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夜明けの覇王は全裸で絶望を終わらせる~神の加護を脱ぎ捨て奴隷に堕ちた高貴なる化け物の建国譚【第二部 開幕!】  作者: 杜ノ宮紅花
第一章:ノヴァス・フルクトゥアト

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第2話 孤龍は少女の絶望を喰らう


「……派手な内装を除けば、便利な部屋なんだが」


 うさぎ耳の少女を連れてやって来たのは、首席生徒に与えられる寮の一室だ。


 億は下らない金の壺に、傲慢(ごうまん)な国王の像。

 学院側が押しつけてきた悪趣味な内装に、何回目かもわからないため息をつく。


 ふいに、うさぎ耳の少女が部屋の奥へ進んだ。


(ん……?)


 彼女は壁際にあった国王の像の隣に並び立つようにすると、そこで立ったまま静止する。


「……何を、している?」


 ノヴァスの問いに、うさぎ耳の少女はただひたすら、視線を前に固定したまま言った。


「――ぶたないでください。頑張って、()()()ます。動きません」


(ッ……!)


 ぶわりと、ドラ息子、ひいては貴族の歪みへの殺意が漏れ出そうになるが、何とか抑えつけて深く息を吸う。やるべきことは、他にある。


 握りしめていた拳の力をふっと緩め、ノヴァスはうさぎ耳の少女に言った。


「そこに立つ必要はない。こっちへおいで」


 落ち着いた低い声。


 優しい響きをおびたその音に、うさぎ耳の少女は戸惑ったように目を(またた)かせる。彼女が先ほど目撃した、大きな猛獣のような威圧感がどこかへと消えていたからだ。


 とぼとぼと、少女はノヴァスの前に戻って来たので、その手をとってやわらかいソファに座らせる。


「まずは――」


 (ふところ)から銀のカギを取り出すと、片ひざを着いて少女と同じ目線に立つ。

 そして、少女の首の枷をあっさりと外してしまったのだ。


「ガチャリ」と冷たい音が響き、それはソファの上から跳ね落ちて床を転がった。


 少女は思わず両手で首に触れた。


「あれっ……? あれっ……?」と何度も首をさすっている。まるで、消えた鉄の冷たさを探すように。


 今の状況を信じられないのか、少女のたれ耳が驚きでぴんと伸びる始末。


 その様子が、その解放感が、ノヴァスには輝いて見えた。

 支配する者さえいなければ、枷とはこんなにも呆気なく外れるのだ。


「いまこの時をもって、お前は奴隷の身分から解放された」


「……?」


 少女は口を開けたままポカンとしている。


「理解が追いつかないか。無理もない」


「ご、ご主人様は、どうして……」


 少女はようやく言葉を発した。


「俺の名はノヴァスという。ご主人様だなんて呼んでくれるな」


「の、ノヴァス……さま」


「安心しろ。俺は、孤児院出身の元下民(げみん)だ。貴族に対する振る舞いを無理にする必要はないよ」


 その穏やかな言葉に、少女は大きな赤い瞳を丸くする。

 こわばっていた肩の力も抜け、彼女の緊張が少し緩んだのが分かった。


「じゃ、じゃあ……ノヴァスお兄ちゃん?」


 少女はおずおずとした様子で、正解を探るようにこちらを見上げて来た。

 孤児院で妹の世話をした時のような、温かい(なつ)かしさを感じる。


 ノヴァスは「ああ」と肯定した。


「名前は何というんだ?」


「アイサ」


 小さな声だった。ノヴァスは優しく繰り返す。


「アイサ、いい名だ。故郷はどこだ?」


「えっと……エインズブール、です」


「ふむ。たしか地の国の……なるほど、そこで人さらいに……いや、いい。もう終わったことだ」


 アイサの辛い記憶をさえぎるように、ノヴァスは首を振った。


「両親はそこにいるのか?」


「は、はい……農家で、畑仕事してるから」


「そうか。なら決まりだ」


 言い聞かせ、安心させるように告げる。


「いいか、アイサ。明日の朝、お前をある商人に紹介する」


