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既得権益

 俺たちは困惑し、この部屋の入口で立ち止まっている。いや、困惑しているのは俺と芹澤さんで、伊佐美はなんで進まないのかと不思議さ半分、不満半分の微妙な表情で俺たちを交互に見ている。


「お二人とも、急な呼び出しに応じていただきありがとう。芹澤も、御苦労でした」


 立ち上がり俺たちに歩み寄る浅野官房長官は、モデルのような身長とグラマラスな体型で、世の男性の支持を集める自由党の広告塔の一人だ。父親がべた褒めする度に母親の態度が悪くなるので、女性の支持は無さそうである。


 その人が目の前にやって来た。168センチの俺と同じくらいの目の高さで、俺と伊佐美に微笑みかけてくる。臙脂色(えんじいろ)のタイトなスーツからは、ハイブランドなんだろうと思われる香水のいい匂いがして、少しボッーとしてしまう。そんな美貌を持つ人が、まずは伊佐美と握手をした。


「貴女が近藤伊佐美さんですね?」


「そうだよ!ボクこそが世界を変える百人の一人。天才少女、近藤伊佐美だよ」


 自分でいうやつがあるかと思うが、実際に今、社会構造を壊そうとしている天才少女はしっかり浅野官房長官の手を握り、握手を交わした。


「てか。おばさん誰?幾つ?」


 俺と芹澤さんが咳き込む。総理大臣よりも露出度が高い官房長官を捕まえて、知らないなら、まだしも年齢まで……。天才少女は不思議そうに見上げているが、俺たちは恐る恐る官房長官の顔を見た。


 笑っていた。目に涙を浮かべるくらい笑い、右手の細い指で、そのうっすら浮かんだ涙を拭っている。


「ごめんなさいね。最近はみんなが私を知っているから、名乗る習慣がなくなってました。私は内閣官房長官を務める浅野薫。三十七歳です」


「へぇ~、思ったよりおばさんじゃん!」


「伊佐美!」


 俺が伊佐美をたしなめようと声を上げるが、浅野官房長官は気にする様子はない。むしろ褒められたと受け取ったか、嬉しそうに笑っている。 

 

「ありがとう。若い人に実年齢より若い、と言われると自信が出るわ。そして貴方が山南圭介くん?」


 美人に微笑まれた俺はドキッとして、不審者のように慌てふためく。差し出された浅野官房長官の手を、俺はぎこちなく握り返した。が、汗ばんでいないかとか、顔を洗ったきり手を洗ってなかったと考えるほどに、心拍が上がっていく。


「はい!あの……よろしくお願いします!」


「ええ、よろしくお願いします。さぁ、座ってください。斎藤の話では、事態は急を要するのでしょう?」


 俺に笑顔をつけてくれた浅野官房長官は、俺から手を離すとテレビで見るときのような凛々しい表情になり、一番上座の席へと戻っていく。


 俺たち三人が一番下座に用意された席に座ると、部屋が少し暗くなった。プロジェクターのライトが壁に貼られている白い布に当てられ、それがスポットライトのように斎藤さんを照らす。


「昨日(さくじつ)、一七二三(ひとななふたさん)。新宿駅での配信が始まりました」

 

 プロジェクターの映像が流れ、短く編集された昨日の新宿駅の騒動が映し出される。


「同、一七四九(ひとななよんきゅう)。そちらの伊佐美女史により、あの渦が発生」

 

 何が起きたのかを斎藤さんが説明し、例の巨大な手の部分でこの部屋にどよめきが起きる。


「そして、一七五四(ひとななごうよん)。この手が現れます」


 たったそれだけしか時間が経っていなかったのかと、俺は昨日の出来事を思い出して手を握る。あの手に自分たちも掴まれていたらどうなっていたのか……。そんな事を考えて、身震いする。


