第29話 誰がために体重は増える
早朝に宿屋を出たノヴァスたちは、ひとまず最初に市場を見て回り、保存の利く当面の食料や旅で必要になりそうな道具を一通り購入した。
そして今、人目のない裏路地で荷物をヒナカに仕舞ってもらったところだった。
大荷物は無理だが、彼女の浄衣の袖口を通る物なら何でもするすると亜空間に保管されてしまう。〈袖隠し〉という能力らしい。
不思議に思って容量の制限はないのかと聞くと、制限がない代わりに入れた物の重さの半分、自分の体重が増えると恥ずかしそうに言った。
「つまり10キロ分の荷物を入れたら、ヒナカが5キロ重くなると……」
「わ、わざわざ言わなくていいから!」
いわく、増えた体重分、動きづらくなるらしい。
「着替えてしまったらどうなるんだ? 話しを聞いた限りじゃ、その浄衣――袖口ありきの力だろ?」
「おっ、いい質問だねぇ」
荷物を入れ終わったヒナカがニヤリと笑う。
「袖がないと使えません!」
潔い告白だった。
そしてノヴァスは腑に落ちたようにうなずく。
「じゃあ、服屋は行かなくても――」
そう言いかけたが、ヒナカが待ったをかけた。
「ダメダメ、行かなきゃ」
きっぱりと言う彼女にノヴァスは疑問を呈した。
「なぜだ?」
「だってあなた、どうせまた服を台無しにする気がするから」
じとっとした目を向けてから、すぐにふふっと微笑んできた。
「予備の服とか靴、買っておかないと」
人差し指を立ててお説教するように言う彼女は、どこか楽しげだった。
当初の目的である情報収集もそろそろ始めないといけないが、ノヴァスはまあこれはこれでいいかと、ヒナカの先導で服屋を目指したのだった。
◆
「わたし、古着屋でも怪しまれるかな?」
黒い外套の太っちょモードのヒナカが言った。
二人は中央通りから外れた、庶民的な商店街の古着屋の前にいる。
少し古びた外観のレンガ造りの店は、客は見当たらないものの、日常的に街の人々に親しまれているだろう空気感があった。
そこに全身を外套で隠した自分が入ったら悪目立ちするのではないか、そう思ったらしい。
「身分提示が必要なわけでもないんだ。堂々としていれば、案外大丈夫だろう」
ノヴァスは安心させるように言って、ヒナカを引き寄せた。
「宿屋で勘違いされたなら、ここでも通用するはずだ」
と言って、あわあわと心の準備が出来ていなさそうな怪しい格好の身重の妻(仮)をエスコートし、店に入った。
小ぢんまりとした店内には、たくさんの古着がハンガーで掛けられ、ぎっしりと陳列されている。
清潔な石鹸の香りが漂い、商品の管理がしっかり行き届いていることを物語っていた。
「いらっしゃい――おや、旅のご夫婦さん?」
すぐに店主のおばあさんが声をかけて来る。
「ええ。服を何着か、見繕いに来ました」
ノヴァスはいい笑顔を作って話に乗る。すたすたと、ヒナカを抱き寄せながら迷いなくカウンターに向かった。
怪しさを消すために、ヒナカの顔が見える位置まで近づき、店主に目撃させる。
ヒナカはされるがままに、カチコチに固まっていた。
フードの下から垣間見える、美しい赤紫の瞳と透き通った肌、桃色の小さな唇、そしてふわりと緩く跳ねた深栗色の髪の毛。
店主のおばあさんは、ヒナカの顔を見た瞬間、驚きで目を見張る。
「まあ! とても綺麗な奥様……! ふふ、旦那様が隠したがるのも無理はありませんね」
店主は嬉しそうに手を合わせて言うと、「自由に見てくださいな。何かあればご対応します」と微笑んだ。こちらを警戒する様子はない。
ノヴァスは「ありがとうございます」と言って簡単な挨拶を済ませると、ヒナカを解放した。
「じゃあ、見てみるか」
「ウ、ウン……ミテミル」
思考停止状態だったヒナカが、片言のように繰り返した。
ノヴァスは彼女の様子にふっと小さく笑いながら、それぞれ、思い思いの商品を手に取って見て回る。
