一日の長
閑話休題と浅野官房長官の一声で、議論が再開される。薄緑色の作業着を着た小太りの男性が手を挙げる。浅野官房長官が、無言で手で指し示すとそれを合図に男性が話しだした。
「国立研究開発法人産業技術総合研究所の佐野です。その……伊佐美女史のおっしゃる永久機関の実在性は、ここで示されたとおりだと思います。が、それをどのように回収するというのでしょうか?」
長ったらしい名前の組織に属する佐野という人は緊張しているのか、その額に玉のような汗が浮かんでいる。下座にほど近い位置に座る佐野さんは、眼鏡を取ると真っ白なハンカチで汗を拭い、おずおずと発言する。
石を手に入れるには、あのゴブリンなり、何なり。渦から出てくる謎の生物を狩って獲るしかないだろう。対岸の火事とまではいかないが、何処か他人事のように聞いていた俺に、視線が集中している。
「山南圭介くんは、あの緑の粘性生物。俗な言い方をすればスライムなんでしょうが……。あれを……倒した時は容易に倒していたように見えます。が、ゴブリン……。失礼しました。勝手な先入感で名前をつけてしまいました」
年の頃で言えば三十半ばくらいの佐野さんなら、ゲーム世代で俺たち若者の感覚に近いのだろう。俺も第一印象はゴブリンだと思ったし、違和感はないのだが、この場にいるお歴々の皆様は意味不明と、首を傾げている。
「餓鬼のような、あの生物には素人目にも苦戦していたように思いますが、どうですか?」
お歴々にも分かるように言い直した佐野さんから、急に話を振られて声が上ずる。
「えっと……。ぼ、俺ですか?」
「ええ、貴方が唯一の戦闘経験者です。貴方の発言で、今後の我々の方針が決まると言っても過言ではない」
一人称ですらあやふやになるくらい緊張しているというのに、斎藤官房副長官にそこまで言われて、頭が痛くなってくる。
「はい……。あのスライムの外側は、ゼラチンみたいな弾力でした。硬めの膜みたいなの覆われてて、何度か叩いていたら、それが破けて中身が溢れて……。動かなくなりました」
俺はあの時の感触を思い出しながら、手を握る。あのスライムとの力比べはどうだったか。
「触手みたいなものは、ネバネバしてました。引っ張る強さは、大したことなかったと思います」
斎藤さんが少し満足げに頷く。俺の受け答えは、何とか政治の中枢にいる人たちを満足させたようだと、俺は安堵のため息を吐く。
「では、佐野氏が呼称したゴブリン……。はどうでしたか?」
ゴブリン。このままだと、本当にそう呼ばれることになりそうだ。アイツラはどうだった?と俺は思い出しながら口を開く。
「一匹一匹は、そんなに強くなかったと思います。でも、ちゃんと意思があって、仲間を助けたり、攻撃をしてきます」
そう。怖かったのは囲まれた時だった。アイツラに袋だたきにあったら、命が危なかったと思う。みんなが俺に注目している。最初に感じていた緊張感よりも、今は戦闘した時の手応え、相手の呼吸、間合いを思い出すことに必死だ。
「俺。近所の道場に通ってて……。稽古で何度か間違って人を叩いた事があるんです。ゴブリンは、人よりも皮膚が硬かったです。でも腹だけは皮膚が薄くて……。内臓は弱いんだと思います」
喉と腹で、突いた時の感触に明確な違いがあった。喉は突いても、相手を怯ませるほどのダメージはなかった。実際、俺は反撃を受けた。
「山南くん。ありがとう。貴方と経験で我々は十分な知見を得ることができました。こちらからも一つお聞きして、よろしいかしら?」
浅野官房長官が微笑んでくれた。それだけでなんとなく充実感を感じて、俺は伏し目がちだった顔を上げることが出来る。
「はい。何でしょうか?」
「あの怪物たちに我々が持つ武器の類は効くと思いますか?刀や銃火器の類が……」
どちらも経験がない。真剣は持ったことすらないし、銃火器なんて見たことすらない。ハワイで親父に習ったとか言える家柄だったら、格好良く返事ができるのだろうが、生憎相続した一軒家に住むのが精々の一般階級の出だ。
「……分かりません。でも棍棒で戦えたので殺傷能力の強い武器は有効だと、思います」
俺がそう言うとどよめきが走る。自衛隊の制服姿の人たちがヒソヒソと何か話し合っている。そして、浅野官房長官は満足そうに微笑むと、話題の中心から離れ、拗ねるように佇む伊佐美を見た。
「では、伊佐美さん?」
「ん?なんだい?」
ようやく自分に話が戻ってきて伊佐美は満足そうだ。そして、浅野官房長官のひと言は、さらに強く伊佐美の目を輝かせる事になる。
「新宿駅でもう一度、あの渦を出すことができますか?」