 商人という単語に、アイサは不安そうな顔をした。


「怖がらなくていい。信頼のおける人物だ。その人に、故郷まで送ってもらうんだ」


「お父さんとお母さんのところに帰れるの!?」


 故郷へ帰れるという説明で、彼女の表情がたちまち期待に満ち、暗かった瞳に光が灯る。

 その思いに応えるよう、ノヴァスは大きくうなずいた。


 すると――じわりと、アイサの目から涙がにじみ、やがて大きな粒となって(ほお)を伝った。


 アイサは「あっ」と腕で涙をぬぐう。

 しかし、何度ぬぐっても、零れ落ちていく。

 一度(せき)を切った感情は、止まることを知らなかった。


「わたし、狭間人(はざまびと)なのに……お兄ちゃん、嫌じゃないの?」


 その問いに、ノヴァスは黙って首を振った。


 狭間人(はざまびと)――かつて神に反逆したと言われ、下民よりも身分が低く、()み嫌われる存在。

 だが、ノヴァスにとってそんなことはどうでも良かった。


「関係ない。お前が笑顔になれば、俺はそれで満足だ」


 その真っすぐな答えに、アイサは泣きはらした目を大きく見張る。

 驚きのあまり言葉が見つからないといった様子だ。


 しかし――。


 突如、くーっとかわいい音が部屋に響く。

 アイサの腹の虫が鳴いたのだ。


「あぅ……こ、これは……その」


 アイサは恥ずかしそうにすそをつかみ、うつむいてしまった。


「よし、俺もちょうど腹が空いていたところだ」


 まるで少年のような微笑みを見せ、ノヴァスは棚の中からパンと果物を取り出すと、テラスのテーブルにささやかな食卓を用意した。


 準備を整えて椅子を引き、まるでお姫様をエスコートする執事のように、手を広げて招待する。


 アイサは初め、遠慮がちに食卓についた。

 ノヴァスも隣の席に座り、食事をともにする。


 一口、二口と。

 食が進むにつれて口数も増え、声が弾んでいく。


 ――将来は野菜のお店を開きたい。


 アイサはいつしか夢を語り、パンを嬉しそうに(ほお)張って笑った。


 その姿を見たノヴァスは、解放の余韻(よいん)とともに優しい眼差しを向けたのだった。







 翌朝。


 水平線から太陽が顔を出し、夜明けの光が差し込む頃。

 遠浅の海が一望できる丘の上に、三人の人物の姿があった。


 そのうちの二人――ノヴァスとアイサは、まるで兄妹のように手を繋いでいる。


 ボロ服から清潔な町娘の服に召しかえられた彼女は、紫と赤が織りなす朝焼けに見とれている。


 長いたれ耳を嬉しそうにぴくりとさせ、瞳は明るい。すっかり、年相応の少女のようだった。


「お兄ちゃんの瞳の色みたい」


「……あの自由な空に例えらえるとは、光栄だな」


 自由。


 口をついて出た自分の言葉に、胸が締めつけられる感覚がした。


「わたしがお店を開いたら、看板の色はこの色にしようかな。ノヴァスお兄ちゃんが最初のお客さん! 約束!」


「ああ、約束だ。その本が理解できるようになったら、きっとお前の夢は叶う。楽しみにしてるよ」


「うん! わたしの宝物! 頑張って読む!」


 アイサは、付箋(ふせん)だらけの分厚い本を大事そうに抱きかかえた。


 ノヴァスが彼女にあげたお下がりの経済書。

 もう必要のないものだから欲しいか()いたら、二つ返事で喜ばれた。


「ったく……ノヴァス、その歳の子にその本は難しすぎる。まだまだ早いぞ」


 二人の背後から呆れたような声が聞こえて来た。


 声の主は、やる気の無さそうな表情であくびをし、朝からパイプを吹かしているおっさん。


 彼の両手は、使い込まれた革手袋に覆われている。


 孤児院にいた頃から、親しくしている熟練商人――トリスだ。


「もう準備はできてる。アイサだっけか? おじさんの商隊でエインズブールまで送ってやるよ」


「よ、よろしくお願いします!」


「ああ、よろしくな。礼儀正しい子は好きだぞ。俺はトリスってんだ。……ん? どうした?」


 いよいよ別れの時が近づいてることを察したのか、アイサは黙ってうつむいてしまった。


