世界の終わり
翌日。俺は日本庭園とはいかないが、純和風な池と松が映える庭で朝のルーティンである素振りを済ませると、リビングに向かった。母親の趣味でブルックリンスタイルにリフォームされたリビングは、東京の下町の一軒家に昨日の新宿駅のような異次元を感じさせる。
そして、共働きの両親は会社の飲み会に参加して遅くに帰宅。幸いにも俺が鉄道警察隊の参考人になった事実など知らずに、今も惰眠を貪っている。
いや、土曜の六時に起きてこない両親に悪態をつくなど、食わせてもらっておいて失礼極まりない。毎朝の習慣で飲んでいるこの瓶牛乳も、親の金である。感謝感謝である。
スマホからは伊佐美から連絡の通知が来ている。昨日の配信、アーカイブ再生が。
「二千万!」
俺は危うく瓶を落とそうになる。昨日、地元に近いスカイツリー駅で別れた時には百万再生とかだったので、収益が得られるとかそんな事を言い合い笑って別れてからたったの一晩でだ。
俺は心を落ち着けるべく、テレビをつける。天気予報でも観て現実と向き合おうとしたのだが、現実は非情だった。
「昨日起きた、新宿駅での事件。怪我人が六名、幸い死亡者はいませんでしたが、その……動画ですか?私も拝見しましたが、我々の現実が脅かされる事態であるのは……」
ヤバい。パネルで紹介されたうえに、アナウンサーとコメンテーターがディスカッションしている。俺と伊佐美の顔はモザイクが入って声が変わっているが、何でテレビで動画の一部が流れているのか……。
俺は、血の気が引いていくのを全身で感じていた。テレビが許可もなくやるはずはない……。俺は伊佐美に電話をかける。
「あいつ……!」
コールが二度鳴った後。切られた!あの野郎!いや、伊佐美は一応、女だ。女郎なのか?そんな事を考えていると、伊佐美からテレビ電話がかかってくる。俺は即座に出て、開口一番。
「おい、伊佐美!テレビに動画、許可したな!」
伊佐美は昨日別れた際の制服姿のまま、キョトンした顔を俺に向けていたが、あろうことか笑い出した。
「なんだ。そんな事で電話をしてきたのかい?使いたいって言うからさ〜。それより、ボクはてっきり……」
やっぱりだ。なまじ世界に名が知れているから、伊佐美は個人情報という概念がない。伊佐美の事となると感情と思考が迷走して、頭が痛くなってくる。
「これの話かと思ったよ!」
テレビ電話の向こうで伊佐美が、手のひら大のおにぎりケースのような機械を見せてくる。無骨な金属製のおにぎりケースには、三箇所小窓のようなものがあり、そこから緑色の光が漏れている。
「なんだよ、それ」
伊佐美がニヤリと八重歯を見せる。土曜の朝から失敗した。俺は抗議の電話をしたのに講義が始まりそうだ……。
「よく聞いてくれました!これは……昨日、ゴブリンから出た石。クライジェスを使ったモバイルバッテリー!!」
「は?クライ……?」
俺は置いてきぼりだ。何もわからない。
「クライジェスだよ、クライジェス!Clean Rotational Infinity Green Energy Stoneでクライジェス。どう?」
どうと言われましても……。俺は絶句して思考を拒絶している。発音が良すぎて、英単語の一部しか理解できない。
「最後のストーン?は分かった……。いつの間に作ったんだよ?」
伊佐美はうーんっと背伸びをして、そのモバイルバッテリーの上にスマートウォッチを置く。伊佐美がスマホのカメラをアウトカメラに切り替え、充電されていることを俺に見せつけてくる。
「ついつい徹夜しちゃったよね〜。ロータリーエンジンを参考に手動で歯車回転させたら、勝手に発電して、その電力で歯車回し始めてさ〜。これはモバイルバッテリーだ!ってなるじゃん?三角形なら上と下でワイヤレス充電出来るし!」
再び、インカメラに切り替わり映し出された伊佐美は、徹夜明けのテンションですっかりマッドサイエンティストだ。その顔をよく見ると目にくまがあり、なんとも不健康そうで本人に充電期間が必要なのではと俺に思わせる。
「ちゃんと寝ろよ?脳細胞死ぬんだろ?」
昔、テレビでそんなことを見た気がする。俺は思い出したようにテレビに視線を移すと、昨日の新宿の話はまだ続いている。
「こちらは現場近くの地上出口ですが、こうして規制線が張られており、今も中に入ることはできません。地下にも同様の規制線があり、制服姿の警官が立っている……と、いった状態です」
大事になっている。土曜だから会社員の皆様に御迷惑をお掛けしていないだろうが、大事になっていた。
「この事件を受けて、浅野官房長官は緊急対策室を発足し、政府として調査、対策を取ると発表しました」
終わった。俺の世界が、足元から崩れ始めている。




