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夜明けの覇王は全裸で絶望を終わらせる~神の加護を脱ぎ捨て奴隷に堕ちた高貴なる化け物の建国譚【第二部 開幕!】  作者: 杜ノ宮紅花
第二章:強制労働場編

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第7話 ここを機能不全にさせようと思う



「――音がする」


 揺れる馬車の荷台で、ノヴァスは耳を澄ました。


 遠くから、カァン! カァン! と、金属と硬い物がぶつかり合う音が聞こえ、次第に大きくなっていく。


狭間(はざま)の領域の夕暮れは長いと聞いたが……なるほど、確かに)


 (ほろ)のすき間から見えるのは、夕日に照らされた林道。

 木立(こだち)がオレンジ色の光で満たされてから、体感で二時間は経っている。


 昼も夜も等しくめぐる光の大陸と違い、ここは夜明けと夕暮れの時間が長い文字通りの〈狭間〉なのだ。


 その紛争地帯の最南端、深い大森林の手前にある――建設中の砦。人の残りかすの集積地とも呼ばれるここが、ノヴァスの新しい居場所だ。


 ガタン、と大きな衝撃とともに馬車が止まる。


「おい奴隷、着いたぞ。さっさと降りろ!」


 荒々しく蹴り開けられた扉の向こう、夕焼けに染まった土埃舞う強制労働場が姿を現した。


 入口側から半分は更地(さらち)が続き、水のない空堀(からぼり)で仕切られている。


 あちらこちらに加工された切り石や木材が積み上げられ、肩を下げた奴隷たちが弱々しく運んでいるのが遠目にも分かった。


 そして最奥には――魔人族領を睨むように、主塔と一体になった黒い城郭(じょうかく)が建っている。


 時折(ときおり)、誰とも知らないうめき声が混ざりあうように風に乗って、汗と血のすえた悪臭がノヴァスの鼻をかすめた。


「……予定にない搬送かと思えば、男の奴隷一匹だけか。上の連中は、紙切れ一枚の管理すら出来なくなったらしい」


 吐き捨てるような低い声。

 短い銀髪の男を先頭に、数人の男たちがノヴァスの前に姿を現した。


 ノヴァスは黙ったまま、彼らの姿を観察する。


 短い銀髪の男は、一人だけ黒いサーコートを着ている。

 胸元に銀糸で縫われた世界樹の紋章と、どこか背筋の伸びた立ち姿が、この陰気な砦には不釣り合いなほど洗練されていた。


 おそらく、彼が看守長なのだろう。


 他の者たちは一様に無骨なギャンベゾン姿。

 看守長含め、みな左腰から革の長鞭を下げている異様さだ。


 銀髪の男は冷たい目でノヴァスを一瞥(いちべつ)すると、興味なさげに鼻を鳴らした。しかし御者から事情を聞くと、あからさまな嫌悪を顔に貼り付け、こちらを睨んで来る。


「おい奴隷。貴様、元貴族だそうだな? 馬車も貸し切り。首枷の色も黄金。奴隷のくせにいいご身分だな」


「……気が合いそうだ」


 ノヴァスはそうつぶやいた。

 この銀髪の男は、こちらが元貴族だと聞いた瞬間に顔色が変わった。


 おそらくこの男も貴族嫌いだと、思わず親近感を抱いたのだ。


 だが、そんなノヴァスの気楽な態度が(かん)(さわ)ったのか、男はさらに眉間のしわを深めてしまう。


「――おっとぉ、手が滑った!」


 バキッ。


 突如、横合いから繰り出された拳がノヴァスの頬に叩きこまれた。

 振りかぶった一撃だったが、軽く、痛みはない。


 並みの攻撃では傷つけられない異質な身体。


 その化け物じみた頑丈さを誇示することもなく、ただ静かに、拳の飛んできた方向へ目を向ける。


 そこには、ニタニタと下品な笑みを浮かべた別の看守が立っていた。理性が飛んだような、加虐心(かぎゃくしん)が顔に現れたような人物だ。


「へっ、女みてぇな無駄に綺麗な顔しやがって。ムカつくぜ。看守長、こいつ加護なしみたいですぜ」


 べろり、と。

 唾液が糸を引いた舌を出し、ポキポキと拳を鳴らしながら、蛇のような目でこちらを品定めしている男。

 先ほどの拳でノヴァスが一切のダメージを負わなかったことには気づいていないようだ。


「よせ、いつも言っているだろう。ここの奴隷はあくまでも貴族の財産。身体機能を損なう恐れのある体罰は禁止されている。規律を乱すな」


「チッ……分かりましたよ」


 銀髪の男――看守長はそう言って、部下である男を止めた。

 そんな彼の意外な制止に、ノヴァスは茶々を入れる。


「へぇ、貴族嫌いなのに貴族が設けた規律には従うのか」


 銀髪の看守長は自己矛盾を突かれ、一瞬固まってしまう。


「……代わりに鞭打ちだ。私がやる」


 彼は冷徹に言うと、ノヴァスをその場でひざ立ちにさせる。


 襟足(えりあし)で結わえた漆黒の髪が巻き込まれぬよう、前に垂らした姿勢をとらせた。

 そして、左腰から下げていた長鞭をほどく。


「看守長、あんたが自ら? へへっ、珍しいこともあるもんだ。おい加護なし奴隷、気に入られちまったなぁ?」


 部下の男がこちらの顔を覗き込み、はやし立てるように言ってから距離をとった。


――バチン!


