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酒と幻想

私たちは、

パンの受け渡しなどについて、相談し合った。

一時間ほど経ち、

パンは焼け、そのパンを貴族に手渡した。

私が配っていた区域と、手渡していた子供達を教え、

私は馬車を出た。


子供たちが駆け寄ってきたが、

「私はもうあなた達にパンを配ることができないの。代わりにあのお貴族様に貰いなさい」

そう伝えた。


子供たちは、何も言わず、貴族の馬車の元に走る。

貴族はにこやかな顔で、子供たちにパンを配った。


「あれはアリエル家の馬車では」

「お貴族様がご奉仕だ」

「立派だ」

「さすが身分の高いお方はやることが違う」

「私にもパンを恵んでくださらないかな」


そんな声が聞こえてきた。


高級な葡萄酒の瓶に、

安物の葡萄酒を入れる。


価値の判断できぬ者は、

ありがたがって高い金を払い飲む。


それが世の通りなのだと、

滑稽で少し笑えてきた。


……

あれからしばらくが経った。


私は暇を見つけてはパンを買い、

貴族に手渡した。

貴族は子供たちにパンを配った。


私が配ったパンの金額は多くはない。

しかし、

貴族の評判は高まり、

パン屋の評判も高まった。


「パンを買っているのは、シルトだっていうのに……」

コクヨウは少しイライラしていた。


「貴族様という瓶が良いのよ」

私は言った。


「味なんか変わらないのにさ」

コクヨウは鼻で笑った。


「それを女がいっちゃお終いだわ」


「なんでよ」


「ほら!あなただって、今上等のラベルに見せようと努力しているじゃない」


コクヨウは、化粧の手を止める。


「ふっ……」

コクヨウは、

短く笑った。


「本当ね。

これは傑作だわ」

自らの言動に矛盾がある事に気が付いたのだろうか、

コクヨウは、

少し情けないような顔を見せた。


「そうね。私達だけじゃないわ。皆必死で、上等のラベルに見せようとしている」

そう言った。


私はふと思う。

本当は私だって、

「元孤児が、孤児を救うなんて偉いね」

と褒められたいのかもしれない。

でも、

それが無粋に感じて、何も言わない。

そんな私こそ、根っこでは自らを上等のラベルに見せようとしているのかもしれない。


……

「もうお客さん!女の子に暴力を振るわないでください」

使用人の大声が聞こえる。


私は、

声のするほうに向かう。


部屋の隅のほうで、

ペグマが怯えている。


酒の臭いが強い。

大柄の男がふらふらとしている。


使用人の男は、

大柄の男の前に立ちふさがっている。


やれやれ。

これでこの使用人の男も辞めていくか……、

私は、

そう思った。

我ながら、冷たいとも思う。

しかし、

暴力沙汰で、

何人の使用人の男たちが辞めていった事だろう。


女は辞めないよ。

いつも逃げるのは、

男だけ。


別に女が強いわけじゃない。


ただ逃げる自由が与えられているのは男だけ。

女は逃げる自由なんてない。

私はそう思う。


さてさて、

面倒だ。

こういう男は腹に拳骨の一つでも軽く入れれば、

のたうち回るのだけど、

そうしてしまうと、後腐れが悪い。

あの娼館の女主人は暴力を振るうと大の男が噂を立てる。

その結果、

女には尊敬され、

男には敬遠される。


私は厨房に行き、

一番安いワインを、高級なワインのボトルに詰め替える。

そして皆が便秘の時に飲む薬草を、

ワインに入れる。


「お客様……、娼館の主人のシルトにございます」


「私どもに何か不手際でもありましたか……」


私は笑みを浮かべた。


男をまっすぐ見ると、

もうすでに目の焦点は合っていない。


「この女はな。俺のいう事を聞かない。けしからん奴だから、説教をしていたのだ」

男は言った。


「このお客さんは、暴力を……」

使用人は男を指す。


「何を!使用人の分際で……」

男はふらふらしている。


「おや。

使用人の分際でという事は、さぞや立派なご身分で、どこぞの偉い方ですか」

私は笑みを浮かべる。


「俺は貴族の下で働いている。お前達とは身分が違う」

男は胸を叩く。


私は頷く。

お前も使用人だろ……。

という言葉は使わない。


「勘違いしないで、

娼婦は奴隷じゃないの。

あなたのママでもない。

ただ一時だけ、

泡沫うたかたの夢を与える存在」

私は言った。


男の顔色がみるみる変わる。

「俺を愚弄するのか!」

男は顔を真っ赤にする。


「いいえ。

お貴族様の元で働く方を愚弄などいたしませんよ。

こちら当店で最高級の葡萄酒です。

お詫びにいかがでしょうか?」

私はグラスに葡萄酒を注ぐ。


「おぉそうか。話がわかるな」

男は上機嫌になる。


「ただこちら高級な葡萄酒なので、飲みなれてない方の中には、少々お腹がゆるくなる方もおられます。

ですが……、

あなた様なら大丈夫でしょうね」


「無論だ」


「ではどうぞ」


男は一口飲む。

一瞬眉がピクリと動く。

気が付いたか。

さすがに、

薬の量が多かったか。

少し脇に汗をかく。


バレたらどうしよう。

腹でも殴って気絶させるか。


男はまじまじとラベルを見ている。

そしてニヤリと笑った。


「保存状態は少し悪いが、やはり良い酒だ。この独特の風味がたまらん」

男は言った。


私は思わず吹き出しそうになる。

自然な笑みが浮かぶ。


使用人とペグマは意外そうな顔をしている。


「さすが。お貴族様の元で働かれているだけはあります。舌が肥えてらっしゃる」


「当然だ。しかし悪いなこんな良い酒」


「そんな事はございませんよ。あなたのような立派な方とお近づきになれるのでしたら、安いものです。お貴族様の元で働かれている方は、皆一様に気前が良いですからね」


「おぉそうか。そうか。

常に主からは、家名に恥をかかせないような振る舞いをしろ。

そう言われているからな」

男はさらに酒を飲む。


「それでお客様。

今日のお代のほうなのですが……、

こういう場合、後日貴族様のお屋敷に向かい、一部始終をお話して、

決める事もあるのですが……、

どうされますか?

もちろん、この酒代は私の奢りです。

ですが、お客様の今晩の代金、従業員に暴力を振るわれたという事で、その慰謝料などは、頂かねばなりません」


「どれぐらいだ……」

男の顔色が変わる。


「この程度かと」


「そんなに」


「お貴族様の元で働かれているのですよね」


「そうだが、今は持ち合わせがない」


「そうですよね。防犯上お金は持ち歩かない方が多いですものね」


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