに見慣れない風景が映し出されている。
「これは興味深いね……」
困惑する佐野さんと打って変わり伊佐美は目を輝かせている。二人が見ていたのは、青白い松明が仄かに照らす洞窟の姿だった。湿ったような石畳には所々苔が生えており、スライムがその苔を飲み込み消化している。
本当にダンジョンだった。たしかにこんな風景をリアルタイムに見ていたら、研究者の二人ならそんな反応になるのだろう。
「あり得ない!なんで電波がつながるんだ!」
佐野さんが大声を出す。は?どういう事だ。
「どうしたのですか?佐野さん」
スピーカーから浅野さんの声が聞こえる。佐野さんはあの分厚いファイルのページをめくりながら、また声を荒げる。
「このロボットは通常、電波障害を受ける災害現場の安全確認のために、作成して運用しています。勿論電波が届く範囲なら操縦は可能ですが、AIが自分で安全を確保し、撮影してきた映像は、機体を回収後に視聴検証を行うというのが基本思想なんです」
俺は佐野さんの言葉に目を細める。つまり、佐野さんが言いたいのはなんだ?不安になり、周りを見るが芹澤さんもほぼ同じ気分のようで、こめかみを押さえて悶絶している。
「つまり、電波がなければ映像をリアルタイムに見ることなんて、できないのです」
そりゃ無線なんだから、そうだろう。ラジコンだって電波が届くから走るのであって……。ん?なんで渦の向こうに電波が届くんだ。
俺が理解した瞬間、ハッとしたのを伊佐美は見逃さなかったようだ。伊佐美はニヤリと笑うと、俺の頬を突いて遊び出す。
「よくわかったね圭ちゃん?合格、合格。もう少し奥までロボットを進めてくれるかな?」
頬を突かれる俺を羨ましそうに見上げる佐野さんが、あたかも伊佐美の助手のようにロボットを移動させる。坑道のように通路が入り組んでおり、正解の道は何処なのか見当もつかない。しばしロボットが進むと徐々に映像が乱れ始め、ブツッと音を立てて映像が途切れる。
「伊佐美さん、この渦はなんなんですか!なぜ電波は……。その、限定的にとは言え、向こう側へ届いているのです?」
やめろ、やめるんだ佐野さん!俺と芹澤さんは同じ顔をしていた。顔を覆いたくなるような苦悶の表情をし、そしてあきらめたように目を瞑る。
「ボクの仮説はこうだ。この場所の重力値が強い理由は、別次元に重力が漏れているからだ」
土方さんはなんとなく想像ができたが、沖田さんもまばたきの回数が増えている。伊佐美の言う重力が漏れるという表現は俺たちの辞書には載っていない。
「ちょっと待ってください。伊佐美さんが配信で言っていた紙の上の重力って……」
「そう!そうだよ、佐野くん!」
十は年が違うだろう少女に君付けで呼ばれたあげくに、肩をゆすられてる佐野さんの表情は混乱の真っ只中のようだ。そんな佐野さんに伊佐美は満面の笑みを浮かべ、理解者を歓迎している。
「ボクはブレーンワールド理論こそが、この現象を解く鍵だと思っている!」
「伊佐美、悪いんだが……。なんだそれは」
芹澤さんが根負けして質問した。さっきまでキリッとしていたのに、猫背で何とも格好が悪い。
「つまり、配信でボクが提唱した紙の上には、ボクたちの住む世界、宇宙があると思ってほしい。そして、ここの重力値の異常。沈み込みによってボクたちの乗っている紙は、多次元と言える別の紙の表面にくっついてしまったんだ。そこに穴を空けると……?」
「だから、渦ができるというのか?」
伊佐美の言葉を、俺たちよりはIQの高そうな沖田さんが理解した。置いて行かれているのは土方さんと俺、そして芹澤さんだ。
「超弦理論では重力は閉じた弦なんだ。だからボクはリニアコライダーで、閉じた弦の重力モードを共振させることで、次元の扉。つまり渦を作ったのさ!」
閉じた弦、重力モードと言う訳わからんツートップと、超弦理論と言うトップ下の活躍により、沖田さんがこちらサイドに帰ってきた。沖田さんはまた目をシパシパさせ、眉間にしわを寄せている。
「だとしても、電波は?」
佐野さんの疑問に150cm強のマッドサイエンティスト伊佐美は、その才能をいかんなく発揮する。
「ボクはここの電波の悪さと、一箇所だけ5Gが入る場所を示したよ?そこの重力子が多次元に吸い込まれている……。と、したら?」
「電波もまた、吸い込まれている可能性があると?」
優秀な助手が導きだした答えにマッドサイエンティストは、満足そうに微笑んだ。