「不安か?」


 ノヴァスが屈んで視線を合わせると、アイサはコクリとうなずいた。


「そんなときは、心の奥に目を向けろ」


「心の奥……?」


「ああ、俺もやる、よく効くおまじないだよ」


 ノヴァスは、どこか寂し気に笑う。


「目を閉じて、そうだな……新鮮な野菜が並んだ店。お父さんやお母さん。そして、お客さんと笑顔で過ごす自分……。お前が昨日話してくれた、夢を見るんだ」


 アイサは、闇を晴らすような彼の瞳から目が離せなくなった。


 そして、祈るようにまぶたを閉じる。


 水平線からの夜明けの光がより一層明るくなり、彼女の横顔を照らした。


 次に目を開けたアイサの赤く美しい瞳は、未来への期待で満たされたようだった。


 彼女の「くふふっ」という笑みに応えるよう、アイサの頭をぽんと撫でた。


「よし。いいぞトリス、頼む」


「はいよっと。しかしまあ……よく、そんな歯が浮きそうなことをペラペラと。お野菜屋さんねぇ。新鮮な夢が詰まった言葉に、おっさんはお腹いっぱいだ」


 トリスは手をひらひらせて軽口を叩きながら、馬車の近くに(ひか)えていた部下たちに指示を出す。


「お嬢さんをお迎えしろ」


 アイサが商会員に手を引かれて後方の馬車へと乗り込んだ。


 だが、すぐにひょこっと(ほろ)から顔を出す。彼女の瞳は涙でにじんでいた。


「最初のお客さんは、お兄ちゃん! 約束! 絶対だよ!!」


 アイサの別れの声を合図に、馬車が動き出す。


「ああ! 楽しみにしている!」


 丘を降りるアイサの乗った馬車が徐々に遠ざかっていく。

 彼女はずっと幌から顔を出し、ノヴァスに向かって手を振り続けていた。







「――時にノヴァスよ」


 ふいにトリスが話しかけて来た。ノヴァスに個人的な話があるのか、まだ出発していないようだった。


「お前さん、今日が加護植装(かごしょくそう)の儀だってこと忘れてないよな?」


「ああ」


 さして興味も無さそうなノヴァスを見て、トリスは呆れ混じりのため息をついた。


「やれやれ、儀式の直前まで奴隷の解放とは。筋金入りだな」


 ふうーっと、トリスはパイプから吸い込んだ煙をできるだけ遠くに向かって吹かす。


「……加護を受けたら、そのまま仕官するのか?」


「……勝手に出奔(しゅっぽん)すれば孤児院に迷惑が掛かるだろう。そういう()だ」


 こちらを見透かしたかのように、トリスは真剣な顔を向けて来た。


「……聞け、ノヴァス。フルクトゥアト家は、お前の武力しか見ていない。もし光神の加護でも授かってみろ。一生あの男の政争道具として飼い殺しになるぞ」


「分かっているさ。……いっそのこと、神から見放されればいいのにな。そうなれば俺も孤児院も、フルクトゥアト家にとって利用価値のない存在になる」


 トリスが、真意を探るようにじっと見て来た。


「それは――〈加護なし〉になるということだ」


「ああ……むしろ、望むところだ」



 ノヴァスは丘の上の風に吹かれながら、遠ざかって行く馬車を眺めた。


 首元に触れながら、呪いのような記憶を思い出す。

 孤児院の平穏と引き換えに、自分をフルクトゥアト家に差し出した、あの日。





『……フン、得体の知れぬ化け物を迎え入れるなど、我ながら酔狂(すいきょう)よ。逃げればあの孤児院がどうなるか、分かるな?――今日が貴様の再誕の日だ』





 義父の、冷酷な声。


 こちらを縛りつける言葉が、ノヴァスの首に見えない枷となって食い込んだ。


「……再誕、か。誕生日がいつなのかも、分からないのにな」


 自嘲してつぶやいた。


 そして、夜明けの光のなかを進むアイサの馬車を見て、祈るように目をつむる。


 心の奥に目を向ければ、この見えない枷も外れる。そんな予感がして、アイサに倣った。


(罰当たり上等……思い切り、抵抗でもしてみるか?)


 儀式を前に、ふと、そう思い至った――。



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