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夜明けの覇王は全裸で絶望を終わらせる~神の加護を脱ぎ捨て奴隷に堕ちた高貴なる化け物の建国譚【第二部 開幕!】  作者: 杜ノ宮紅花
第二章:強制労働場編

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第15話 名無しの花


 執務室に連行されたノヴァスたちは、部屋の片隅に設けられた応接テーブルの長椅子に並んで座らされた。


「こんなことで捕まっちゃうなんて……」


 妖狐の少女は大きな耳をへなりと垂れさせ、自分の迂闊(うかつ)さにしょげているようだった。


「これからはのぞきなんて止めるべきだ。良くない」


 ノヴァスが腕を組み、見当違いの突っ込みを入れた。

 すると、大きなもふもふの尻尾が威嚇するように上がる。


「だ、だから! それ違うもん! 忍び込んだ先に裸のあなたがいるなんて、誰が想像するの!?」


「なんだ、故意じゃなかったのか。それはすまなかったな」


 事もなげに謝罪するノヴァスに気勢をそがれ、少女はどもってしまった。


「えっ、う、うん。ま、まあ? 別に、その……わたしもすごく驚いたけど、その」


 彼女はもじもじと落ち着かない様子で、ノヴァスを探るように横目で見上げてくる。

 じいっと目を合わせ、何かを確かめるような視線が突き刺さった。


「俺の顔に何かついてるか?」


「ん……別に」


 彼女はそう言って、ふいっと顔をそらしてしまった。

 その反応を訝しみながらも、ゴホンという看守長の咳払いが向かいから聞こえたので会話を切り上げる。


「……お前、名は何という?」


 妖狐の少女へ厳しい目を向けながら看守長が質問した。

 彼女は答える代わりに、再びちらりとこちらを見て来る。


「名は何だと訊いている」


 看守長が念を押すように言うと、しばしの躊躇(ためら)いの後、彼女は小さくこぼした。


「秘密」


「……記録を取る必要がある」


「じゃ、じゃあ――……名無し……とか」


 声が震えていた。どうしても名乗りたくないのか、少女は頑なだ。


 先ほどまでの天真爛漫さは打って変わって消え、何かを恐れるように視線は下を向いている。


 そんな彼女に、ノヴァスは助け船を出すことにした。


「狐っこ、でどうだ?」


「……う、うん! そう! いいよ、それで! わたしの、呼び名……!」 


 これ以上妙な空気になることは避けたいのか、彼女は大げさに乗って来た。


 一瞬だけ見せた戸惑いの色は、器用な笑顔ですぐに塗りつぶされる。


 看守長はしばらく指でトントンとテーブルを叩き悩んでいたが、やがて諦めたようだ。


「……まあいいだろう。ここでの話にお前の名は重要ではない」


「そうそう! 話を先に進めちゃおう!」


 妖狐の少女はほっと胸をなで下ろしつつも、しかし、寂しげに笑った。


(名乗れない身分、と言ったところか?)


 ノヴァスは彼女の妙な態度から、高貴な身分であると勝手に結論付けた。


 看守長はさらに質問を続ける。


「お前は魔人族――妖狐の里の者だろう。目的は? たった一人で、なぜここに忍び込んだ」


 先ほどよりも踏み込んだ質問だった。

 しかし奇妙なことに、少女はすぐ答えを返す。


「仲間を助けに来たの。ミヤビって女の人で、わたしと同じ妖狐族。強い人さらいに捕まっちゃって……手掛かりを追ってたら黒い煙が遠くに上がってるのが見えたから」


 黒い煙という言葉で、看守長が苦虫を嚙み潰したような顔になる。

 ノヴァスにも、思い当たる節があった。


「ワーグか……あの馬鹿者め……」


 呻くように、看守長は部下を呪った。


 ノヴァスの規則正しい逆抑圧によって行き場を失くしたワーグの欲望は、火遊びという逃げ道を見つけたのだ。


「ワーグ様か……あの瞬間は生き生きと発散してるな」


「……嫌みか。奴の監督不行き届きについては、弁解の余地もない」


 ノヴァスの冗談まじりの追撃に、看守長は再三の深いため息をついた。


 あの黒い煙は遠くまでよく見える。禁域の森から何かを引き寄せても不思議ではなかった。


 現に、この少女が引き寄せられた。と、ノヴァスは黙って隣の少女を見た。


 事情が分からない彼女は、ただ赤紫の目をぱちくりさせ、きょとんとしている。


「……ともかく、名前は明かさないが目的は答えられる、と。妙なやつだ。だが残念ながら、この砦に他の妖狐族はいない」


「そっか……あてが外れちゃったなぁ。これから、どうしよう」


 妖狐の少女は肩を落とし、静かにささやいた。


 行き場を失った迷子のような、今にも崩れそうな足元で耐えているような、そんな危うさを感じた。


「この後、狐っこをどうするつもりだ?」


 ノヴァスが確かめるように訊いた。その声色には、少しの警戒心が混じっている。


「心配するな。私の義務はあくまでこの砦の管理。この娘の目的が仲間の救出であり、私たちと敵対する意思がないなら、どこへ行くなり好きにすればいい。ワーグのような者に見つからないうちにな」


