ダンジョンの入口
翌日。俺たちは再び芹澤さんの車に揺られて新宿駅を目指していた。日曜日ということもあり、交通量は多い。神田川沿いを西に進む車内からは東京ドームのジェットコースターが見える。九時台ということもあり、点検なのか無人のコースターが駆け抜けている。
「予定って十一時だったよね?」
回転するコースターの動きを首を動かして追いかける伊佐美が、運転する芹澤さんに声をかける。ともすればアホの子に見えるその姿に、芹澤さんは信号待ちの間に眉間にしわを寄せて呆れているように見える。
「お前らの世界じゃ五分前行動でも許されるんだろうがな?作戦ってのは準備が必要なんだよ」
そういう芹澤さんも、公用車のカーオーディオでアニメの音楽を鳴らしている。一定のリズムを刻むお馴染みの音楽は、確かちょっと前の怪獣映画でもかかっていた気がする。
「あの……、芹澤さん、楽しんでません?」
俺が疑問を口にすると、今まで見たことのない少年のような笑顔で、バックミラー越しに俺を見る。
「そりゃ、お前。作戦だぞ、作戦!」
「そ、そうですか?」
地方公務員だった芹澤さんには、作戦という言葉は何か刺さるものがあるようだが、剣術に明け暮れる青春を送る俺には、いまいちその良さがわからない。
「分かるよ〜!カモちゃん!作戦、実験は男の浪漫だよね〜」
運転席の後ろに座る伊佐美が、同じ興奮を覚え運転席のヘッドレストをバンバンと叩いている。
そもそもお前は男ではなく、天才少女だろう。
意気投合し、勝手に作戦名を考え始める二人を他所に俺は車窓から外を見る。眼下には神田川の釣り堀が見える。昔、父親に連れて行ってもらった事を思い出す。あの頃の俺に、お前は世界を変える大作戦に参加すると教えたら、きっと隣の二人のように興奮するのだろう。
そして、車は神田川と別れを告げて右折する。すると徐々に車の通りが少なくなっている。平日だってもう少し走っているだろうと疑問を覚えた俺が前を覗き込むと、検問が敷かれており緊張が走る。
緩やかにスピードを落とした車は検問の手前で停止する。芹澤さんが顔を出して、検問を敷く警官に声をかける。
「御苦労さん、内閣官房長官秘書官の芹澤だ。聞いてるな?」
「御苦労様です!」
偉そうに振る舞う芹澤さんは小役人にしか見えない。警官が律儀に敬礼をすると車止めを退ける。すると、再び車は滑るように走り出す。バックミラー越しに芹澤さんを見ると、優越感に顔をほころばせているように見えなくもない。
「芹澤さん、官僚になったんですか?」
「まあな。浅野官房長官の秘書扱いだけど、お前らの小間使いな?」
自慢げに笑われると、本当にこの人は小物なのではないかと失笑を禁じ得ない。おかげで、検問を通る前の緊張感は何処かへ行ってしまった。俺は軽く息を吐くと、あり得ないくらい無人の新宿の街を見る。
やがて車は新宿駅東口の前に停まる。電車も車も走っていない新宿はいつもと少し空気が違う。普段はガヤガヤと聞こえる人の声も車や電車の走行音もない。
「ここまで人がいないのも、すっげえな」
車を降りて背伸びをする芹澤さんが辺りを見渡して呟く。俺と伊佐美も降車し、心なしかスッキリとした空気を吸い込んだ。バタンっと車のドアを閉めた音が、何処まで響いていくように感じる。
伊佐美はリュックから再びリニアコライダーを取り出す。おもちゃのようだった銃身?に、昨日のおにぎりケースが付いている。
「なんかパワーアップしてる……のか?」
俺の呟きは伊佐美に聞こえてしまったようだ。ゆっくりと俺を振り返る。伊佐美の眼鏡が新宿駅東口に差し込む光に反射して、文字通り光る。
「わかる?クライジェスバッテリー搭載したから、安定したエネルギー供給で理論値では、ビッグバンの再現も可能!」
「ビッグバンって宇宙誕生のきっかけだろう?お前は常識じゃなくて、いよいよ世界を壊すのか?」
スナイパーの様にリニアコライダーを構える伊佐美の頭に、芹澤さんが突っ込み、チョップする。俺には出来ないことをやってのける芹澤さんに、少し憧れを感じる。
「だ・か・ら・あくまでも理論値ね?実際にやるほど出力上げる気はないよ」
チョップされたことを気にする様子もなく、伊佐美はいつもの様に、言葉を区切りながら指を振る。
「ほれ、いくぞ!おえらいさんが待ってる」
芹澤さんに急かされ、俺たちは新宿駅へと入っていく。普段は何十万人もが利用する巨大なダンジョンのような駅は、俺たちを飲み込むように口を開けている。




