星になった女主人
私が18歳になった年。
ソレアは星になった。
その頃の私は、
星になるというのは、
生物として死を迎える事だと、すでに理解していた。
一年ほど前から、
ソレアの体調は悪くなっていた。
「私になんかあれば、娼館をあなたが継いで、あなたが守るのよ」
とソレアは言った。
読み書きや計算。
娼館でやっていく作法なんかは、すべて学んだ。
面倒な客あしらいなども、一人でこなせるようになっていた。
……
「ねぇシルト。パールが落ち込んでいるの。声かけてあげて」
私が娼館で帳簿をつけていると、
コクヨウがそう言ってきた。
「わかった」
そう答えた。
控室に行くと、
パールが隅っこで暗くなっていた。
いつも元気なパールが珍しい。
「どうしたの?」
「シルト……、ソレアさん、なんで逝っちゃったの?」
「そうね……」
私は返す言葉がなかった。
「なにかあった?」
そう尋ねても、
何も返ってこない。
「私はソレアさんではないわ。でもソレアさんに、皆を任せられたの」
私はそう言った。
何かいい言葉があったのかもしれない。
でも私には、
それしか言いようがなかった。
「家族に……、
賤しい仕事と」
パールはそう言った。
賤しい仕事……、
これまでも何度も聞いたことがある単語だ。
私は国語を教える教師に聞いたことがある。
「賤しい仕事とは、どのような意味なのですか?」
と……、
彼はこう答えた。
「賤しいとは、身分や暮らしぶり・心が低く、品位に欠けるさまを表します」
「では……、賤しい仕事とは?」
「身分や暮らしぶり・心が低く、品位に欠ける仕事の事でしょう」
「では身分とは?」
「身分とは、社会や集団の中でその人が占める地位・立場を表す言葉です」
「地位や立場は、どのように決まるのですか?」
そう聞くと、
「本人の努力と言いたいところですが、多くの場合、生まれや育ちでしょうね」
そう彼は答えた。
……
「パール聞いて!」
私は言った。
「なに?」
「昔にね。国語の教師に、賤しいという言葉について聞いたことがあるの」
「それで」
「賤しいとは、身分や暮らしぶり・心が低く、品位に欠けるさまを言うのですって」
「そうなんだ」
「それで身分って何と聞いたの」
「それで」
「身分とは、社会や集団の中でその人が占める地位・立場を表す言葉ですと答えたわ」
「うん」
「地位や立場は、どのように決まるのですか?と聞くとね」
「うん」
「本人の努力と言いたいところですが、多くの場合、生まれや育ちでしょうねって答えたの。この意味わかる?」
「いいえ。わからないわ」
「この世界で身分が高い者は、貴族か王族だけよ。違う?」
「そうかもしれないわね」
「そして、貴族や王族は生まれでしか得ることができない」
「そうね」
「じゃあ、世界の大半は賤しい者なのじゃない?」
「そっか。貴族や王族は数が少ないものね」
「そうでしょ。それに貴族でも品位に欠ける方、おられない?」
「たしかに……」
「ああいう人も賤しいのじゃないかしら」
「本当ね」
「あと考えてみなさい。貴族や王族は、賤しい身分の元から税金を取るわけじゃない」
「そうね」
「私たちは、貴族や王族を養っているに等しいわ」
「そうね」
「賤しい者に支えられて、生きてるって、面白いじゃない」
「そうね。それは愉快だわ。
でも……、
私自身が、自分の仕事に誇りを持てないのかもしれない」
パールはそう寂しそうな顔をした。
私はソレアさんの言葉を思い出した。
「あなたのやっている仕事は尊いわ」
それを口に出す。
パールはじっと私の目を見て、
そして下に逸らす。
「あなたが何百回、尊いと叫んだところで世間の偏見は変わらないの」
「でも……」
「やめて…惨めになるだけだから」
私は口を閉ざしてしまった。
「でもね」
「あなた一人でも尊いと言ってくれたという事実だけは、私を救ってくれる。
ソレアさんも、そう言ってくれたな……」
「あぁそうかぁ、私はちょっと認めて欲しかったんだ……、
がんばったね。つらかったね。
すごいね。尊敬する。
そんな言葉が欲しかったんだ」
「身体も心もボロボロになっても、
仕事だから仕方がない。
家にお金を入れるのが当たり前、
入れなかったら悪者扱い、
そして賤しい仕事と蔑まれる」
私は、言葉というものが、
人を助けるには、
非常に頼りないものなのだと気が付きながら、
言葉というものが、
人を大きく傷つける武器だという事実にぶつかり、
言葉を出すのが怖くなった。
そして、
パールをそっと抱きしめた。
「ごめんね。私はあなたを救ってあげられない」
そう言った。
「パールさん。お客さんですよ」
男の使用人が入ってくる。
「はい。行きます」
パールは言った。
「ありがとうシルト。私行かなくちゃ」
「大丈夫なの?」
「平気よ。賤しい仕事だって言われてもさ。家族の事好きなんだもん」
パールはそう笑った。
「そう」
「うん。
それと……、本当にありがとう。
王様だって、貴族だって、私たちが養っているんだからね。
あの偉そうな兵隊さんや、お役人だって養ってる。
そう考えたら、道理を知らない馬鹿な子供達だって笑えるじゃない」
「そうね。私も馬鹿な子供達を養うために、頑張りましょ」
「そうよシルト。じゃあ行くわね」
パールが出て行った控室を私は片付ける。
化粧と香水、
そして微かな酒の匂い。
いつも綺麗にしているのに、
なんとなくの鬱屈した空気。
この空気はどこから来るのか。
私はそんな事を考える。
窓を開け、
空気を入れ替える。
娼館に来てから、
何度換気をした事だろうか。
一度も、
この鬱屈した空気が変わることはなかった。
窓から外を見ると、
ふと何かと目が合った。
猫……、
私はふと
「ニャー」
と鳴いてみた。
「ニャー」
背中の方から鳴き声がする。
私は振り返る。
そこには、
フォノがいた。
「シルト。お疲れ様」
フォノが言った。
「お疲れ様。さっき猫いたの?」
「私よ。シルト、外の猫に話しかけてたんでしょ」
「そうなの?知ってる子」
「うん。最近やってきた子だと思う」
「そっか……」
「どうしたの?換気して」
「うん……、なんか鬱屈した空気があるなって思って」
「あぁわかる」
「わかる?」
「うん。どういうのかな。ちょっと重く苦しい感じの」
「そう。それ」




