娼婦に恋をする男
昼下がり、控室では、
食事と化粧……、
そして怠惰の匂いがしていた。
「本当にあの客。どうにかしてよ!」
コクヨウは荒れていた。
「どうしたの?」
私はパールに尋ねる。
「コクヨウのお客さんが、他の客を取るなって、うるさいらしくって」
パールはそっと耳打ちをした。
「そうなの。大変ね」
私は呟く。
「娼婦から客を取ったら、どうなるのよ。ただの穀潰しじゃない」
コクヨウは明らかにイライラしていた。
私は、
その客があまり金は使わないのだな。
そう直感した。
「普通に恋愛をしろって言うのよ」
コクヨウは葡萄酒の空瓶を軽く蹴った。
葡萄酒の空き瓶は、
コロコロと扉の方に転がって、
ミカゲの前で止まった。
「娼婦に恋をする男はね。
一度身体を重ねて、拒否されないと思っているから、恋をするのだと、私は思う」
そうミカゲは言った。
「なにさ。私は軽い女なのかよ」
コクヨウは目を伏せる。
そう感じても当然だ。
私はそう思った。
しかし、ミカゲの論理に反論もなかった。
喧嘩になるのか。
そう思いながら、それを止める気もまったく起きなかった。
「私は恋を知らないのだけど、きっと恋と言うのは、恐ろしいものだと思う。
己の築き上げてきた尊厳を、事情を知らない小娘の感情で、一瞬にして崩される。そんな危険性があるのだから」
ミカゲは言葉を重ねた。
想像もしていなかった言葉に、
控室の空気は沈む。
娼館に通う男達の気持ちの裏側に潜む苦しみ。
それをミカゲは理解しているかに思えた。
誰も言葉を挟めなかった。
「彼らも知ってるわ。
ちゃんとセオリーを踏んで、恋をした方が良いことぐらい。
バカじゃないのよ。男性は……」
私は控室を後にした。
控室の扉の裏で、
ライアンが涙ぐんでいた。
「気持ちわかるの?」
そう私が問うと、
「はい」
彼は短くそう答えた。
私は外に出て、
近くの菓子屋で焼き菓子を買った。
広場で一人で食べようかと思ったが、
娼館に持って帰った。
控室は相変わらず沈んでいた。
「焼き菓子食べない?」
私は尋ねた。
「私、お茶淹れます」
パールは言った。
焼き菓子からは、ほんのりと香りがする。
「うーん、良い匂いね」
ミカゲが言った。
「これは、シナモンと……、ナツメグだね。
どちらも媚薬……、
シルト……、
もっと楽しく働けって事」
フォノは笑った。
「知らないわよ。スパイスの効果なんて」
私はむくれた。
別に怒っているわけでもない。
ただむくれた顔をしたほうが、
可愛いのではないかと思っただけだ。
コクヨウが私の頬をつつく。
顔が少し明るくなっていた。
「ミカゲの話はわかるんだよ。でもな……、現実面倒だもんな」
コクヨウは、
二枚目の焼き菓子を口に入れる。
私は、
全員が何枚口に入れるかを確認していた。
我ながら細かい。
それであれば、初めから人数でわければ良いのに、
それが細かくてみっともない。
そう思ったのだ。
だから皆の自治に任せたが、
任せきれないから、
枚数が気になる。
「実は私も煩わしく思う事もあるわ」
ミカゲが言った。
皆がミカゲに注目する。
先ほどまで、
男性の気持ちを代弁していた彼女の口から、
そんな言葉が出てくるとは思わなかった。
「何よ。気持ちがわかれば、煩わしくないわけではないのよ」
ミカゲは目を伏せた。
「あの……、一つ聞いていい?そういう男は、いつ言ってくるの?」
私が言うと、
皆きょとんとしていた。
「うん。わからないかしら。店に来てる時……、いえ、客として来てる時?」
私は言い直した。
「客としてじゃなく、勝手に会いに来るのよ。それに手紙」
コクヨウは言った。
皆も頷いている。
「ライアンいる?」
私は少し大きな声を出す。
「はい」
ライアンがやってきた。
ライアンの目は、
焼き菓子に釘付けになっていた。
しまった。
焼き菓子……、
ライアンの分を計算してなかった。
「これから、彼女達に予約なしに会いにくる客がいた場合、私につないで。
それと彼女達に手紙が来た場合、私が一度確認し、問題がなければ渡すと言って」
「それは良いのですが、それで問題ないので?」
ライアンは尋ねた。
ライアンの目は、焼き菓子から離れない。
「ライアン。口を開けなさい」
「はい」
ライアンは口を開ける。
私は焼き菓子を一枚、
ライアンの口に放り込む。
「数が微妙だから、それで我慢なさい。こんど別のもの買ってあげるから」
「ありがとうございます」
その様子を見た彼女達は笑っている。
動物の餌付けのようで面白かったのだろうか。
「皆は問題ある?」
私はそう尋ねた。
皆腕を組み考えている。
「予約なしに会いに来るのは、お金を使わない客だけだわ」
コクヨウは言った。
他の皆も頷いている。
「じゃあ。予約なしに会いに来る客は、私につなぐ、で良いわね」
皆は頷いた。
「じゃあ。ライアンそれで頼むわね」
「でも……、どう説明しましょう」
ライアンは少し困り顔だ。
私は考える。
ストレートに、
金を払わない客は会わせることができない。
というか……。
それでは、
店の品位が……。
女の子の邪魔になるので……。
これもキツイ言いかたかもな。
「なにかアイデアある?」
私は皆の目を見る。
皆ボーっとしていた。
どうせ私が考えるだろうと、
気を抜いていたのだろう。
おいおい。
これは君らの事なのだよと思ったが、
たぶんそれは違う。
経営者である私の問題だ。
それでも、皆に聞く。
私には思いつかないから。
「お金を使ってくれるお客さん優先なんです、はどうですか?」
ペグマは言った。
「結局金かよって言ってきそう」
コクヨウは苦笑いをする。
皆頷く。
答えが出ない。
皆、
焼き菓子に手を伸ばす。
しまった。
対応に集中していて、何枚食べたか。
数えるの忘れていた。
私は頭を抱える。
「大丈夫よ。皆枚数数えているわ」
ミカゲは私にそっと手を触れた。
私は皆の顔を見る。
皆頷いている。
私は頷いた。
「あの……、良いですか」
シェールが手を上げる。
珍しい。
シェールが発言をするなんて。
皆頷く。




