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夜明けの覇王は全裸で絶望を終わらせる~神の加護を脱ぎ捨て奴隷に堕ちた高貴なる化け物の建国譚【第二部 開幕!】  作者: 杜ノ宮紅花
第三章:水都の腐った宴編

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第35話 純真な熱意



(……ロイがいれば、蒸発(エグザトミシス)してもらえるんだが)


 ノヴァスは暗緑色の外套を羽織って部屋から出た。首枷を隠すために必要なのだが、当然ながらまだ生乾きだ。肩のあたりがひんやりとして、少し気持ち悪い。


(まあいい……今は少し、身体を冷やすべきだ)


 無自覚にこちらの心を乱して来る先刻の少女の姿から逃げるように、首を振って気持ちを切り替えた。


「ノヴァスぼっちゃん、お出かけですか?」


 ロビーを通ると、宿屋の主が気さくに声をかけて来た。


 相変わらず呼び方が直っていないことに呆れつつ、ちょうど聞いてみたいことがあったので尋ねてみた。


「町のはずれに停まっているあの黒い馬車。あれについて何か知らないか?」


「ああ、あれですか……」


 店主は眉間にしわを寄せ、声を潜めて言った。


「ぼっちゃんもお気づきかと存じますが、あの黒い荷台は大人数の奴隷を運ぶ際に使われるものですね」


「やはりそうか」


「……ここ最近、多いときで三台は停車していましたね」


 店主の言葉にノヴァスの表情も険しくなる。


「いくら何でも多いな……」


 ウェイスエンドで見た裏帳簿の、大量の奴隷取引が脳裏をよぎった。


「ぼっちゃんとうちの総支配人の取り組みについては把握しておりますし、私も実際それで助けられた一生の御恩がございます。ですから……あの荷台を見ると、心がとても苦しくなりますね。何とかしてやりたいのですが」


 奴隷時代を思い出したのか、店主は悲痛な顔で唇を嚙みしめていた。


(そう簡単に消える傷ではないだろうな……)


 ノヴァスは彼の迷いを断ち切るように、きっぱりと言う。


「いや、お前が気に病む必要はないよ。せっかく自由になったんだ、お前はお前の人生を楽しむべきだ」


 下手に首を突っ込む必要はないと、そう忠告したつもりだったが、店主にはよほど心に来たらしい。目をうるうるさせて、興奮し始めた。


「ぼっちゃん……! くぅ~! やはり、あなたには敵いません! そんなあなたの心を射止めた奥様にも、誠心誠意、尽くさせていただきます!」


 大げさに自分の胸をかき抱き、くねくね動く店主。

 だいぶ温まって来たそのノリに困惑しつつ、ここはきっちり否定しておくべきだと判断した。


「あ、ああ。いや。実はあの子は、妻じゃないんだ」


 ほおを搔きながら目をそらし、照れ隠しに苦笑する。

 そう言葉にしっかり出して否定した……はずだったのだが――。


「ははは、ご冗談を。分かってますよ、人から言われると素直になれない時、ございますよね」


 張り倒したくなる清々しい顔で、店主はぐっと親指を立てて来た。

 おそらく、何度否定してもこの調子かもしれない。

 ノヴァスは深いため息を吐いて色々諦めた。


「まあいい。それより、何か美味いものを買えるおすすめの店とかないか? ちょっと出かけて来る」


「それでしたら、大桟橋にある露店区画をご覧になるのがおすすめです。土産屋の他に、屋台もございますので」


「そうか。助かるよ、ありがとう」


「はぅっ! ぼっちゃんからのお礼! 痛み入ります!」


 また大げさにくねくねしていたので、ノヴァスの口から「はは……」と乾いた笑いが漏れたのだった。










 宿を出たノヴァスは、町のはずれ――例の海馬(ヒッポ)がけん引する黒い荷台の様子を見に来ていた。


 黒い金属で造られ、搬入用の扉はカギと鎖で厳重に閉められている。


 遠浅の紺碧のベールで包まれた白い砂地に浮かぶ、汚れのような黒点。

 その異様な存在感は一目見れば記憶に焼きつくだろうが、誰もこれを咎めない。


(……これがまかり通っているのが、光の大陸だ)


