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夜明けの覇王は全裸で絶望を終わらせる~神の加護を脱ぎ捨て奴隷に堕ちた高貴なる化け物の建国譚【第二部 開幕!】  作者: 杜ノ宮紅花
第二章:強制労働場編

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第24話 夢の宴



「うーん、やっぱりちゃんとしたお皿はないか~。……あ、これ欠けてる。こっちは……うへぇ、カビ臭い」


 夕日が差し込む砦の厨房にて、埃をかぶった棚という棚をひっくり返し、狐っこが眉を八の字にしてこぼした。


「そうねぇ、錆びてないお鍋があっただけでもありがたく思いましょ」


 ハリエットがピンクブロンド髪をポニーテールに結わい、前向きに言った。


 二人をはじめ、厨房に集まった女性陣はみなエプロンを着込み、これから宴のための料理を仕上げようと取り掛かっていた。


「ポタージュはハリエットさんに任せるとして、他に作れるとしたら……」


 狐っこはつぶやきながら、壁際の仮置き台に積まれた山のような食材を見て考え込む。そこには狩猟採集で得たものはもちろん、倉庫の奥から引っ張り出した塩や小麦もあった。


「お肉は串焼きと……石で挟んで焼けばパリパリになるし、香草に包んで灰焼きもアリ……ネズの実も臭い消しに使うとして……小麦は練って少し寝かせて……あとは、心祝の木(ハイペルシー)の実……木苺のジャム……よし、デザートもイケそう!」


 うーんうーんと、考えをめぐらせるたびに、彼女の大きな狐耳が折れたり、ぴんと伸びたり、忙しなく動いていた。


 その様子を微笑ましげに見つつ、感心したようにハリエットが言う。


「狐ちゃん、お料理もけっこう詳しいのね?」


「うん、ちっちゃい頃から色々作るのが好きだったんだ」


「やっぱり?」


「そういうハリエットさんこそ。その手捌き、お料理のお仕事してたでしょ?」


 ハリエットの手元で繰り広げられる見事な包丁捌きに、狐っこが感嘆の声を上げる。


 炉の火加減を見ながらも、流れるように食材を切り分け、下処理をしていく。

 明らかに素人ではないハリエットの姿は、厨房の女性陣の羨望の的になっていた。


「昔、料理人だったの。だから今日は、美味しいもの、たくさん作らないとね!」


 森での採集の時に見せた悲しげな顔はどこかへ吹き飛び、生き生きとした表情で彼女は言った。


 思わず嬉しくなった狐っこは、込み上がる感情を抑えられなくなって大きな尻尾を揺らす。


「そうだね! いっぱい作ろう! みんなで、美味しいもの……へへっ――わっ」


 そんな彼女の尻尾に、誰かが思いっきり抱き着いた。


「んー、もふもふぅ。いいなぁ」


「ちょ、ちょっとエルナちゃん。危ないってば」


「ごめんごめん、あんたに抱き着くとすっごく心地いいから、ついね」


 振り返ったそこには、ニカッと笑うエルナがいた。

 彼女は尻尾に抱きついたまま、ハリエットに視線を向ける。


「ハリエット姉さん、張り切ってるね」


「ふふっ、あなたもね」


 吹っ切れた明るい顔で、二人は互いに穏やかな視線を交わす。

 そこへ、厨房の入口から若い男の声が掛かった。


「……あーっと、その、食器持ってきたっす、けど……」


 どこか気まずそうに言ったキールは、木を削って作られた大小さまざまな皿や匙を抱えている。

 厨房には、看守の時に酷い給仕をしていた相手ばかり。その視線を一手に受け、さすがのキールも罪悪感で視線を下げてしまった。いざ一人きりで直面すると、いつもの虚勢もしぼんでいく。


