第6話 奪われた黒刀、そして強制労働場へ
晴れ晴れしく奴隷となり、強制労働場への送還が決まった。
揺れる馬車の荷台で、ノヴァスは首に感じる重さを確かめる。
(アイサや、今まで助けて来た奴隷たちも、この煩わしい枷に縛られて来たんだな)
くすんだ黄金色の首枷。
アイサが着ていたものと似たボロ布一枚の姿。
左手に巻いていた包帯さえなく、いまだ生々しい傷跡が露わになっている。
――当然、彼の愛刀もない。
命同然の相棒を、あんなクズに預けてしまう失態。
いや、選択の余地などなかったのだ。
ぎりと奥歯を噛みしめ、ノヴァスは目をつむる。
先ほどの、忌々しい光景がよみがえってくる――。
◆
『おおっと、その刀も没収だ』
おびえ混じりに笑いながら、オズワルドはノヴァスの黒刀を指さした。
『何だと……?』
『当然だよなぁ? 奴隷には過ぎた財産だ。私が仕方なく譲り受けてやる』
忌々しいニヤつき顔で、オズワルドは言う。
この黒刀は、ノヴァスにとっては自分の命の次に、いや、命も同然に大切にしている愛刀だ。孤児院で目が覚めた時からずっと、自分と共にあった大切な宝物。
それを奪われると分かった瞬間――ノヴァスは殺気という情念を、世界に叩きつけるようにオズワルドをにらみつけた。
『――ふざけるな。冗談はその醜い生き様だけにしろ』
周囲の音がすべて消え、生きとし生けるものの呼吸が間近に聞こえるような、熱い炎の中に身を任せたかのような感覚。
心のうちから膨れ上がって来た力を、集約し、殺意に乗せて、オズワルドへ放つ。
ぼっと音を立てて、彼の両拳から青き燐光が漏れ出し、乱れた。
大気が、震えた気がした。
『あっ!? ああ、ああああ……!! なななん、なんだ、おおおおまえっ……!! 首枷の魔力封じはどうしたあああ……!!』
オズワルドはまるで龍の牙を前にした獲物のように、腰を抜かし、ずるずると後ずさった。
『この刀は渡さない』
ゆっくりとした動作で、抜刀の構えをとるノヴァス。
青き光に包まれた右手が、愛刀の柄にそえられる。
このとき、いつものように刃を返すという考えすら、彼の中にはなかった。
『ささささっき言ったことを、じじ実行するぞぉ!? それでもいいのか!!!??』
オズワルドの言葉に、はっと我に返ったノヴァスは、ドンっと自分の胸を叩き、衝動を沈めた。にわかに、手を包んでいた青き光が静まる。
無言で黒刀の下げ紐を外し、その場で正座して深く息をする。
やがて、震える手で、相棒を地面に置いた。
しかし、彼の瞳から激しい炎は消えることなく、獲物を見据えるような目でオズワルドを射貫いている。
オズワルドはびくびくしながらも、口角を引きつらせて笑い、地面に置かれた黒刀を手に取った。「ふひっ」という、引きつった笑いが漏れる。
『し、知っているぞ。き、貴様は私に手をくだせない。甚だ理解に苦しむ感性だが、貴様はそういう人間だ。学院でもそうだった。敵に一太刀も浴びせず、そこらに転がってる愚図どもすら、み、みね打ちで気絶しているだけだからなァ!!』
こちらを得意げに指さし、愉悦に満たされた顔で、唾を飛ばしながら叫ぶオズワルド。
そんな彼に答えを示すべく、ノヴァスは黙って立ち上がった。
そして――
『他人への攻撃もろくにできない!! 貴様はただの臆病――もぎゃっ!!』
オズワルドの肥え太った頬に、体重を乗せた右拳を叩きつけ、打ちぬいた。
地面を数回バウンドし、ズザザザザと土ぼこりを舞い上げ、愚か者は通りを流れる運河に落ちた。
ザバァンと子気味よく水しぶきが飛ぶ。
宙に舞い、弧を描いていた愛刀をノヴァスは華麗につかみ取った。
『ぶ、ぶべ……』
運河から這い上がって来たドブネズミが、妙な鳴き声をあげる。
強烈な拳を真っ向から受けた彼の左頬は、風船のように膨れ上がっていた。
『ぎ、きしゃまァ……じょ、どれいのぐぜに』
ノヴァスはずぶ濡れになったオズワルドの前までやって来ると、冷めた目で見下ろした。
『勘違いするな。お前たちがこの刀に値しないだけだ』
彼の黄金色の枷が、太陽の光を受けてきらめく。
『……少しでも汚してみろ。お前を地の果てまで追いつめて、その醜い命を散らしてやる』
低く、しかし、やけに脳に響く声だった。
その異様な覇気に圧倒され、オズワルドの四肢が、産まれたての小鹿のように小刻みに震える。
『必ず取り戻す。楽しみにしていろ』
囁かれたその言葉が、見えない枷のようにオズワルドの心を縛りつけた。
彼は恐怖のあまり、ずぶ濡れで出来上がった股の下の水たまりを、さらに濃くしてしまった。
自分には危害を加えないとばかり思い込んでいた化け物が牙をむいた。
オズワルドは底冷えするような怖気にさいなまれ、再び黒刀を受け取った後は、すぐにノヴァスを強制労働場行きの荷馬車に乗せてしまった。
――そうして現在、ノヴァスは馬車で出荷されている。
先ほど起きた忌々しい記憶を一度呑みこみ、静かに目を開ける。
ノヴァスは自分を待つ苦難に、思いをはせることにした。
「強制労働場、か」
これから送還されるのは、人間族の光の地と魔人族領のあいだにある紛争地帯。
狭間の領域と呼ばれる場所にある、砦の建設現場。
労働力としてかき集められた奴隷たちが、監視のもとで、ろくな休みや食事も与えられずに働かされる絶望の地。世界のゆがみの被害者が、行きつく先の一つだ。
「ちょうどいい……奴隷の体験学習だ」
服も地位も、神の加護さえも、すべて捨てた。
それにも関わらず、夜明けを知らせるような彼の瞳は、待ち受ける絶望を喰らう力強さに満ちていた。
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