「さらに、一八〇〇(ひとはちまるまる)。渦の消滅が確認され、同時刻。渦から出てきた怪生物も消滅しました。ここに皆さんが集まったのは、この……」


 プロジェクターが映し出す映像は、伊佐美の手の中で仄かに光る緑の石のシーンで静止した。


「クライジェスだよ!」


 伊佐美が待ちきれないとばかりに立ち上がり、自分の命名した石の名前を発表すると、斎藤さんが肩を落として、少し老け込んだような気がする。


「その話は後でいたしますので、ご着席を……」


 俺に白衣を引っ張られ、伊佐美はちぇ……と舌打ちのような音と共に、再び着席した。斎藤さんが俺に向かって軽く会釈をしたので、俺も会釈を返す。


「そして、問題なのはこの石について。ある一つの可能性が、そこの伊佐美女史により、示されました。と、言うよりも早速実証されているとか?」


 また立ち上がろうとする伊佐美を、俺と芹澤さんの二人で肩を抑えて止める。その様子にため息を吐いた斎藤さんが、プロジェクターを操作して映像を切り替える。読み上げられているのは、恐らく芹澤さんの作った報告書だ。文末には伊佐美がクリーンエネルギーを発見したと宣っている(のたまっている)と書いてある。


「我々もこのような報告書だけで、この会は開きません。それを発見し、提唱したのが米国で博士号を持つ、我が国でも有数の天才と言うのが問題です。伊佐美女史、話したいことがあればどうぞ」


「待ちかねたよ。では、ここにいる皆様に分かりやすく、実践しながら説明しようじゃないか」


 立ち上がった伊佐美は、例のおにぎりケースとリニアコライダーを持って、斎藤さんの隣まで歩いて行った。残された俺と芹澤さんは知っている。ここからが長いのだ。


 実演しながら伊佐美が説明したのは、おにぎりケースが外部電力を持たずにロータリーを回転させて電力を発生しているという事だ。俺たちにとっての周知の事実の説明に、二十分が過ぎていた。


「永久機関だと……?。そんなものが有ったらどうなる!」


 テレビで見たことのある男性が口を開いた。確か新見(にいみ)経済産業大臣だ。なんで底辺工業高校生の俺が知っているのかと言えば、かつて汚職疑惑で騒がれ、散々テレビで見たからだ。


「利権が崩壊するくらいかな?」


 プロジェクターの光を浴びながら伊佐美が、おにぎりケースをお手玉のように弄(もてあそ)ぶ。その様はマッドサイエンティストもさながらだ。


「その利権が大事なんだ!」


新見経済産業大臣は立ち上がり、伊佐美を指さす。その姿に俺は、やっぱり汚職は本当だったのではないかという思いと、伊佐美を指さす無礼な大人に苛立ちを感じた。


「馬鹿馬鹿しい。君たちはいつまで、過去を生きるつもりなんだい?」


 しかし、伊佐美は無礼な態度の大人に負けることはない。八重歯を見せて勝ち誇ったように笑う。が、新見経済産業大臣の見ている世界は、天才のそれとは違うようだ。


「過去にしがみつかないと生きられないのは、我々じゃない!化石燃料を支配し世界を支配する大国が、突然現れたクリーンで、恒久的なエネルギーなんて受け入れると思っているのか!」


 伊佐美の発見は社会の仕組み、構造が変わってしまう大発見だ。高校生の俺が感じる理想論だけでは、世界は回っていないらしい。


「挙句にだ!そのエネルギー源が、新宿駅からしか取れないとしたらどうなる!海の向こうの大国たちが、黙って見てると思うか?我々は地図のうえでも、力をおいても小国なんだぞ!奴らはまた東京を焼き尽くすぞ!」


 戦争……。たしかに諸外国からしても、喉から手が出るほどの魔力を秘めているだろう。俺たちが昨日新宿駅で起こした事件が、翌日には国と国の話になっている。もう俺の掌に乗る話題じゃないと、俺は無意識に手を握る。


「だから、この問題を穏便に解決するために集まったのは、貴方の頭でもわかるでしょう?」


 苛立ったように年配の経済産業大臣に睨みを利かせる浅野官房長官は、冷たい視線とジェスチャーで着席を促すと立ち上がり、口を開いた。


「それでは続けましょう。我々に必要なのは議論であり、論戦ではなのですから」

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