 しかし――。


「ごくろう! キールくん!」


 少し年上のエルナがわざとらしく片手を上げ、彼の罪悪感を吹き飛ばすように応えた。

 彼女はそのまま、こそっと、耳うちする。


「みんな知ってるよ。あんたの本音。分かりやすく顔に出てたからねぇ」


 キールは、柄にもなく黙ったまま目を見張る。

 エルナは彼の反応に悪戯が成功したように笑い、言う。


「お皿ありがと。あとで料理運ぶのも手伝いなさいよ?」


「が、頑張るっす!」


「調子に乗ってこぼすなよ~」


 少しお姉さんなエルナのからかいに、厨房からの温かな笑いがキールに向けられたのだった。







 中庭の中央。

 かつて、即席の水浴び場でしかなかった仕切りのない石畳の上で、大きな篝火が煌々と燃え上がっている。


 満天の星空へ向かって輝く火柱は、星を散らすように火の粉を弾き、揺らめくオレンジ色であたりを照らす。


 限られた食材で作られたとは思えない料理の数々と、倉庫で発見した大量の酒。

 それらで彩られた敷物に人々はともに座り、円居(まどい)の宴が始まった。


「それじゃあみんな、飲み物は持ったか?」


 ノヴァスの言葉に、みな木樽のジョッキを上に掲げる。


「自由を祝して――乾杯!!」


 カンッという子気味のいいオーク材のぶつかり合う音と、おおおおお! という男衆の叫びが夜空に響く。


 篝火のそばで肩を組んで踊りバカ騒ぎする者、倉庫から出して来たリュートやバイオリンで演奏を始める者、飲み比べ勝負をはじめる者。


 狐っこや女性陣は笑い合い、ほっぺが膨れるほどいっぱいに美味しいものを食べている。


 思い思いの陽気な黒影が砦に映し出されるなか、ノヴァスはロイとその光景を(さかな)に過ごしていた。


「ノヴァスお前、まさか一杯で終わる下戸とはな。……酒の分が食欲に行ったのか?」


 ノヴァスのそばに積まれた大量の肉やサラダ。そして、まるで鉤爪でも装備しているかのような、両手いっぱいの串焼きを見て、ロイが呆れ笑いをこぼした。


「張り切って作ってくれたんだ。期待に応えて美味しくいただこうと思ってる」


「はは、違いない。残したらバチが当たりそうだ」


 そういってロイは、彼の確保している料理を見てふっと微笑んだ。


「むぐ――やらないぞ?」


 すかさず、串焼きで塞がった手で器用に皿を遠ざけ、ジト目を返すノヴァス。


「し、心配しなくても後で自分の分は取ってくる」


 ごほんっと、ロイは誤魔化すように咳払いした。

 ノヴァスは警戒を解いて肉をいったん呑み込むと、そばに置かれた木樽ジョッキを見た。


「別に、酒は飲めないわけじゃないんだ」


「ならなぜ飲まない?」


「ロイ、あんたも抑えて飲んでるだろ? 同じことを考えてると思うぞ」


 ノヴァスは笑い混じりに、横目で同意を求めた。

 ロイは一瞬虚を突かれた様子だったが、すぐに神妙な顔つきになる。


 あくまでもここは紛争地帯。自由に安心して飲める場ではない。

