対立
「愚問だね!可能に決まってる!」
150cm強の伊佐美が、この国を動かす人々を前にポーズを決める。左手は腰にあて、白衣が靡くほどの勢いで右腕を上げ、サムアップする。
こっちは緊張感で頭が痛くなるほどのプレッシャーを感じて応対していたというのに、伊佐美の自信が羨ましい。そもそものあの腕の件を伊佐美始め、大人たちはどう考えているのだろうかと不安になり、俺は恐る恐る手を挙げた。
「はい、どうぞ?山南くん」
浅野官房長官が笑顔で俺に発言を許してくれる。それがなんとなく低学年相手の先生の態度のようで気恥ずかしい思いをしながら、俺は立ち上がる。
「あのゴブリンを捕まえて、渦に引きずり込んだ腕はどうするんですか?」
浅野官房長官がウンウンと頷き、俺の話を聞いている。ニッコリと微笑むと、先ほどの佐野さんを手で指し示す。
「そこで我々、産総研のフィールドロボティクス技術の出番と言うわけです」
佐野さんが立ち上がり先ほどまでよりはやや背筋が伸びた印象で応えている。この人ももしかしたら、伊佐美のように得意分野で才能を発揮するタイプの人なのだろうか?それはそれとして、工業高校の生徒がぎりぎりついていける話題に俺は飛びついた。
「ロボットですか?」
「そう。災害時のアクセス・点検・作業を行うためのエッジAII型や、ヒューマノイド型のロボットを運用し、まずは渦の中へアクセスが可能なのかの検証を行おうというのが、我々の意見です」
確かにそれなら、いきなり中に何かいたとしても犠牲を払うことはない。俺が安堵の表情を浮かべると、浅野官房長官がさらに情報を付け加える。
「勿論。中の検証はロボットで行います。が、昨日のような事態を鑑み、自衛隊の特殊作戦群が現場の警備を兼ねて同席します」
先ほどヒソヒソと話し合っていた自衛隊の人たちが立ち上がり、敬礼をする。国を代表する技術と戦力を用いて検証しようというのだ。俺は少年らしく、高揚感に体を震わせる。
「しかし、だな……。有識者だか、専門家だか知らんが、若造を同行させる気かね?」
先ほど伊佐美と浅野官房長官の二人に、サクッと言い負け大人しくなったと思っていた新見経済産業大臣が、挙手もなしに話し始めた。それに反論するように斎藤官房副長官が毅然と対応する。
「伊佐美女史の力がなければ、あの渦の再現は不可能です。山南圭介くんの戦闘経験者としての私見も重要です」
「適当に理由をつけて、拘束してしまえばよいのではないか?技術の流出などに気にする必要もなくなるぞ」
ふんぞり返るようにとんでもない事を口にする新見経済産業大臣に視線が集中し、空気が変わる。
「わしの意見ではないぞ?一般論としてだ……」
「残念ながら、民主主義国家でそのようなことはできません」
浅野官房長官が議長でよかったと俺は胸を撫でおろす。最悪、このまま拘束されるのではと思っていたところで、いいタイミングで助けてくれる。
「なら、君の責任でやり給え。私は反対したぞ?永久機関なんてものも必要ない。そんなものがあれば、世界で何十億人が職を失うぞ?開けてはならないパンドラの箱だ。ガキの言う事に付き合って、人死にが出るお遊戯会に巻き込まれるのは、御免被る」
興奮した様子の新見経済産業大臣は立ち上がると、伊佐美を指さして理解しようともせずに、馬鹿にする。自衛隊の目つきも変わる。戦うものを軽視し、あくまでも安全なところから非難するだけの大人に、俺も不快感が勝ってしまう。俺は立ち上がり、宣言する。
「俺も行きます!安全な所から石を投げる卑怯者と並びたくない」
自衛隊の二人が静かに拍手をし、俺に賛同してくれた。
「ふんっ!好きにしろ。繰り返すが、わしは反対したからな」
「わかりました……。では、明日一一〇〇より、検証を開始します。解散!」
浅野官房長官がそう宣言すると、椅子に座っていた人たちが一斉に立ち上がる。
「あ~、やっと終わった……」
会議中座っていただけの芹澤さんが、大層頑張ったとアピールするように背を伸ばしている。
「芹澤さん、何もしてないじゃないですか?」
「そうだよ、カモちゃん」
若者二人に非難され芹澤さんは肩を竦めると戯けたような顔で俺たちを見る。
「議論を進めるために、我を殺し、己を律するのも、立派な大人の所作の一つだぞ?」
「前途ある子供たちに、何吹き込んでいるのですか?芹澤」
浅野さんが汚い大人に苦言を呈する最中、斎藤さんが後ろからやってくると俺たちに頭を下げた。
「本日はありがとうございました。こんな茶番のような会議に……」
「茶番ですか?」
俺は意味が分からずオウム返しをする。
「なぁ、圭介。大人っていうのは、お前らと違って、さぁやろう、今やろうってわけにはいかないんだよ?根回しとかいろいろあんのさ」
「ええ、お二人の役割は大きいのですが、方針はすでに決まっていました。大事なのは伊佐美さんの言う事が真実か、我々の武器が通じるか、渦の再現は可能か、の三点の確認でした」
浅野さんが言う程度の事なら電話で済みそうなのに、これだけの時間を使い、人を拘束するのは効率が悪いのではと、俺は少し表情が強ばる。
「では、浅野くん。あとは君の責任で頼んだよ?」
先ほどの新見経済産業大臣が声をかけてきた。
「はい、ありがとうございました」
浅野さんが、頭を下げると新見経済産業大臣は俺たちを一瞥して、浅野官房長官の肩を撫でると、下卑た表情を浮かべて退出していく。
「ああ、気持ち悪い!絶対、クライジェスであいつら引きずり下ろしてやるわ!」
浅野さんは触られた肩を手で叩き、穢れを落とすように身震いする。
「あれが根回しなんだね。本当に前時代的だ。でも、薫ちゃんの意見には大賛成だよ!」
確かに好きになれない。汚い部分を見たような気がして少し気分が滅入る。だが、国の偉い人をちゃん付けで呼ぶ伊佐美のほうが、俺の肩を重くする。
「あら?気が合うわね……」
そう言って女史二人はニヤリと笑うのだった。




