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リニアコライダー

 つり革に掴まって、俺と伊佐美は新宿行きの電車に乗っていた。電車が揺れて俺はつり革を強く握ると、掌の至る所にある木刀の素振りで出来た豆の硬さを再認識させられる。ガキの頃に道場を見学してハマってから、十年以上やっているのだから好きこそものの上手なれ、とはよく言ったものだ。


 同じくつり革に掴まってはいる伊佐美は、揺れに抵抗することなく身を預けてゆらゆらと揺れている。鼻歌を歌いながら揺れている伊佐美は、年ごろの女子に見えなくもなく、放課後に男女で出かけるなんて、字面から言ったら甘酸っぱい雰囲気がする。が、共に新宿を目指す伊佐美のリュックからは、小型のパラボラアンテナのようなものが飛び出しており、甘酸っぱい匂いではなく、はんだの溶けた独特の匂いが漂ってきて、俺はため息を吐いた。


 そんな俺とは対照的に、伊佐美は上機嫌で鼻歌を歌っている。天は二物を与えるとかなんとか言うが伊佐美に歌の才能はなく、調子っぱずれの鼻歌に営業帰りのサラリーマンは顔を顰(しか)めている。


「ふーふ、ふーふーふふーん」


 集中して聞いていると、なんとなくドヴォルザークの『新世界より』っぽく聞こえてきては、メロディはまた迷子になり、どこかに消えていく。

 

 好奇心は猫を殺すとかなんとか言うが、ご機嫌な幼馴染のリュックから変なものが飛び出しているのだ。無視するわけにはいかない。正直周りの乗客の視線も、俺にそれが何なのか聞けと言っているような気がして俺は意を決して口を開いた。

 

「なんだよ……。それ」


「え、これ?これはボクが作った小型リニアコライダー」


 伊佐美がリュックからおもむろに取り出したのは、おもちゃの銃の先端にパラボラアンテナとテスラコイルがついたような機械?だった。俺も分からないが、居合わせた乗客たちも意味がわからず、眉間にシワを作りながら伊佐美の持つそれを注視している。


「リニアコアライダー?」


 俺の頭の中では、リニアモーターカーに跨ったコアラが、SHOEIのヘルメットをかぶってライダーよろしく、サムアップしている。そして、伊佐美は俺の頭の中を盗み見たように肩を落とすと、やれやれと首を振った。


「コアラじゃないよ。リニア、コライダー」


「だから何だよ。それ?」


 伊佐美は左手にその小型リニアコライダーを持ち、その先端を顎に当てると何か思案しているようだ。


「ほら、学校で言ったじゃん?重力が漏れてるって仮説の話。あれってさ、重力は何でほかの引っ張る力に比べて弱いんだろう?ってのが元になってるんだ」


「でも、弱くないから俺たちは地面を歩いてんだろ?」


 俺の想像する弱い重力は、それこそ歴史資料で見る月面を歩く宇宙飛行士のアレだ。しかし、伊佐美は俺の答えに満足していないようで首を傾げている。


「う〜ん。そんなんだけど……。例えばさ?重力がボクたちを下に引っ張る力と、こうやって電車がカーブで曲がるたびに感じるGの引っ張る力が均一なら、どうなると思う?」


「何も感じないんじゃないか?」


 何も考えずに返事をしたのだが、今回の受け答えに伊佐美も満足したようで、破顔一笑。一気に表情が良くなった。

 

「そうそう!そうなるはずなのに重力は電車の揺れる力に負けちゃうから、ボクはこうして揺られてるわけ!」


 俺はてっきり、伊佐美は好き好んで揺れていると思っていたのだが、天才曰く深い理由があったらしい。


「だからボクはこの子。リニアコライダーでその重力値の異常に、電子と陽電子をぶってみようと思っててさ〜。実際にやって見せたら理解が早いと思うんだけど……」


 そこまで言うと、伊佐美はなにかを計算し始めたのかブツブツとなにかを言っている。聞き耳を立てると超弦理論だのなんだのと、SFでしか聞かないような単語が飛び出してきていた。俺は理解が追いつかず、天気痛にも似た頭痛と目眩を感じる。


「お前は、何を言っているんだ?」 


「電車の中で使うとマズイ気がするんだよね〜……」


 何かを考えているのか、ニヤニヤしながら伊佐美は16センチ上の俺の顔を見上げている。


「ああ……。音がなるとか、光が出るとか……?」


 確かにこれだけ衆人環視の中、そのおもちゃを使ったらマズイだろうなと、俺はチラリと周囲を見渡す。幾人か気まずそうに視線を逸らすが、もはや好奇心に勝てない学生やサラリーマンは、伊佐美から視線を外すことはないようだ。


「ううん。陽電子と電子のぶつかり合いが不安定になって……ブラックホールが、出来るかも?」


 近くに座っているサラリーマンが、伊佐美の言ったブラックホールと言う言葉に反応して、ギョッと目を丸くして俺たちを見ている。トリガーに軽く指をかけて、カチカチと鳴らす伊佐美に俺とサラリーマン、そして何人かの乗客の視線が集中する。


「大丈夫だよ〜。安全装置つけてるし……」


 伊佐美が一瞬。疑問符の吹き出しがつきそうな顔をした。刹那、伊佐美はあっけらかんと笑うと衝撃的な事を口にする。


「ごめ〜ん、安全装置外れてた!」


 伊佐美はてへっと笑って、ペロッと舌を出した。可愛げがないわけではないが、居合わせた乗客。そして、俺の言いたいことは一つだ。

  

「「「今すぐ、安全装置をつけろー!!!」」」

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