第26話 二人旅
「――突然ですが、わたしの力を教えてあげます!」
「どうした。藪から棒に」
砦の強制労働場を離れ、あたりが薄暗くなり始めた頃、ヒナカが突然目の前に躍り出てきた。
えへん、とでも言うように大きな胸を張り、深栗色の尻尾もふわりふわりと得意げに揺れている。
「見ててね?」
彼女は人懐っこく言うと、純白の浄衣の――左の袖口に手を突っ込んだ。
そうして次の瞬間に引き抜かれた彼女の手中には、木製のお玉が握られていたのだ。
「どう? すごいでしょ!」
まるで聖剣を掲げる勇者のように、お玉を天に向けるヒナカ。
丸い先端が夕暮れを背景に後光を放っている。
ノヴァスは思わず、顔をそらしてぶふっと笑ってしまった。
「なっ! ちょっと! 何で笑うの!」
「い、いや、すまない。突然何をするのかと思ったら、お玉を取り出したものだから驚いてしまってな」
むーっと、どこか不満げに膨れているヒナカに構わず、ノヴァスはあらためて彼女の力に着目する。
「砦で手当てをしている時も思ったが、やっぱり荷物を取り出せる力があるのか。……透明化といい、すごいな」
「でしょ? 妖狐族でもこれができる人、ほとんどいないんだ」
ノヴァスは「ほお」と感心したようにうなる。
「実はお鍋も出せます!」
調子づいたヒナカが、しゅばっと小さな鉄鍋を取り出す。
これで剣と盾がそろった。
ヒナカは一通り満足したのか、それらの剣と盾を近くにあった原っぱにいったん置き、羽織っていた黒い外套を脱いで広げた。そこに次々と調味料が並べられていく。
「お味噌とー、塩とー、砦でくすねて来たはちみつと、食材を整える調味料はけっこうあるよ。干し肉もあるから、食べられそうな野草と合わせれば簡単なスープなら作れるね。へへっ」
明るくもしたたかさを感じる彼女の姿に、ノヴァスの口元がゆるんだ。
「つまり、そろそろ休もうって?」
「バレたか」
いたずらっぽく笑い返された。
ノヴァスは「ふむ」と周囲を観察する。
見通しのいい草原と、水の国方面から流れて来る小川。
その川辺には、街道側からの人目を忍べそうな低木の密集地もあった。
彼自身、日も暮れそうだからぼちぼち野営を提案しようとかと思っていたところだった。
「いい場所を選んだな」
「もっと褒めて良いんだよ?」
ヒナカはドヤ顔で腰に手を当てた。
「頼りになる相棒がいて心強いよ。あっちへ移動しよう」
ノヴァスはヒナカの明るさに顔をほころばせながら、彼女の肩をぽんと叩き、低木の密集地へと歩き出した。
だが、しばらく進んだところで彼女のついてくる気配がないと気づく。
不思議に思って振り返ると、ヒナカはその場に立ち尽くしていた。
夕焼けのせいか、彼女の頬は赤く染まっているように見える。
浄衣の袖山まで大胆に裁断され、やわらかな肌が露になっている肩口。ノヴァスが触れたその部分を、大切なものに触れるように、そっと手で包み込んでいた。
「どうした? 固まって」
彼女の様子を訝しみ、問いかける。
「あ、えっと、ごめん! 今行く!」
ヒナカは、はっと我に返ったかのようにすると、微笑んで駆け寄って来た。
その後、二人は手慣れたように野営の準備をして簡単な夕食を済ませると、早めに就寝した。
夜番を買って出たノヴァスは、自分の尻尾を枕にしながら外套にくるまって眠る少女を眺めていた。
そう歳は変わらないだろうが、笑った時にまだあどけなさが残る、明るい少女。
(……会ったばかりのはずなのに、どんどん距離を詰めて来る。だが、それが別に嫌じゃない。妙に、安心する)
ここまで気を許せる相手と一緒に過ごすのは、ずいぶん久しぶりだ、と。ノヴァスは、くすりと笑いながら満天の星空を見上げたのだった――。
◆
それから数日の旅路を経て――。
草原に縁どられた土と砂利の野道が、石畳の街道へと入れ替わる頃、その街は見えて来た。
交易の街ウェイスエンド。