 ノヴァスはそっと荷台の側面に触れ、振動を確かめる。

 反応はない。


 耳を当てて集中すると、かすかに、吐息とうめき声が聞こえた。


(さて、どうするか)


 今回は砦の一件とは違う。

 当面の隠れ(みの)となる場所がそもそもないし、ロイたちのような頼れる相手もいない。


 いつもなら、奪う前にトリスと事前の計画を立てて実行していた。


 解放した後に仕事や生活の面倒を見切れない場合、助けた奴隷たちの状況が悪化してしまうことがあったからだ。


 実際、ノヴァスが士官学院一年生の時に無責任に奴隷を奪い、そういう失敗を経験したことがある。


(個人での暴力に秀でていても、こういう時は本当に無力だな……。いずれ、この課題もどうにかしなければ)


 あらためて己の無力さを実感しつつ、諦める気も毛頭ないノヴァスは、一度考えを整理するために大桟橋を目指して歩き出した。


 とりあえず露店区画の屋台で何か買って、ヒナカに届けよう。

 そう思い、思考を巡らせながら町に戻る。


(……あの宿屋は巻き込めない。俺たちは王都を目指す途中で、ミヤビさんの救出を遅らせるわけにもいかない。俺がここに残って、ヒナカだけ先に行かせるか……?)


 いや、と首を振る。


(それは最終手段だ。それなら、奴隷たちも一緒に王都まで引き連れていってトリスの商会へ……)


 目をしかめて、その結論に首をかしげる。


(道中の食事はどうする? それに、王都へ売られる奴隷たちを、わざわざその危険地帯に連れて行くのか? ないな)


 考えれば考えるほど手詰まりな状況。


(ダメだな……何か、突破口になるヒントはないだろうか)


 眉間を強張らせたまま歩き、気づけば大桟橋に着いていた。

 他の区画よりも大きな桟橋の目抜き通りには、さまざまな屋台や土産屋が軒を連ねて賑わっている。


 人々が行き交う流れに乗り、歩を進めた。

 聞こえて来る会話の海から、ノヴァスはヒントを得ようと集中する。


 そして、とりとめもない商売の喧騒から、小さな兆しを得た。


(……雇う。協力。……そうか。すぐ独りで何とかしようとするから行き詰る。俺の悪い癖かもな)


