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夜明けの覇王は全裸で絶望を終わらせる~神の加護を脱ぎ捨て奴隷に堕ちた高貴なる化け物の建国譚【第二部 開幕!】  作者: 杜ノ宮紅花
第三章:水都の腐った宴編

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第28話 のぞきの機能不全


「こ、ここ、このベッド。継ぎはぎシーツだけど、ちゃ、ちゃんと綺麗だねっ。他の家具も、うんうん、大丈夫そう!」


 案内された部屋に入るやいなや、ヒナカは入口の壁際に配置された藁のダブルベッドに駆け寄った。努めて明るく、いつもより早口になっている気がする。


 その勢いのままに外套を脱ごうとしていたのでノヴァスは手で制した。

 そして、しーっというように、人差し指を顔の前に立てて沈黙をうながす。


 彼は耳を澄ませて宿屋の主の気配が近くにないことを確認すると、部屋の壁という壁を入念に調べ始めた。


「ノヴァス?」


 首をかしげるヒナカをよそに、彼はやがて開閉式の窓の横に飾られていた目の粗いタペストリーの前で立ち止まる。


「やっぱりあったか」


 確信を持って言いながらタペストリーをめくり上げると、そこには小指の先ほどのごく小さな穴が開いていた。ちょうど、入口側のベッドの様子を観察できる位置関係だ。


「それって?」


「のぞき穴だ」


「ええ……?」


 ヒナカが困惑と呆れ混じりに、ジト目になる。


「それと、あの天井ランプ」


 ノヴァスが視線を天井へ向けた。

 ヒナカもつられるように見上げる。


 そこには、日輪の外側のような弱い光を放ち、部屋をほのかに照らすガラスランプが目立っていた。

 〈光石〉でも組み込まれているのか、火を使わずに光り、夜が来ても完全な暗闇にはならない常夜灯。


 一見、親切なようで、客の手では消せないようになっている。


「この宿の設備にしては高価で浮いている。おそらく、夜でものぞけるようにするため……そして、外の光が透けて穴の存在がバレるための対策ってところか」


 ノヴァスはそう言いながら、開閉式の木製窓を開け放ち、蓋を備えつけの棒で固定する。

 外は大人一人が通れるくらいの隙間しかなく、隣家の古びた木壁で日の光がさえぎられていた。


「うわぁ……あの店主さん、イイ人に見えたのに」


 ジト目のまま、あきれ果てたようにヒナカがこぼす。


「あの状況でのイイ人の商人というのは、本音を隠しているものだ。ヒナカ、紙とペンを出してくれないか」


「あ、うん」


 ノヴァスはそのあいだにシーツを引っぺがし、のぞき穴の視界に入らない位置で藁を積み直してベッドを移動させた。そして、備えつけの椅子の背もたれで穴の視界をほとんど遮断する。


「ま、これで問題ないだろう」


 ぱんぱんと手を払って一息つく。


「のぞき、ダメ」


 そう言った彼女から紙とペンを受け取り、さっと文字を書いて見せた。


【聞かれたらまずい会話は、筆談でしよう】


 ヒナカはたちまち、わくわくしたような表情を浮かべ、受け取った紙に返答する。


【交換日記?】


「必要な時だけで良いんだぞ。声に出しても問題ないことまで書く必要はない」


 ノヴァスが笑い混じりに言うが、ヒナカは構わず続行する。


【秘密のやりとりみたいで楽しいよ?】


 書いていることは軽いが、彼女の文字はとても格式高い達筆だった。

 そのちぐはぐさにノヴァスは驚いてしまうが、咳払いをして誤魔化す。


「紙がもったいないぞ」


【じゃあ本題なら良いよね! どうやって帳簿の管理してる人、見つけよっか?】


 ノヴァスはふっと微笑むと、紙とペンを受け取り、さらさらと書き綴る。


【まずはこの街の店を一通りめぐって、それとなく店主に訊いて回ろう。夕食は酒場で。ここでも情報を拾える。ただし、昼も夜も、あまり目立たないように注意だ。今の俺たちは街中に立ってるだけでそこそこ目立つ】