「そのノリで他の奴隷たちも逃がしてくれれば話は簡単なんだがな」


「それは……」


「ねぇ」


 ちょいちょいと、少女がノヴァスをつついた。


「この偉そうな銀髪の人って、もしかして優しいの?」


 妖狐の少女の真っすぐな質問に、今度は看守長がたじろいだ。


「いいや? ここに連れて来られた初日に、俺を鞭で打って全裸にする嫌がらせをして来た」


「そこでも裸になってたの……。でもそれ、あなたには効かなそうな気がする……」


 呆れまじりのジト目がこちらに向けられたが、ノヴァスは至って真面目な顔をして返す。


「ああ、意味のない嫌がらせだった。が、嫌がらせされたのは事実だ。許していない」


「そうなんだ」


 どこか気まずそうに視線をそらしている看守長の様子を見て、少し考え込む少女。 

 そして――。


「ね、銀髪の人。謝ってみたら?」


 少女の日だまりのような笑みが、看守長を照らす。


「何だと……?」


「余計なこと考えるから苦しくなるんだよ。すぱっと勢いで! 言葉にして、表に出してみたら?」


 事情を知らないがゆえの、わだかまりを吹き飛ばす清廉(せいれん)な風が吹いた。


 そして、長い長い沈黙の後。


「……あの時は、すまなかった」


 看守長は歯切れを悪そうにしながらも、そう言って頭を下げた。


 ノヴァスはすかさず「わかった、許すよ」と答えを決めていたかのように笑い返す。


 それが意外だったのか、看守長は驚いたように顔を上げた。


「だが、これは俺個人の問題だ。他のみんなは許さないかもしれない。どう向き合うか決めるのは、結局あんただよ」


「……肝に銘じておこう」


 妖狐の少女の美しい赤紫の瞳が、左、右と、二人のあいだを行き来する。

 そして、満足げに静かに微笑んだ。今度はまるで包み込む月明かりのように。


「……話がそれたな。お前の仲間についてだが、輸送台帳に手がかりがあるかもしれん」


「ほ、本当!?」


 ガタリと音を立てて少女は立ち上がる。その顔は切実だった。


「ああ。珍しい種族だったり、特別に見目麗しい女性や子どもの奴隷は、貴族向け商品として扱われ、直接買い手を募るものだ。


 連れ去られた者は転々と各地の商会や貴族所有の施設を渡り、最終的には各国の王都に輸送される。


 一定期間、特定の買い手がつかなければオークションで競りに掛けられ、貴族たちのもとへ届けられるわけだ」


「つまり、えっと」


「輸送台帳に仲間の行き先が載っている可能性が高いってことだ、狐っこ」


 少女は手掛かりが見つかった嬉しさと、仲間の安否への憂いがない交ぜになったのか、看守長を急かした。


「じゃ、じゃあ! その台帳、見せてよ!!」


 看守長がうなずき、立ち上がる。


 そのとき――頭上から警鐘が鳴り響き、机の上の書類が揺れ落ちるほどの轟音が鳴り響いた。


 執務室の窓の外に一瞬だけ赤い閃光がほとばしり、焦げた煙の臭いが充満していく。


「な、なに? 今の振動」


「敵襲だな。音の流れからして、森のほうから大規模な攻撃を受けた」


「な、何だと……!」


 ノヴァスは素早く立ち上がった。


「屋上に上がって状況を見て来る」


「わ、わたしも!」


 看守長は何かを決心したように、背筋を伸ばして立ち上がる。

 そして――壁際に掛けてあった剣を手に取ると、一瞬祈るように目をつむって腰に吊るした。手慣れたように籠手も身に着け、戦いの支度をする。


「鞭なんかより、そっちのほうが似合うじゃないか」


「……言うな」


 照れくさそうに返す看守長に、ノヴァスが肩をすくめてみせた。

 その時。


 扉がバンっと勢いよく開かれ、若い看守が泡を喰ったように駆け込んできた。


「看守長、敵襲っす!! 敵襲っすー!!! 魔人族の群れが森のほうから来たっす!!!」


 三人は頷き合い、若い看守の先導で屋上の歩廊を目指すのだった。






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