前準備
外の静寂から一転、新宿駅の中は騒がしかった。俺たちが東口から入って例の渦が出来る場所へと、近づくほどに薄緑の作業着の産総研の人たちや、自衛隊の迷彩服を着た自衛官が機材を運んでいたり、打ち合わせなのか輪を作って話し合っている。
そして、その中にあって異彩を放っているスーツの一団が、地下道だというのに白い仮設テントの屋根の下に集まっている。白髪にグレーのスーツの斎藤官房副長官と、サムライブルーのような濃い青が映えるパンツスタイルのスーツを着た浅野官房長官が、そのテントの中心で俺たちを待っていた。
「よく来てくれたわね、伊佐美ちゃん、圭介くん」
まるで旧知の仲間を出迎えるように浅野さんは伊佐美と握手をする。
「ここに来たのはボクたちの意思だよ。薫ちゃん」
軽口を叩く伊佐美に、浅野さんが軽いウインクで返す。伊佐美の視力検査で頑張っているようなウインクとは違い、なんとも軽く、慣れた感じのウインクをした後。浅野さんは俺の手を強く握る。
「よろしく頼むわね?」
「は、はい!勿論です」
俺が急に手を握られてドギマギとしていると、昨日見た自衛隊の二人がテントの中に入ってくる。その服装は他の自衛官とは違い、黒い戦闘服を身にまとっている。
「失礼します!第三中隊、第四中隊配置完了です」
「御苦労さま。そうだ、紹介します」
そう言って浅野さんはパンと手を打ち、殊更明るい声色で自衛官二人を紹介してくれる。
「こちらは、特殊作戦群、第三中隊隊長。沖田三等陸佐と、同じく第四中隊隊長の土方三等陸佐です」
「よろしく!君のような芯のある若者がいてうれしく思う」
べた褒めされ気恥ずかしい想いで、俺は沖田さんの手を握る。オレよりも頭一つ以上、大きい体に、俺以上にゴツゴツした沖田さんの手に、俺の緩んだ気持ちは凛と引き締まる。そして俺はもう一人、昨日俺の発言に真っ先に拍手をしてくれた土方さんに話しかけた。
「昨日はありがとうございました。その……拍手していただいて」
「何を言ってるんだ。君の勇気に報いないで、何が自衛官か!何が大人か!」
沖田さんよりも一回りは大きい体躯の土方さんが俺の肩をバンバンと叩く。その手もゴツゴツと硬く。二人がどれだけの修練を経てきたのか、そして俺の修練の足りなさをまざまざと自覚させられる。
肩を擦りながら豪快な人だと思っていると、沖田さんが俺の考えを読んだように口を開いた。
「豪快と大胆さが長所で欠点の様な男だ。気にしないでくれ?」
「お前がドライなだけだろう?沖田」
そう言い相手を非難しつつも、肩を組み合った二人の自衛官は笑い合う。
「我々が君たちを護衛する。もし、重火器が効かなければ……。君の力に期待するよ?」
そんな事を言う沖田さんの肩には、ハリウッド映画かゾンビ物のゲームで見るような小銃がぶら下がっている。
「そうだ。君たちにも渡すものがあるんだ。おい!あれを持ってきてくれ!」
沖田さんが声をかけると、同じく黒い戦闘服を着た自衛官がジェラルミンケース三個と竹刀袋を持ってやってくる。
「こちらを使ってくれ。勿論使わせる気はないがな!」
沖田さんとはまったく違う事を言って笑う土方さんから、俺は竹刀袋を受け取った。が、俺の知ってる重さとは違い、受け取った両手ががくんと下がる。
「おもっ……」
その重さに俺は昨日の会議を思い出す。刀だ。人を殺すための道具である、真剣だ。俺は中身を確認する気にもならずに、二人の顔色をうかがうように問いかける。
「本物ですか?」
「ああ、そうだ。よろしく頼む」
沖田さんが俺の肩に手を置く。乱暴にバンバンと叩いてきた土方さんと段違いだった。その手に知的な優しさを感じた俺は、兵隊のような自衛官でも人それぞれに違いがあるのだと理解する。
「おお!防弾チョッキだ!」
伊佐美の声に振り向くと、ジェラルミンケースを受け取った伊佐美が、その小柄の体に不釣り合いな迷彩柄の防弾チョッキを装備しているところだった。隣では防弾チョッキ備え付けのガンホルダーに、拳銃をしまう芹澤さんの姿もあり、元警官の面目躍如とばかりに格好をつけている。
「どうだ?俺もサマになってるだろ」
「悪くないですね?」
かく言う俺も伊佐美から、受け取った防弾チョッキを装備して、悪くない気分だ。体の動きに影響が出ないように作られたそれは、見た目よりも軽い。
「お前らが着ると馬子にも衣装だな」
芹澤さんがそう言って俺たちを笑うが、不思議と嫌な感じはしない。初対面から思っていたが、言葉を選ばずに明け透けに生きていながら、他人に不快感を与えないのは一種の才能だと思う。
「産総研の佐野です。皆さんも現場へお願いします」
佐野さんはまた緊張しているのか、また右手に持った白いハンカチで額の汗を拭い、左手に分厚いファイルを抱えながらテントへとやって来た。
「御苦労様です。では、現場で最終確認を開始します」
浅野さんの一声で一気に現場が動き出す。斎藤さんと浅野さんが、パイプ椅子に座ると大型のモニターに渦の発生場所が映し出された。様々な角度から撮られた映像が切り替わり映し出される。
「では、皆さんは現場へ」
沖田さんと土方さんの先導で俺たち三人と佐野さんが現場へ向かう。そこには、昔テレビで見た踊るロボットの骨組みだけに見えるロボットと、頭のない犬のようなロボットが鎮座していた。
「これがロボット……」
俺が呟くと、佐野さんが技術屋らしく分かりやすく補足してくれる。
「こちらの四足歩行型が、エッジAI……。つまりは自律して考え、撮影をしてくる機能を備えたロボット。そして、二足歩行タイプが有線でコントロールする。世間一般で言うロボットです」
「たしかに、自立型のほうが渦の中の情報を収集するのに適しているよね。うんうん」
天才少女といかにも秀才という感じの佐野さんが、意気投合したように頷き合っている。
「それでは、間もなく作戦決行となります!伊佐美さん、ご準備を!」
地下通路に配置されたスピーカーから、斎藤さんの声が響き渡ると現場に緊張が走る。そんな中、楽しそうな笑顔を浮かべる伊佐美はリニアコライダー改を構える。
「リニアコライダー準備。安全装置解除!五、四、三、二、一、照射!」
「照射〜!」
伊佐美が鼻にかかった声で格好をつけるが、いまいち締まらない。が、現実は再び非常識へと振り切れる。高周波と低周波が空間を揺らすように響くと、やがて静寂が訪れる。
あの渦が再び、俺たちの前に顕現した。