 僻地とはいえ、今この時も、誰かが襲撃して来ても不思議ではないのだ。


「まあ、これはここだけの話にしよう。せっかくの宴を盛り下げるようなことはしたくない」


 ノヴァスが早々に話を切り上げたので、ロイも表情を柔らかくして同意する。


「ああ、そうだな」


「なんなら、好きに飲んでいいんだぞ。何かあっても俺が何とかするよ」


「いや、付き合うさ。私の責務でもあるし、それに……」


「ん?」


「お前こそ休むべきだ。他の者に任せてな」


 こちらを気遣う、やわらかな眼差しだった。

 それから彼は、ぽつりとつぶやく。


「――救いのあるやつは救いたい」


 ノヴァスは食事の手を止め、ロイの話に耳を傾けた。


「覚えてるか? お前がここへ来た初日に言った言葉だ、ノヴァス」


「そういえば、言ったな。そんなこと」


「感謝している。……もしお前が、力で強引にねじ伏せていたなら、今の私は存在しなかっただろうな」


「結果的に丸く収まっただけさ。ロイ、あんたたちは運がよかったんだ」


「運……か。それでも、その運を引き寄せたのは、お前が私たちの改心を信じてくれたからに他ならない。だから――ありがとう」


 ロイが、改めてノヴァスに向き直り、頭を下げる。

 次に頭を上げた彼の瞳からは、憂いがほとんど消えていた。


 この砦にやって来た時には想像だにしなかった、銀髪の男の清々しい青い瞳がそこにあった。


「ところで、お前はこれからどうするつもりだ?」


 照れくさそうに視線をそらしたロイから、改まった質問が飛んで来た。

 ノヴァスはあらかじめ決めていたかのように、きっぱりと応える。


「とりあえず、いつまでもこの砦にいるわけにもいかないだろう。異変に気づいた各国の役人が来るだろうからな。みんなを安全な場所まで送り届ける必要がある」


 その言葉に何か思うところがあるのか、ロイは急に黙り込んでしまった。

 しばらく訝しみながら串焼きを堪能していると、やがて彼は決意を込めて言ったのだ。


「私に任せてくれないか?」


「む?」


「ノヴァス、お前の枷はまだ外れていない。お前は、お前自身の目的のために進むべきだ」


 篝火の炎は、皮肉にも黄金の首枷を美しく輝かせている。


 ノヴァスはふと、宴の喧騒のなかで明るく笑う狐っこの姿を目で追ってしまった。自分でも何故かは分からないが、気づくと意識が向いている。


(……まだ会って間もないはずだ)


 首を振り、目を瞑る。

 しばらくそのまま、呼吸と鼓動に意識を向けていたが、やがてゆっくりと目を開けた。


「よし。ロイを頼ろう」


 パチッと、ひと際大きな火の粉が、篝火から舞い上がる。


「とはいえ、何のアテもなしに彼らを引き連れるのは大変だろうから、トリスの――ポイマン・アンドレス商会を尋ねるといい」


 続けてそう言って、夜空に飛び立っていく火の粉を眺めた。


(アイサは、無事に故郷に着いたかな)