 自嘲するように笑い、さらに閃きを得るため耳を澄ました、その時。

 横合いから誰かが言い争う声が聞こえて来た。


「彼らを言い値で買います! ですから、解放してください!」


 ノヴァスの足が自然と止まる。彼らを買う、という表現が引っ掛かった。


 見れば、酒屋のテラス席で一人飲んでいた大男に、若い男が詰め寄っていた。ノヴァスとそう歳は変わらない風体で、商人を思わせる服装の青年。


 周囲の人間が思い思いの料理や酒を楽しむなか、彼だけは必死の形相で浮いていた。


 一方で、いかにも荒くれ者と言った雰囲気の大男は、面倒臭そうにしっしっと、その若い商人を煙たがっている。


「あんたもしつこいね。あの荷は王都の商人が買った商品だ。ここで御者の俺にそんなこと言われても困るんだって」


「で、でしたら私の身を担保に! ここで彼らを解放しましょう。その後の交渉は、あらためて後日、王都へ行って詰めれば良いんです」


「はあ、参ったな……」


 必死に食い下がる黄色い瞳の若い商人。

 意外にも、無理を通そうとしているのは彼のようだ。


「何か揉め事ですか?」


 ニコニコと余所行きの微笑みを浮かべながら、ノヴァスは二人に声をかけた。

 突然、見知らぬ第三者が現れたことで、二人ともこちらを驚いたように見ている。


「ええと、言い争っていたようですから――ほら、店主さんが困惑していますし、止めたほうが良いかなと」


 そう言って、酒屋の屋台を目で示す。

 視線の先には、何か言いたげな様子で腕を組み、「んんっ!」とわざとらしく咳払いをする店主がいた。


 静かにしろということだろう。


「……確かに。すまんな。ほら、あんたも、店の迷惑になるんだからいい加減にしなって」


 意外にも大男の御者は理性的だった。


「し、しかし……」


 黄色い瞳の若い商人は、煮え切らない様子で引き下がることを躊躇する。


「大体、あの荷の中身はあんたにとって他人事だろう?」


「ええ。ですが、やはりこんなの間違っている……」


「気持ちは分からんでもないが、そういう社会なんだ。諦めな。商人の若造一人にゃ何もできないさ」


 大男の御者は最後にそう言うと、ぐいっと飲み残していたエールを一気に煽る。

 そのまま席を立つと、話は終わりだとばかりに手をひらひらさせて去って行ってしまった。


「ボクは……」


 思いつめる若い商人が独り残された。

 彼に少しの共感を覚えつつも、ノヴァスは慎重に声をかけた。


「察するに……あの黒い馬車のことですか?」


「ええ、まあ……。奴隷を積んだ馬車です」


「奴隷、ですか」


 あくまでも事情は知らないと偽って、会話をうながす。


「失礼ですが、あなたは?」


 こちらを訝しむような黄色い瞳が向けられる。

 その目は驚くほど透き通っていて、白い髪によく合っている。


 耳の上で綺麗に切りそろえられた彼の髪型は、こういっては失礼かもしれないが、美しい毒茸の傘のようだった。


「俺は旅の者です。地の国からウェイスエンド経由で、王都パラロスへの観光ついでにここに立ち寄ったんですが、はは、まさか遠浅街道とやらがこんなに大変な道とは知らず」


 いやぁ、お恥ずかしいと笑いながら、右手を後頭部に当てる。


「ああ、なるほど。地元の人間でこの街道を徒歩で越えようとする人はいませんからね」


「はは、まあこれも旅の醍醐味です。あなたは? 見たところ、商人のようですが」


「私はポイマン・アンドレス商会のベレロと申します。以後、お見知りおきを」


 思いがけない商会名を名乗り、ベレロと名乗った青年は丁寧に腰を折って礼をした。


 一瞬、虚を突かれて余所行きの仮面がはがれそうになるが、何とか持ちこたえる。

 ノヴァスは盟友の商会名を名乗った若い商人を、あらためて観察する。


 黄色い瞳は純真さに満ちており、悪徳商人特有の利益を見据えて値踏みするような含みは感じない。


 どちらかと言えば、信じる者は救われると、本気で思っている敬虔な神官の眼差し。そこに若い熱意が乗った目だ。


「ポイマン・アンドレス商会と言えば、一月ほど前確か……ええっと」


 わざと言葉を濁し、カマをかける。


 その名を騙って利用しようとする野良商人は絶えないが、彼が本物なら総支配人の動向くらい分かるだろう。


 するとベレロは「一月前……」とつぶやき、何か思い至ったように顔を上げた。


「そういえば、総支配人がエインズブールへ遠征してましたね。もしかして、そこで何か?」


 ノヴァスは、あえてトリスの名前を出すことにした。


「ああそうです、エインズブール。もしかして、あのトリスさんは総支配人だったのですか?」


 ぽんと手を叩き、にこりと微笑する。

 当然だが、トリスは約束通りアイサを故郷へ送り届けていたようだ。


「おや? やはりお会いしたんですか」


「ええ、酒場で話が合いましてね。色々と面白い話を聞かせて頂いたんです――ああだから、奴隷、ですか」


 わざとらしく話題を戻して誘導する。


「ええ……そうなんです。トリス総支配人の真似をしてみようと思ったのですが、上手く行かないものですね」


 さびしげに笑うベレロに、ノヴァスはニヤリと笑い掛けた。

 その表情の変化を見たベレロは首をかしげた。


 彼には悪いが、この機会は利用させてもらおう。


「じゃあ――助けましょうか。奴隷」


「は、はい? えっと、話が見えないのですが……」


 ベレロは人好きのする驚き顔で、その黄色い瞳を大きくさせたのだった――。







ちょっと考えをあらためて、明日から週1くらいの不定期更新となります。

よろしくお願いいたします。

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