そして女は化粧をする。
「同業者からの勧誘が多いので……、
というのはどうでしょうか?」
シェールはそう言った。
「同業者から勧誘されてるの?」
私は尋ねた。
シェールは真っ赤になる。
「いえ。されてませんけど、ありそうじゃないですか」
私は考える。
たしかに、ありえそうな話だ。
皆の方を見る。
皆頷いている。
「じゃあ。一度それでやってみましょう。
上手くいくようなら継続。拙いようなら別の手を考えましょ」
「手紙はどうしますか?」
ライアンは尋ねた。
「手紙か……。皆はどう思う?」
私は尋ねる。
全員の意思を確認するように見えるだろうが、
実際はアイデアがまるで湧いてこないだけ。
尋ねるというのは、存外悪くない選択だと思う。
民主的だし、頭が悪そうに見えない。
「たしかに、面倒な手紙も多いけど、大事な手紙もあるし……」
パールは呟く。
「あの……、そういう客はずっと同じ調子で送ってくるの」
コクヨウが手をあげた。
「そうね。たしかにそうよ」
パールは同意した。
「じゃあ……、一度そういう手紙を送ってきた方は、シルトに渡すというのはどう?」
フォノが言った。
皆頷く。
これで決まりか……、
そう思ったら、ライアンが手を上げた。
「すみません。お客の顔と名前を覚えられません」
ライアンは真っ赤になっている。
当然だろう。
娼館の男の使用人といえば、門番も同然。
女達の補佐をするのが当然だ。
それが記憶力がないから出来ないと来た。
溜息が漏れる。
「まぁたしかに。お客さんって、顔が似てるものね」
私は悪態をつく。
ペグマがケラケラと笑い出した。
「そんなペグマ。笑ったら失礼よ」
と言いながら、
ミカゲも笑っている。
「そうなんですよ。皆似ていて、覚えられないんすよ」
ライアンの言葉で、
コクヨウも噴き出した。
「もう、やめてよ。思い出すよ」
コクヨウは笑いをこらえることができない。
「はい。はい。わかったわ。
じゃあ手紙はいったん何も言わずに受け取って、そして私のところに持ってきて」
私は言った。
「それで、どうされるので?」
ライアンはじっとこちらを見る。
私は思った。
この男……。
何かに似てる。
私が見つめると、
ライアンは恥ずかしそうに、
目を逸らした。
あぁなるほど。
馬か。
馬に似てるんだ。
近くの商店の馬車の馬。
あの馬の目みたいなんだ。
馬のような顔ということは……。
そうだ。
そうだ。
質問に答えなきゃ。
「面倒な男の手紙だけ確認するようにするわ。それ以外は、皆に私から手渡す。それでどう?」
皆頷いている。
これで、どうやら解決したようだ。
いや、
実際に解決したかどうかはわからない。
まだ始めてもいないのだから。
……
仕事が終わり、
皆帰り支度をしている。
でも、
ミカゲだけは、
ぼんやりと、
外を眺めていた。
何かあったのだろうか。
ミカゲは娼館の稼ぎ頭だ。
「ミカゲどうしたの?」
私は彼女の肩にそっと手を置いた。
「蜻蛉って素敵じゃない。
たった一晩で燃えつきる。
私もそうありたい」
ミカゲはそう言った。
ミカゲはどうしたのだろうか……、
彼女の言葉は続く。
「でも……
こうやって食事をして寝て、
化粧をして、また客をとる」
それは仕方がないじゃない。
そう答えようと思うが、
陳腐すぎて、口にはできない。
あまりにも、
あまりにも情緒がない。
「蜻蛉のようにか細くありながら、
現実には、
泥水をすする鯉のように生きている」
ミカゲはそう言って、
また遠くを見た。
なんて、
美しい響きなの。
私は、
その言葉の意味より、
その響きの情緒に胸をうたれた。
「素敵な言葉ね」
私は返した。
それが精一杯だった。
「そうでしょ」
ミカゲの目が輝く。
おや?
私は不思議な感覚を覚えた。
「素敵だと思うわ」
「昨日の夜、この言葉を思いついたの」
ミカゲは顔を近づける。
私は言葉に困った。
笑う?
それは情緒がない。
えっ詩なの?
と返す。
それも情緒がない。
仕方がない。
私も付き合おう。
「私たちは化粧で心を隠す。そしてその化粧で心を癒す。
詩人は言葉で心を隠す。そしてその文で心を癒す。
ミカゲあなたは、人を癒し続けるのね」
そう言い、
ミカゲの頬に触れた。
ミカゲの目が輝く。
ミカゲがうんうんと頷いている。
これは……、
正解か。
ミカゲは私を強く抱きしめた。
どうしたのか……、
少し身体が震えているのか。
微妙な振動が伝わってくる。
どうしたの?
その言葉を吐き出そうとした瞬間。
ミカゲの手が臀部に触れた。
「きゃっ」
私は少女のような声を出す。
「うん。やっぱり良いお尻してる」
ミカゲは私の尻を掴む。
「ちょっとミカゲ何してるの?」
「前から触ってみたかったから、どさくさに紛れて」
ミカゲは笑った。
彼女の情緒がわからない。
先ほどの震えは?
言葉は?
全部がお化粧なの?
私は娼婦という者が少し恐ろしくも見えた。
「私、孤児なんだ」
ミカゲは言った。
ミカゲの過去をはじめて聞いた。
「そうなんだ」
何か言いたいことがあるのだろう。
「昨日、孤児院の院長先生が病気で亡くなったの」
「そう」
「優しい人だった」
「そう」
「ねぇシルト、なんで優しい人ばかり早く亡くなるの?」
私は答えに困った。
憎まれっ子世にはばかる。
そんな諺があったような気もするが……、
気のせいかもしれない。
「わからない。
もしかしたら、優しい人は神様が天国に早く呼びたいから、早く亡くなるのかもね」
私はそう呟いた。
そして、自分の男の親も女の親も、優しいから早く天国に行ったのなら、それほど救われる事はないなと思えた。
しかし、その言葉は、私の喉元に、刃物を突き立てる。
もし私が長く生きたなら、
神様から天国に来ることを拒否されたという論理に、
たどり着くからだ。
「でも……、それだと長生きしたら、意地悪な人みたいになっちゃうね」
私は言葉を訂正する。
ミカゲは優しい笑顔を見せた。
「ねぇミカゲ、なにか綺麗な言葉で答えはない?」
ミカゲは虚空を眺め、
「神様は必要のない答えを与えないのよ」
と呟いた。
「必要のない答えか……」
世界に沢山の謎がある。
人はその謎を解こうとするが、
解く価値のない問題というのも存在するのかもしれない。