 そう遠い昔のことでもないのに無性に懐かしさを感じる。

 ノヴァスの提案を聞いたロイは、意外そうにつぶやいた。


「その商会の名は……狭間の領域では有名だな。ここから北に行った街に、確か大きな支部があったはず」


「そこを訪ねてトリスという商人の名前と、俺の名前。この二つを出して事情を話せば、きっと助けになってくれるはずだ」


「そうか、分かった」


「そんな安請け合いで今の話を信じるのか?」


「今さらだろう? 信じがたいものを散々見せつけて来たお前の話だ」


 二人は、無言でふっ笑い合い、心地よい沈黙のなかで篝火の炎を眺めた。


「――やるべきことをやったら、俺も手伝いに戻るよ。約束だ」


 ノヴァスは、首の枷を触りながら左腰の空白に意識を向けた。

 そして、決意に満ちた瞳でロイを見据える。


「ロイも、他のみんなも。平和に暮らせる居場所が必要だろう? たぶん、俺ならその力になれる」


 ノヴァスの真っすぐなその言葉に、ロイは面食らって照れくさそうに顔をそらしてしまった。


「お前は時折、すごく恥ずかしいことを平然と言ってのけるよな」


 と、ロイは腕を組みながら不平を呈すが、しかしその顔は微笑んでいた。


「お言葉に甘えて、その時はお前を頼ろう、ノヴァス」


 言いながら、木樽ジョッキが掲げられた。


「ああ、任せておけ」


 ノヴァスも微笑み返し、カツンッと誓いの献杯を交わしたのだった。


「ロイさんもノヴァスさんも、そんなところで何してるっすか! こっち来て混ざりましょうよ~、ヒック」


 遠くからキールの声が上がった。

 見れば、ジョッキを片手に、篝火の周りでバカ騒ぎしているようだった。

 ロイは木樽の中身をぐいっとやっつけると、すっと立ち上がった。


「さて、私はそろそろあいつらと飲んで来るよ。苦労を掛けたからな――ノヴァス、話せて良かった」


 去り際にそう言い残し、どんちゃん騒ぎをしている者たちのもとへ向かう銀髪の男。


 ノヴァスはその背中を一人満足げに見送った。

 そうして深く、優しく、安心したような息をついてから、ちょうどいい塩加減の肉で舌鼓を打ったのだった。









 (えん)もたけなわ。

 酔いつぶれた者も現れ、篝火の炎も少し落ち着きを見せ始めた頃。


 ノヴァスは心地よい疲労感を覚えながら、南壁の歩廊の上から中庭を眺めて涼んでいた。


 手すりに体重を預け、木皿から猪肉の串焼きを一本取ってかじり、香ばしい炭の香りと程よい塩気を堪能して、飲み込む。


 そうしてから、心祝の木(ハイペルシー)の実の果汁が入った木樽ジョッキを一気にあおり、口いっぱいに広がる甘酸っぱさにため息をついた。


「……美味い」


 満天の夜空の下、心地いい風に身を任せる。

 しばらくして――狐っこが白い湯気の立った飲み物を両手に持ってやって来た。


「見当たらないと思ったら、こんなところにいたんだ。食べ過ぎ注意、だよ」


 からかい混じりに差し出された木製の小さなコップから、かぐわしい爽やかな香りが漂って来る。

 そのまま視線を上げると、ふわりと笑う狐っこの顔があった。


「疲労回復、胃もたれ予防、特製薬湯です。森で採ったハーブとか果物とか、いろいろ入ってるんだ」


「わざわざすまない。ありがとう」


 腹は満たされていたが、ノヴァスは薬湯を受け取ってすぐに一口飲んだ。

 清涼感のある風味が広がったと思えば、喉の奥がぶわりと温まる不思議な感覚。優しい甘さと合わさり、心凪ぐ味だと、そう思った。


「ああ……これは。落ち着くな」


「へへへ、そうでしょ?」


 得意げに笑った狐っこは、ノヴァスにならって手すりに寄りかかると、頬杖をつきながら中庭を眺めた。


