終わりの始まり
俺が呆然としていると、いつの間にか両親がリビングにやってきていた。母親は微動だにしない俺の目の前で手を動かして、俺の意識があるかを確認しているようだ。
「圭介……?大丈夫?」
「え?ああ。大丈夫だけど、大丈夫じゃない……」
「若年性アルツハイマーか?」
カウンターキッチンの傍らのコーヒーマシンで淹れたアメリカンコーヒーを持って歩く父親が、呆れたように俺を小馬鹿にしていた。が、俺の横を通り過ぎる瞬間にテレビを見て、父親も呆然として立ち尽くした。
「は?」
そうだろう、そうだろう。なんせワイドショー的なニュース番組のパネルに、目元が隠されてるとは言え、息子の写真が貼ってあるのだ。絶句するしかないだろう。さあ、やけどしないように早くテーブルに座ってくれ。
「また〜、パパまでどうし……て。……圭介?あんたなの」
俺は無言で頷いた。本当に申し訳無い。母親までもが絶句して立ち尽くした。俺はダイニングテーブルの椅子を二脚、座りやすいように引くと二人を座らせる。二人はヨロヨロと椅子に腰掛けると、両手で頭を抱えている。
「話すと長くなるんだけど……」
そうして俺は昨日の顛末を、ありのままに両親に伝える。言葉だけでは伝わらない事は、伊佐美の動画を見せることで代用した。
説明を聞きながら熱々のコーヒーを抱えていた父親だったが、話を聞いているうちに冷たくなってしまったコーヒーを、一気に飲み込むと天を仰ぐ。
「怪我は大丈夫なのか?」
ゴブリンにやられた一撃のことを言っているのだろう。今朝も素振りで木刀を握ったが痛みはなかった。世界に向けてやらかしてしまった息子の身をまず案じるとは、できた親だ。だからこそ、伊佐美のような破天荒な幼馴染の存在を認めてくれているのだろう。
「大丈夫」
俺がそう言うと二人がため息を吐き、大きく肩を落とした。安堵なのか困り果てているのか、顔が見えない俺からは想像しか出来ない。俺が話しかけようとした時、俺のスマホが震える。
伊佐美からと思い、俺はノールックで出る。
「はい?」
「はいじゃねぇよ?親からどういう教育うけてんだ?」
新宿駅の鉄道警察隊巡査部長、芹澤さんだ。調書を取るときに電話番号を書かされたことを思い出して、俺は慌てて訂正する。
「すいません。伊佐美のやつかと思いまして……」
「あぁ、そうか。あいつ相手なら仕方ないな。これからは相手を確認しろよ?これから、誰が電話してくるか分からんからな……」
何かに急かされているようにまくし立てて話す芹澤さんは、誰かと話しているのか電話口にくぐもった声が聞こえてくるが、話している内容までは定かではない。
「あの……。誰かいるんですか?」
「ん?ああ……。お前はニュースを見るほうか?」
「今朝は見てましたよ。世界の終わりかと思いました。」
「はははっ。世界の終わりたぁ、なかなか詩的な表現じゃねえか。悪いけど、終わりまではもう少しかかるぞ?政府筋の話……。見たか?」
両親も会話が気になるようで、耳をそばだて身体を寄せてくる。仲が悪い訳では無いが、今さら両親と抱き合いたくもない俺は、芹澤さんの質問に答える前に、要望を伝えることにした。
「あ〜、すいません。両親もいまして……。スピーカーにしていいです?」
「ああ、すまない。そうか、学生ならこの時間両親といても不思議じゃないな。鉄道警察隊巡査部長だった芹澤です。先日は息子さんにお世話になりました。」
俺がスピーカーにしたタイミングで芹澤さんが両親に挨拶をする。だったと言う言葉に違和感を覚えた俺が何を言うか考えていると、父親がスマホを向けて話しかける。
「こちらこそ、愚息がお世話になりました」
お世話をしたのは間違いなく芹澤さんの方なのだが、誤解を生まないように言葉を選ぶあたりはさすが、公僕という感じがする。海千山千の芹澤さんに対し、両親も共働きの商社勤めだ。その辺りの対応はうまいものだ。
「いえいえ。とんでもない……で?ニュースは見たか?」
「ええ、官房長官が言ってたやつですか?」
確か、なんかの対策室とか言っていた気がするが、正直よく覚えていない。聞いていたはずなのに頭が情報をシャットアウトしたのか、詳細を覚えていない。
「緊急対策室な?官邸主導で国立研究開発法人産業技術総合研究所と自衛隊、民間の有識者で発足するってやつな」
「え?」
俺は意味が分からず、声を漏らした。芹澤さんが魔法のような言葉を言っている。両親が顔を見合わせているが、その研究所を知っているのだろうか?
よく噛まないで言えたものだと感心するくらい長い名前の研究所と自衛隊で、何かをすると言うのが凡人の俺が理解できた唯一の情報だ。そんな所に呼ばれる有識者なんて、どこかの学者さんなんだろう。
「へぇ~、すごいですね」
芹澤さんのため息が聞こえる。両親は何かを感じているのか。顔を青くして祈るように手を合わせている。
「お前。何、他人事みたいな事言ってんだ?昨日の件についての有識者なんて、俺とお前と天才少女しかいねぇだろ?」




