政治の中枢
俺たちが車から降りると、黒いスーツを着た人たちが官邸とやらに入っていく俺たちをじっと見ている。俺たちの動きを追うように首が動き、機械仕掛けの阿吽像に睨まれているような気分になる。
「カモちゃん、あれ何?」
カモちゃん?伊佐美が芹澤さんを見あげて質問している。つまり芹澤さんの名前は鴨?
「カモちゃんじゃねえ。賀茂と書いて、よししげだ」
なるほど。だからカモちゃん……。って、いつの間に伊佐美は芹澤さんの下の名前を……。と思ったが、昨日別れ際に芹澤さんから名刺をもらっていたことを思い出し、自己解決する。
「で……。あの人たちは?」
俺たちが通り過ぎてもなお、じっと見つめてくる人たちを振り返り、俺は伊佐美の質問を引き継ぐ。
「あれはこの国の首相を守るSPです」
俺たちが扉を抜けて、玄関呼ぶには広すぎるロビーのような空間に入ると、一人の男が話しかけてきた。第一印象は髪が真っ白だということ。切れ長の目に知性的な瞳。細身の長身が映えるサックスブルーのワイシャツと、ダークブルーのスーツ姿の男性は俺と目が合うと微笑み、俺と伊佐美の質問に芹澤さんのかわりに答えてくれた。
「御苦労様でした、芹澤さん。昨日の今日で、こき使って申し訳ない」
男性が頭を下げる。芹澤さんがむず痒そうに身をよじり謙遜する。
「いやいや、斎藤官房副長官の頼みなら、何でもやりますよ」
官房副長官……。もしかしてすごい偉い人なのだろうか……。斎藤さんは顔を上げると前髪をかきあげ、真剣な鋭い目つきの政治家になる。
「ありがとうございます。早速ですが、歩きながら話させて下さい」
その真剣さに俺が緊張し唾を飲み込んでいると、斎藤さんは俺たちを先導して歩き出した。そして、十人くらいが並んでも平気そうな広い階段を降り始める。
俺はガラスで出来た手すりに恐る恐る触れ、階段を降り始める。階下には中庭のような空間が広がっており、本物なのか偽物なのかも分からないが、室内に竹林があった。その光景に俺は絶句し、伊佐美はケラケラと笑っている。
「すっごーい!室内に庭を作るなんて、二律背反もいいところだ」
俺たちの反応を見て、芹澤さんがニヤニヤしながら頷いている。恐らく昨日の夜にでも経験済みなのだろう。俺たちの三者三様の反応に見向きもせず、斎藤さんは話しだした。
「実は昨日の件は、世界的にショッキングなニュースになっています。今のところは面白おかしく騒いでいるだけのようですが、我々としてはそうは思っていません。例のエネルギー源になり得るとかいう石の件は、まだ世界に発信していませんね?」
「クライジェスのこと?まだ言ってないよ」
階段を跳ねるように降り、ガラスの手すりに手を滑らせ遊ぶ伊佐美が、何も考えていないのか呑気に斎藤さんの質問に答える。
「なんですか、その……?」
「クライジェス。ボクが見つけた永久機関の名前さ!」
人類の夢の一つなのかはよくわからないが、そのように語られる永久機関の名に、斎藤さんの足が止まり、静かに振り返る。
「永久機関……?」
喜んでいるとは思えない。睨むように伊佐美を見る斎藤さんの目力は、身震いするものがある。が、それでも伊佐美は笑って答えるのだった。
「ああ、そうだよ。今もボクのリニアコライダーを充電してくれているからね?」
伊佐美はいつものリュックから、手のひら大のクライジェスを使ったモバイルバッテリーとリニアコライダーを取り出して、充電中である事をまざまざと斎藤さんに見せつける。
「これがあの……。しかし、困りましたね。話は一度中断としましょう」
「え?なんで?」
斎藤さんの困った様子に伊佐美は首を傾げる。それは俺も同じだ。なんで喜ばないのかよく分からない。
「ここは総理大臣官邸ですが……。過去、ここに盗聴器が仕掛けられていた実例がありまして……」
俺は驚き、手で口を塞ぐ。こんな開放的でモダンな作りの官邸に盗聴器なんて、ミスマッチすぎる。
「確実に安全な部屋まで参りましょう。指向性マイクで壁越しに盗聴などという、SFじみた技術もある昨今ですし……」
斎藤さんは俺たちを先導して二階を進む。玄関と同じ石造りの床を歩くと、コツコツと心地いい音がロビーに響く。俺は盗聴器の話で頭がいっぱいでキョロキョロとまわりを見渡しているが、伊佐美は踊るように歩き、その感触を楽しんでいるようだ。
「ここです」
斎藤さんが短く目的地に着いたことを教えてくれる。まるでホテルの式場に続くような扉を開けると、本当にそんな空間が広がっていた。桜が咲き誇る宴会場のような絨毯に不釣り合いな、就職説明会で見たような長いテーブルがずらりと並んでいる。パイプ椅子に座っている面々に、俺は今日何度目かの絶句をすることになる。
「斎藤。御苦労でした」
待っていたのはこの国を動かしている大人たちだ。斎藤さんを労ったのは、今朝もテレビで見た史上ニ人目の女性官房長官。浅野薫女史だ。他にもテレビで見たことのある政治家たちが椅子に座り、俺たちを待ち構えていた。
「お待たせしました。事態は我々が考えているよりも進んでおります」
斎藤さんがそう言って、俺たちにも着席を促す。そうだ、事態は進んでいる。俺が考えていたレベルをはるかに超えて……。