ヒナカは徐々に緊張が解けていき、いつの間にか食い入るように品定めしていた。左手にはすでに何着か男物の服をぶら下げており、今はブーツを見ている。
(おっと、そういう問題もあったか)
ヒナカが手を伸ばして商品を見るたびに、外套の前がはだけて浄衣や特徴的な袖口が見え隠れしてしまっていた。
ノヴァスは何気なく立ち位置を変え、店主の視界に彼女が映り込まないようにする。
店主のおばあさんは仕入れた古着の修繕をしていたので、幸いにも気づいていないだろうが、情報収集も兼ねて話しかけてみた。
「この街には初めて来たのですが、中央通りの商会の建物は見事ですね」
店主は顔を上げて穏やかに笑う。客とのおしゃべりは好きなのかもしれない。
「第一商会のことですね。あそこは各国の商会とも取引があるこの街一番の大手ですから」
「ほお、商会長はさぞ忙しんでしょうね」
「ええ、いつも飛び回ってこの街には滅多にいないらしいですよ」
私は場末の古着屋なので、小耳にはさんだ話ですけれど。と、店主は付け足した。
「ふむ、あのような立派な商会を仕切るのはどのような御仁か、一目見てみたかったのですが……仕方ありませんね」
そうつぶやくノヴァスの言葉に、何かを思い至ったのか、店主のおばあさんが何気なく言った。
「仕切ると言えば……実際、あそこを切り盛りしているのは商会長ではなく、サミュエルさんですね」
「サミュエル?」
ノヴァスは聞き逃すまいと、店主の言葉に集中した。
「ええ。商会長は一所にいないお人ですから、第一商会のあの建物を管理しているのはサミュエルさんという財務責任者の方です」
財務責任者。
さっそく当たりの情報を引き当てたことで、ノヴァスは外套の下の拳をこっそり握る。
「へぇ、そんな方が。出来ればお会いしてみたいものですが……」
「私も遠目に一度見たことがあるくらいなんですよねぇ。場末の古着屋からすれば、雲の上のような方です」
「なるほど。まあそもそも、私のような風来坊が面会を望んでも、会うこともできないでしょうが」
冗談交じりに言って、店主の笑いを誘う。
旦那様も素敵で、奥様とお似合いですよ。と、店主が返し、話が落ち着いたところで話題を変えた。
(これ以上の詮索は、さすがに変に思われるだろう)
そう判断して、カウンターそばの棚に積まれていた商品――撥水蝋を手に取った。
店に入った時から目星をつけていたその商品は、水色の蠟燭のような見た目をしていて、服やブーツに塗り付けると防水効果のある魔力をまとわせることができる。
「これを一つお願いします。それから――」
ヒナカの様子はどうだろうと振り返ると、彼女はちょうど両手いっぱいの山のような服を抱えてこちらへ向かってくるところだった。
腕からぶら下げているズボンが、上手く彼女の浄衣の袖を隠していた。ヒナカなりのカモフラージュかもしれない。
「か、買いすぎかな? あっちにあるブーツもお願いしたいです。さ、サイズとか、履いてみないと分からないし」
服の山の横から顔を出し、照れたように言うヒナカ。
ノヴァスと店主のおばさんは、そろって目を点にして一瞬言葉に詰まったあと、彼女の言動にくすりと清々しい笑みをこぼした。
結局すべてを買って店を出たのだが、体重が増えることを言及すると、「誰のためだと思ってるの」とジト目を向けられてしまったのだった――。
ご読了ありがとうございます!
ブックマークに追加での応援、よろしくお願いいたします。
4 / 12(日)まで毎日2話更新となります。
【8:03】【13:03】
【タイトル変更のお知らせ】
今作のタイトル『全裸の覇王は加護なしを喜んだ』を以下の通り一新いたしました。
よろしくお願いいたします。
『夜明けの覇王は全裸で絶望を終わらせる~神の加護を脱ぎ捨て奴隷に堕ちた高貴なる化け物の建国譚』