地、水、火の三大国へ繋がる交易路を有し、狭間の領域の各方面へ向かう人々が集まる要衝の一つ。
人間族の地――光の大陸の東端に位置するその街は、広がる青空の下、太陽の明るい光に照らされている。
「あれがウェイスエンドか」
ノヴァスがそう言うと、隣を歩いていたヒナカが嬉しそうに駆け出した。
「ノヴァス! ノヴァス! 見て、馬車があんなにいっぱい集まってるよ!」
彼女が示す先、街の入口周辺には、各地からやって来た商人たちの荷馬車がいくつも停留している。
ノヴァスはふいに立ち止まり、目を伏せて考え込んだ。
こちらの様子に首をかしげたヒナカが、たったっと小走りで戻って来て、顔を覗き込む。
「どうしたの?」
「……検問」
ぽつりとつぶやいた。
ヒナカも「あっ」と今気がついたかのように声を上げる。
「狭間の領域の、それも人間族が多い交易の街だ。門番から身分の確認と、身体検査が入るだろうな」
そう言ってから、ノヴァスはまじまじとヒナカを見る。
「な、なに?」
大きな狐耳、先っぽが白いもふもふの尻尾、そして光の大陸ではまず見かけない、青紫の刺繍や水引きで彩られた純白の浄衣。
街には奴隷じゃない狭間の民も普通にいるはずだ。しかし、だからと言って街の人間がヒナカに友好的とは限らない。隠すに越したことはないだろう。
特に浄衣は……見られれば、魔人族領から来た者だとすぐにバレる。
「そ、そんなに見られると、て、照れるな~、なんて……」
胸の前で両手をすり合わせて、しょざいなげにもじもじする彼女に、ノヴァスは自分の外套の首元をぐいっと引っ張って見せた。くすんだ黄金色の首枷は相変わらず光を鈍く反射していた。
「俺は奴隷の首枷付き。外套で隠せない検問で引っかかるな、間違いなく」
「あ~、きっと目立つよね、わたしたち。身分も住所不定無職だし」
ヒナカは気を取り直したのか、うんうんと現状を正確に表現した。
「街に入れさえすれば何とかなるが」
ノヴァスは暗い緑の、ヒナカは黒い外套を、それぞれ羽織っている。
商人をはじめ、冒険者やならず者など、色んな人々がいる場所だ。街中ではヒナカにフードを被ってもらって、外套の前も締めて目立たないようにすれば問題ないだろう。
「問題は、検問をどうやって潜り抜けて街に入るか、だ」
ノヴァスは懐から小ぶりの革巾着を取り出して見せる。
ちゃりちゃりと、金属がすり合う涼しい音が鳴った。
「砦の運用資金から分けてもらった路銀にも限りがある。賄賂……は、リスクが高いな」
悩んでいると、ヒナカがふっふっふとわざとらしく笑った。
「ノヴァスくん、わたしが誰だか忘れたのかな?」
いたずらっぽいジト目がこちらを見て来るが、一方でノヴァスはしらっとしたジト目で返す。扱いがこなれて来た。
「透明化だろう? 確かに有効だが、一人だけ透明になれてもむぐっ――」
言いかけたノヴァスの唇に、小さな人差し指がぐいっと押し当てられ、言葉が止まる。
ヒナカは少し頬を赤くしながら、ニコッと、笑いかけて来た。
彼女は黙ったまま、ちょいちょいともう片方の手で下を示す。
(下を見ろということか?)
意図は分からなかったが、言われるがままにすると――。
ノヴァスは、驚きで目を見開いた。
自分の両手を確認しようとしたが、両手はおろか、そこにあるはずの身体が透けて消えていた。
「まさか」
「ぷはぁっ……はあ、はあ~。二人はやっぱりキツいや」
息を止めていたヒナカが呼吸を再開し、ノヴァスの唇から人差し指が離れた。
身体が元通りに、そこに在る。
これが意味するところはつまり。
「これなら、街に入るのも楽ちんだね」
屈託のない笑顔を向ける相棒をノヴァスは頼もしく思いつつ、頭の中に透明化を利用した手っ取り早い策が浮かんだのだった。
第二部スタート! ご読了ありがとうございます!
4 / 12(日)まで以下の日程で毎日2話更新となります。
【8:03】【13:03】
ブックマークに追加での応援、よろしくお願いいたします。