 書かれた文を読んだヒナカの顔がたちまち明るくなる。


「了解です!」


 やる気に満ちていたが、おそらく店を回るという部分が琴線に触れたのだろう。

 大きな耳をぴんと立て、尻尾がぶんぶん揺れている。その反動で、黒い外套がばさりばさりと揺らめき、いつの間にか太っちょモードが解除されてしまっていた。


 変装のことはすっかり頭から抜けているようだった。


「まあ、無駄に気張っても疲れるだけだ。明日からしばらく、情報収集だな」


 ヒナカの呑気な様子に、ノヴァスの肩の力も程よく抜けた。

 二人は外套を脱いで壁に掛け、ヒナカはベッドに、ノヴァスは窓辺の椅子に落ち着いた。のぞき穴の視界は相変わらずさえぎっている。


 開け放った窓からは意外にも路地の悪臭ではなく、街道の草原の香りを乗せた空気が入ってくる。


 昼下がりの陽気もわずかに感じられる。


 胡散臭い店主の安宿にしては、上出来なのどかさだ。

 ようやく気が休まった二人のあいだに、心地いい静寂が訪れる。


「じゃあ、次!」


 と思いついたように言って、ヒナカは再び筆談に興じた。


【寝るとき、どうしよっか?】


 書くまでもない意外な質問だった。


 声に出せばいいのにとノヴァスはヒナカを見たが、彼女はどこか照れくさそうに頬を染め、視線は窓の外へ向いていた。


【俺は床で寝るから、大丈夫だ】


 と、ノヴァスは何の気なしに書いて返答した。

 すると、何やら不服だったのか、彼女はむっとした表情で走り書きする。


 書き終わった紙をぐいっとこちらの胸に押し付けるようにすると、彼女はそのまま藁ベッドに横たわり、背をこちらに向けた――わざとらしく半分のスペースを空けて。


 ぺしっ、ぺしっ、と深栗色の尻尾がベッドを叩いている。


 猫か? と思わず内心でツッコミを入れたノヴァスは、押し付けられたメモ書きに視線を落とした。


【疲れ取れないよ? 広いんだから、気を遣わなくていいのに】


 ぺしっ、ぺしっ、とここに寝ろと言わんばかりの尻尾を見て、ノヴァスは苦笑したのだった――。









 その真夜中――。


 ノヴァスとヒナカが就寝した頃合いになって、宿の外壁を伝う一人の怪しい人影があった。

 あたりは暗闇に包まれ、夜の静寂に包まれている。


 大人が一人やっと通れる家屋のあいだを慎重に通り、その男――宿屋の主は、のぞき穴を目指した。


 奇妙なことに、今夜は穴から漏れ出る光が弱かった。


「んん?」


 本来なら〈光石〉を組み込んだ部屋の常夜灯の明かりが外に漏れ出ているはずだった。

 しかし今日は、穴の場所は辛うじて分かる程度には光っているが、いつもより暗い。


 宿屋の主は疑問を抱きながらも、はやる気持ちを抑えられず、そのほのかな光を目指す。


 その姿はまるで、ランプに集まる害虫のようだった。


「ひひっ、さぁて。何か面白いことしてねぇかなぁっと」


 これは、彼の趣味だった。

 そして商売でもある。


 娯楽として自分が愉しみつつ、商売として情報を売る目的もある。一石二鳥の悪趣味。

 それが、ワケありな旅人へ宿を提供し、夜の姿をのぞくという行為。


 今日、宿にやって来た二人組も、彼のお眼鏡に叶う胡散臭さの塊だった。

 黒髪の男のほうはともかく、外套ですっかり全身を隠していた妊婦のほうは絶対に何かある。


 どこか有名な商人の娘か、追放された貴族の娘か、もっとすごい何かか。

 考えるだけでワクワクする。これが冒険というものだ。と、宿屋の主はゴクリと喉を鳴らす。


 そして、極上のネタを期待しながら、のぞき穴に片目を押しつけるようにしたのだが――。


 何かが視界を遮り、部屋の中が見えなくなっていた。


「……なんだ? 見えないぞ、くそ」


 ぐいぐいと壁に顔を押しつけて苦心する宿屋の主の耳に、壁の向こうからまどろみ混じりの声が届いた。


「んふぅ……せなか、あったかぁい……うぇっへ……うぇへへへへっ……」


 幸せそうだが、アホっぽく、うら若き乙女にあるまじき締まりのない笑い声。


「チッ……仲良く添い寝か? 腹立つ」


 腹に据えかねた宿屋の主は、せめてその間抜け面を拝んでやろうと細い棒を取り出して壁の穴に通した。


 ごくまれに、察しのいい旅人が穴に詰め物をして防ごうとしたことがあった。それ以来、その対策として道具を用意していたものだ。


 だが、懸命に棒を穴に通しても何かに突っかかり、上手くいかない。


 穴から見える視界は相変わらず暗闇のまま。

 しばらく悪戦苦闘を続け、しびれを切らした宿屋の店主はついに棒を力任せに突き入れた。


 ガタンッという、家具のズレる大きな音が鳴ってしまう。


「やべっ……!」


 宿屋の主の判断はとても素早かった。


 急いで家屋のあいだから抜け出し、宿の扉をそっと開けて中に入り、受付に座って読書をしているフリをする。


 ちりちりと、静寂の中、小さなランプの芯が燃える音が鳴る。

 じっと様子を見て、何事も起こらないことに、宿屋の主はふうっとため息をついた。

 今日はもう諦めよう。


 宿屋の主は潔く撤退の判断を下し、眠りについた。


 翌朝。

 寝不足でまぶたの重さを面倒に思っていると――。


「のぞきは止めたほうがいいよ、おじさん」


 面と向かって、例の妊婦が真正面から釘を刺してきたのだ。

 昨夜のアホみたいな寝言の張本人とは思えないほど透き通った顔をしていて、男は思わず見惚れてしまう。


 しかし、傍らにいる黒髪の男から冷徹な目を向けられたことで、気の迷いは一瞬で心の奥に逃げ込んでしまったのだった――。







 ご読了ありがとうございます!

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 4 / 12(日)まで毎日2話更新となります。

 【8:03】【13:03】


【タイトル変更のお知らせ】

今作のタイトル『全裸の覇王は加護なしを喜んだ』を以下の通り一新いたしました。

よろしくお願いいたします。


『夜明けの覇王は全裸で絶望を終わらせる~神の加護を脱ぎ捨て奴隷に堕ちた高貴なる化け物の建国譚』



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