 篝火の周りには騒ぎ疲れて寝る者や船をこぐ者もいたが、キールをはじめとした元気のあり余った者たちはいまだに盛り上がっていた。


「聞いてほしいっす! 俺の夢は、故郷のやつらを見返してやることっす! そして女にモテて、素敵な彼女を作って、結婚することっす!」


 キールが木樽のジョッキを掲げ、高らかに宣言した。


「寝てるやつを起こさないよう、そろそろ声量は抑えておけ」


「すみません、隊長。キール、お前すっかりできあがってるな。明日、後悔するぞ」


 そう注意したレインズの頬も、酔いで赤くなっている。


「ロイさんや先輩は何かないっすか? 夢とか欲しいものとか」


「仕える主」「安定した生活」


 ロイとレインズが、それぞれ簡潔に答えた。


「はっ、堅物どもはこれだからつまんねーっす」


 肩を竦め、両手をやれやれと広げたキールに対し、レインズが即座にツッコミを入れた。


「俗物的なお前と違って悪かったな」


 彼らの応酬に、静かな笑いが起こる。


「ほっほ、若い人たちは眩しいですねぇ」


「グウェンのじっちゃんはどうっすか?」


「……私はね、キールさん。また、平和な故郷が見てみたい。あなたのような若い人が、安心して好きな人と暮らせるような、そんな故郷がね」


「さすが、良いこと言うっすね!」


「まずはモテる仕草を身に付けないとなー」


 エルナのおちょくるような合いの手で、再び笑いが起こった。


 彼らの会話に釣られ、みな口々に自分の夢をぽつりぽつりとこぼし、話をはじめる。

 裁縫師を夢見る者、料理人になりたいという者、教師を目指す者。それぞれ、目に光をたたえ、未来を見る意思の力できらきらしている。


「いいなぁ」


 ふいに狐っこがつぶやいた。


「お前は何かないのか、狐っこ」


 その問いに、妖狐の少女は黙ってじいっとこちらを見つめ返してきた。


「……なんだ?」


「わたしの夢はね、大事な人たちと一緒に五耀豊実祭(ごようほうじつさい)に行くことだよ」


「ごよう……なんだそれ?」


 聞きなれない単語に、ノヴァスは首をかしげた。


「わたしの故郷のお祭り。豊穣を祈って、今みたいにみんなで美味しいものを食べたり飲んだり、そうして来年またいい年になりますようにってお願いする里のお祭りだよ」


「へぇ、叶うといいな、その夢」


「うん、ありがとう!」


 明るい声。

 しかし、中庭を見て微笑む狐っこの横顔が、一瞬だけ憂いを帯びたような気がした。


「あなたは?」


 赤紫の瞳がこちらを向く。


「――世界を自由に見て回ること。自分の生まれ故郷がどこなのか、知りたいんだ」


 本来なら、加護なしとなったあの瞬間、冒険者になってそうすると決めていたこと。不運にも予定は大きく狂ったが、結果として今こうしてここにいられることに不満はない。


 ノヴァスはそう思い、優しい顔で笑う。


「それと今は、もう一つ……」


「もう一つ?」


「ここにいるみんなに、平和に暮らせる場所を、故郷と言える場所をつくりたい――そんな夢」


 その新しい夢を聞き、狐っこが目を丸くした。


「俺は故郷を知らないから、自分のためでもあるかもな」


「……自分の故郷のこと知らないって、どうして?」


 確かめるように、狐っこが問うてきた。


「ああ。……実は、昔の記憶がない」


 そこで言葉を切り、ノヴァスはぐいっと、薬湯を一口飲んだ。


「十年くらい前だな……気づいたら水の国の僻地にある孤児院で目が覚めて、それより前のことはさっぱりだった。覚えていたのは、自分の名前がノヴァスってことだけ。まあ、些細な事だ」