 間髪入れずに、長鞭が鈍い音を響かせて振り下ろされた。


「どうした、もう終わりか?」


 ノヴァスは淡々と言った。


 手ごたえのなさに看守長は一瞬手を止め、確かめるように鞭を握り直した。


 そして再び、二回、三回と、続けて鞭が振り下ろされる。


 普通の人間ならば、背中に大きなミミズ腫れができあがり、下手をすれば皮膚が裂ける罰だ。しかし――。


「軽いな。鞭を振るとき、腰が入っていない」


 苦しむどころか、ダメ出しをする。

 そんなノヴァスの異常性にようやく気づき始めた看守たちに、動揺が広がり始めた。


「……どうやら、まだ自分の立場を理解できていないらしい」


 看守長は、黄金の首枷をつけた未知の男への動揺を何とか抑えた。

 どうにか屈服させようと、一瞬ためらいながらも新たな命令を下す。


「――服をすべて脱いで捨てろ。貴様にはそのボロ布すらもったいない。路傍(ろぼう)の石だという自覚を持て」


 その刑罰を、周囲の看守たちが汚い嘲笑で歓迎した。


 お前にはボロ布すら許されない。

 そう言われた気がした。


 やかましく手を叩いて喜ぶ、人の尊厳を踏みにじる腐った空気のなか――しかしノヴァスは、眉一つ動かさなかった。


「……脱げと言ったはずだ、石ころ風情が。聞こえなかったか?」


 看守長はただ、冷酷な抑圧を繰り返す。


 しかし「――ちょうどいい」と、ノヴァスは不敵に笑い、静かに立ち上がった。


「少し気が立っていたし、この布、ざらついていて不快だったんだ」


 彼は言いながら、ボロ布に手をかける。



 その瞬間。



 ぶわりと肌を刺すような重圧が空気を震わせ、手の先から青白き燐光がほとばしる。


 光はたちまち、炎の如くボロ布の上を走り、覆いつくした。


 周囲から聞こえていた汚い笑いが、引きつったように詰まる。



 そして青年は、まるで龍の翼を広げるように――それを脱ぎ捨てた。



 バサリと衣擦れの音が響き、青々と燃えゆく布が宙を舞い、(すす)となって空に溶けた。



 残ったのは、人の形をした異質な存在。

 

 襟足(えりあし)の結び目だけを編み、残りを無造作に腰まで垂らした漆黒の髪が、龍の尾のようにひるがえって背負う夕日に浮かぶ。


 捨てられたボロ布が地面に落ちる音すら、その場には響かなかった。


 黄昏(たそがれ)を背に黒く浮かび上がるのは、龍が如きしなやかさの、気品ある戦士の肉体。


 羞恥(しゅうち)など微塵もなく、斜陽(しゃよう)の赤で縁どられたその黒影は、まるで気高さを彫りこまれた古代の彫刻のようだった。



「どうした? お前たちの目の前にあるのは、ただの石ころだ」



 その声は、決して大きく張り上げたわけではない。


 しかし、黒影に爛々(らんらん)と輝く明け空のような紫の瞳と、神性すら感じる堂々たる立ち振る舞いは、一瞬にしてその場の空気を塗り替えた。


 はるか天空から圧し潰す――物理的な質量を伴うような重圧が、看守たちの肺を圧迫する。


 今まさに野次を上げようと手を振り上げていた彼らは、汚い言葉を喉に詰まらせたまま凍りつき、身動きができなくなっていた。


 黄金の首枷から、目が離せない。



「いま思いついた――俺は、ここを機能不全にさせようと思う」



 裸の男が不敵な笑みで、場を支配するように宣言する。


 誰もがその姿に、奴隷ではなく――覇王の幻影を見た。


 その覇気はよどみ腐った空気をなぎ払い、あたりはあり得ないほどの静寂で満たされる。



 だが――看守長だけは、歯を食いしばりながらも、吐き捨てるように鼻を鳴らした。


「……ふん、見かけ倒しだ。ゴミはゴミ。貴族の傲慢さが抜けていない」


 彼はあえてノヴァスを直視せず、背を向けた。


「連れていけ!」


 ノヴァスは強引に立たされ、砦の内部へ進むよう背中を強く押し込まれる。


 同時に、カァン! カァン! と遠くから再びあの音――金属と硬い何かがぶつかり合う甲高い音が響いてくる。


 その音にまぎれ「どうせすぐ泣き言を言って諦める。……貴族など、皆そうだ」と言うつぶやきが聞こえた気がした。







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