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悪い噂

娼館の待合室ーーー


「なぁシルトさん。フォノって何か悪い病気を持っているのか?」

唐突になじみの客に問われた。


悪い病気……、

そんな様子はなかったけど、

猫の振りをするのは……、

病気なのか?

いや違うだろう。

これはもしかして。


「そうね。

急に猫の鳴き真似をするという不治の病よ」


「そんな病気が……、

って、そうじゃないんだよ。

俺は街で聞いたんだ」


「なんて?」


「あの娼館のフォノって子が悪い病気だって」


「わかったわ。調べてみる」


「すまねぇな。煩わせてしまって」


「いいえ。うちの為によかれと思って、言いにくい事を言ってくれたんでしょ」


「まぁな。シルトさん。黙って見てられないし」


「そう。じゃあ、たまには褒めてね。シルト様、今日もお美しいですねとか」

私は笑った。


「そうだな」


「ライアン。ワイン持ってきて。私からの驕りよ。飲んで」


「おぉありがとよ。また何かあったら、教えるよ」


「頼むわよ」

私は待合室を出て行った。


どうしようか。

おそらくフォノは病気ではない。

念のため、

病院に連れて行ったとして、

それを見られると、

病気だという噂に尾ひれがつく。


しかし、本当に病気だったら。

それも困る。


廊下で腕を組んで考えていると、


「ニャー」

声がした。


フォノがいた。


「どうしたのシルト」

フォノは私を覗き込む。


私はフォノをあちこち観察する。

「どうしたの?男いないから、女の私に手を出すつもり」

フォノは胸を隠す。


「なぜわかったの?」


「前から私を見る目が、欲情にかられたオスそのものだったもの」


「身体の調子は悪くはない?」


「大丈夫だよ」


「無理してない」


「別に、

少しお菓子が欲しいくらい」


「びょ……」


「病気……、噂の事だよね」


「知っていたの?」


「本人だよ」


「あれは?」


「噂だよ」


「誰がキッカケか知ってるの?」


「うん」


「誰」


「お客さんの……」


「あの貴族の……」


「そう」


「まだあの貴族来てたの」


「うん」


私は言葉を失った。

考えが先に進まない。

まるで袋小路に迷い込んだ鼠のような気分だった。


「ニャー」

そして、

フォノが追い打ちをかける。


「やめて。

今迷路に迷い込んだ鼠のような気分なの」


「知ってるよ。無性に襲いたくなるもの」

フォノは猫の真似を続ける。


「ねぇ。フォノを叩く人達は悪者?」

フォノは呟いた。


私は迷った。

娼館の女主人としては、

叩くのが悪者で、

私達は可哀そうな善人。

そうするのが正解なのだろう。

でも……、


「いいえ。私はそうは思わない」

そう答えた。


「なんで?」

フォノは少し寂しそうな顔をする。

慰めて欲しかったのか。

でも、

そんな表情にも思えなかった。


「彼らは、

彼女らは怖いのよ。

自分達の築き上げたものを壊されるのが怖いのよ」


「築き上げたもの……」

フォノは遠い目をする。


「歴史を見ても、国王と娼婦の間に子供ができて、それが王になったという例があるわ」


「うん」


「もしあなたが大貴族だったとして、

とてつもない労力と手間をかけ、育て上げた、かわいい娘を国王に輿入れさせた。

その娘には子供ができず、どこの馬の骨かもわからない娼婦との間に子供ができたとなったらどう?」


「そうだね」


「今までの努力が水の泡…どころの騒ぎじゃないわ。御家存亡の危機よ。

そういう恐怖があるの」


「そっか」


「これは結婚している女性、恋人のいる女性、

どちらにも共通して、潜在的に持っている恐怖だと思う」


「うん」


「だって、私達はお金で動く。恋愛とか道徳とかで、動くわけじゃないから、怖いのよ」


「そうだね。なんか嫌な世界だね。変えられないのかしら」


「そうよね。何百年か経てば、変わるかもしれない。

でも私達は社会の仕組みの中でそういう立場にいる。これはなかなか覆すのは困難よ」


「そうだね」


「うん。だからそれを変えようとするよりも、

攻撃する相手の恐れを理解して、

優しい眼差しで、受け流すのが賢いのかもしれないなと最近は思うの」


「そんな事出来るかな?」


「簡単ではないかもね。でもね。私たちは魅力で生きてるじゃない?

魅力を毎日磨いているじゃない?

敵としては強力よ。怖いに決まってる。

そう思うと、少しはマシじゃない?」


「そうかもね。私の魅力が怖いんでしょうって言ってやろうかしら」


「それは面白いわね。どんな顔をするか見てみたい。

でもね。あまりにも図星だし、プライドを傷つけられたと、攻撃がエスカレートするかもしれないから、淑女たる私たちがする事じゃないかもしれないわ」


「そっか。じゃあどうするの?」


「私が、じゃあ旦那さんはうちの娼館を出入り禁止にしましょうって言ってあげるわ。

そのかわり、多少の手数料は頂きますけどねって」


「なにそれ面白い」


「出入り禁止プランというのを作ってもいいかもしれない。

その旦那が月に払う代金の半額を入れてもらうの。

うちは断るだけで、入ってくる。

もちろんフォノへの分け前もある。

相手は、私達を金の亡者だと思っているから、ただでそんな事する訳ないと思う。

だから逆にお金を取る方が信用されるわ」


「そうだね。

でもね、あのお客さん、ちょっと性癖が特殊なの。

だから私と会えなくなっても、他の人を探すかもしれない」


「その女性に男の落とし方を教える個人授業を、

してもいいかもしれないわね。

フォノの言う通り、

特殊な性癖が妻との間では解消できないからと、娼館にくる男も多いわ。

そういうレクチャーもいいかもしれないわね。

これは特別料金を頂きますけどね。

別に娼館だから、男からお金を取らないといけない訳でもないじゃない。

女からでもいいのよ」


「私が指導するの」


「そりゃそうよ。私は知らないもの。嫌だったら、断っても良いわ」


「うんうん。嫌じゃない。むしろ少し興奮するかもしれない」


「私達は相手の家庭を潰したいわけではない。

ただお金が欲しいだけだから」


「そうよね。

別にその男に狙いを定めるわけじゃないじゃない。

ただ近くに寄ってきた男を捕獲するだけだもんね」

フォノはまた猫の真似をした。


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