「そう、だったんだ」


 ノヴァスは軽い話として言ったつもりだったが、狐っこは黙り込んでしまった。

 しばし沈黙が続き、静けさと寄りそう宴の空気が、二人のあいだを繋ぐ。


 やがて彼女は、唇をわずかに震わせて何かを言いかけるが、すぐに固く結び、何かを吹っ切るように夜空を見上げた。


「いつか……故郷のこと、知れるといいね」


「ああ」


「ここが落ち着いた後は、どうするの?」


 ぽつりと、狐っこは話題を変えて訊いて来た。


「取り返さなきゃいけないものがあるからな。水の国へ戻らなきゃならない」


「取り返さなきゃいけないもの?」


 ノヴァスは左腰の軽さに意識を向けながら、静かに答える。


「俺にとって、命と同じくらい大事なものだ」


「命と同じくらい……そんなに大事なもの、とられちゃったんだ」


「ああ。だから、必ず取り戻す。ロイに背中を押されたんで、とりあえず、ウェイスエンドに行って――」


 何気なく次の旅程を告げたつもりだったが、狐っこは目を大きく見開き、驚いた様子ですかさず反応して来た。


「お、同じ!! わたしも、ウェイスエンドに行こうと思ってたんだ!!」


 一緒に行きたい。

 赤紫の美しい瞳がそう言っていることに、ノヴァスは気づけないほど鈍くはなかった。


 何より、彼女の明るさには、こちらも助かっている。

 心のうちに灯る温かさを感じながら、優しく微笑んだ。


「じゃあ、ほら」


 串焼きを一本、差し出す。


「これって……?」


「旅仲間としての祝いだよ。目的地が同じなら、しばらく一緒になるだろう?」


 狐っこは、渡された串焼きをしばらく見つめていた。

 そして両手で受け取り、一口、二口と、噛みしめるように味わい、食べる。


「美味しい、料理……」


「料理って、大げさな。ただの串焼きだろう?」


 ははっと笑いながら言うと、ジト目が返って来た。


「わたしが作ったんですけどー?」


「おっと、失言だったか」


 おどけて返すと、へへへっという等身大の少女らしい笑いを贈り返された。

 彼女はあらためて「いただきます」と言うと、串焼きの残りを嬉しそうに食べた。


 ノヴァスも薬湯を飲み、寄り添うように一息つく。


「……これだって、立派な料理だよ」


 慈しむように、狐っこはそうつぶやいた。

 昔に思いを馳せるような、寂しくも、嬉しそうな、夜明けとも夕暮れとも言えるような美しい横顔。


「狐っこも、串焼きが好きな――む?」


 好きなのか? そう言いかけたが、綺麗な人差し指が、ぽんと、ノヴァスの唇を軽く抑える。





「――わたし、ヒナカだよ」





 人差し指が、静かに離れた。

 深栗色のしなやかな髪が、そよ風に舞い、琥珀色の線を引く。


 大きな狐耳を飾る黄白色のヒガンバナが、よりいっそう美しく見えた。


「わたしの名前は、ヒナカ」


 赤紫の美しい瞳が、真っすぐとこちらを捉えている。


「日の当たる場所――日向と、そこに咲く花を表した名前」


 月光と篝火が交わる神秘的な夜の下で、妖狐族の少女は満面の笑みを浮かべていた。


「大事な人からもらった、とーーーーーーーっても大切な名前なんだから、ちゃんと覚えてね!」


 風景と調和したような、飾り気のない、光を思わせる少女。

 ノヴァスは、しばし我を忘れて固まり、見惚れてしまう。


 言葉を失っているこちらにかまわず、少女は悪戯っぽく言った。


「いつか、その大事な人にも会わせてあげたいかな」


 からかうような赤紫の瞳がノヴァスの瞳をじっとのぞき込む。

 はっと我に返ったノヴァスは、「……いい名前だな」と詰まりながら答えるので精いっぱいだった。


「……うん、そうでしょ。へへ、ありがと」


 彼女は一瞬だけ目を伏せると、どこかホッとしたような複雑な笑みを浮かべ、すぐに夜空へ視線を逃がした。


 顔に熱を感じていたノヴァスは、ゴホンっと気を取り直すように咳払いして言葉を返す。


「あらためてよろしくな、ヒナカ」


 夜空を見上げるヒナカの頬を、一筋の涙が伝った。


「は? なっ、ど、どうした!? どうして泣いて――」


「ん~!!」


 柄にもなく焦り散らすノヴァスをよそに、夜空を見上げたまま、伸びをするヒナカ。

 命のやり取りには慣れた男も、女の涙への対処には形無しだった。


「そろそろ眠くなってきちゃったかな。あくびしたら、涙出ちゃって。それにしても――」


 彼女はいつものジト目で、唇に手を当てながら、ふふふと笑う。


「すごい慌てようだねぇ」


 ぐっと、思わず口を閉じ、「……紛らわしい」と悔しさをにじませるノヴァス。

 恥ずかしさを振り払うように軽く首を振る。


 ニヤニヤと可愛らしい笑みを向けて来るヒナカを受け入れつつ、あらためて自己紹介をすることにした。


「俺の名前はまあ……もう知ってるだろうが。あらためて、ノヴァスだ」


「ふふっ、明るく強引に踏み込んで来そうな名前だよね! ノヴァス!」


 ヒナカは涙を指ですくいながら、クスクスとおかしそうに小さく笑った。


 その答えにノヴァスは不思議な既視感を覚えた。

 ずっと昔、誰かから同じことを言われたような――そんな、胸の奥が熱くなるような錯覚。


「……なら、その名に恥じないよう、精進するか」


 理由の分からない不思議な感情を押し込み、ノヴァスは新たな旅の相棒に穏やかに笑いかける。


 温かな宴の残滓が、見つめ合う二人を抱擁するように、静かに包み込んだのだった――。







 継続してお読みいただき、本当にありがとうございます。励みになってます。

 各キャラクターが心を得たように徐々に色づいていく、そんなストーリーが好きなのですが、お楽しみいただけましたでしょうか。


 そしてついに名乗った今作のヒロイン、『ヒナカ』を末永くよろしくお願いいたします。13時3分の更新もお楽しみに!


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