ドライブ
芹澤さんからの電話から二時間後。俺と伊佐美は、芹澤さんの運転する黒い高級車に揺られていた。正装をしろと言われ、土曜日だというのに制服に身を包んだ俺と伊佐美だったが、伊佐美は相変わらず、制服の上に安物の白衣を着ている。
「おい……。正装の意味わかってんのか?」
後部座席から運転する芹澤さんに聞こえないように、俺は小声で伊佐美をたしなめる。が、伊佐美は徹夜明けのテンションで、俺の気遣いを無下にする。
「大丈夫!大丈夫!これ、僕の正装」
伊佐美はそう言って、ロングホイールベースの高級車の広さを満喫するように足をバタつかせ、銀座の大通りに立ち並ぶハイブランド旗艦店やアンテナショップを見ている。
「圭ちゃん、見た?金箔アイスだって!」
「は?金箔って、食えんのか」
ついつい伊佐美の言う事にまともに反応してしまうのが、災いして今がある。昨日、ダンジョンの存在を一笑に付していたら……。こんな事にはならなかったのだろうか?いや、結局伊佐美が心配でついて行って同じ結果になりそうだと、俺はため息を吐いた。
「なんだ。食べたかったのか?」
バックミラーを覗き、俺に視線を合わせる芹澤さんは、昨日の疲れ切った巡査部長ではない。仕立てのよいスーツにベストを身に着け、その姿は警官というよりは、エリートサラリーマンのようだ。
「朝飯食べてないんで……」
金箔アイスが食べたかったわけではない。が、腹は減っていた。9時に迎えに行くから、正装して待ってろと言われ、我が家はプチパニックだった。準備に手こずった我が家に、明るい食卓もへったくれもなかった。
「まあ、そう拗ねるな。官邸にいけば高級お茶菓子くらい出るだろ?多分」
「でも。何でこんな急なのかな?」
伊佐美はドラマでよく見る警視庁の建物を見上げながら、核心を突く。たしかに世界がひっくり返るような事件ではあったが、こんなスピード感で、現役高校生を有識者に抜擢する意味が分からない。
呆れたように芹澤さんがため息を吐く。
「お前のせいだよ。お前の」
「ボク?」
はて。何のことだろうと天井を見上げる伊佐美だが、謎の生物が出てくる渦を開いた張本人だ。逮捕、拘束されてないだけマシだという自覚がない。
「そりゃ、あんな事件起こしたんだから、そうだろ?」
芹澤さんが俺の発言を鼻で笑うと、バックミラー越しに、すまないと顔でアピールしてくる。
「そっちは些細な問題だな。問題なのはお嬢ちゃんが持ってるそのおもちゃたちだ」
俺は自然と伊佐美の隣にあるリュックを見る。リニアなんとかと、名前は忘れたが新しい充電器がある。
「俺の書いた荒唐無稽の報告書は、動画の影響もあってその日のうちに、政府筋の官僚がツバつけて持ってったらしい」
車はゆっくりと速度を落とすと守衛がいる大きな門の前で止まる。芹澤さんは胸元のIDカードのようなものを守衛に、自慢げに見せている。
「まあ、独占したいとかそう言う話なんじゃねえの?まあ、俺はお前らとのパイプ役だから、給料上がって9時5時のいい仕事につけたわけだが……?」
車はゆっくり開いた門を抜けると、広い芝生とだだっ広い石畳が敷き詰められた庭の向こうに近代建築の傑作っぽい、モダンな建物が見える。テレビか何かで見たのか、妙に既視感のある建物が何なのか分からず、俺は呟いた。
「ここは……」
芹澤さんが車を停めてサイドブレーキを引く。シートベルトを外して振り返る。そして、俺の戸惑いも伊佐美の興奮も一切気にせず、ニヤリと笑う。
「ん?ここか?ここは総理大臣官邸。この国で二番目に偉い人のおうちだ……」




