第121話 欠乏の記憶
悠然と宙に舞い上がっていくエオウィンだったモノ。
新たな魔王。
その呼び名がしっくりくる姿に、俺たちは絶句するしかなかった。
「ボス! しっかりするっスよ!」
突然の衝撃波で吹っ飛ばされてたはずのベニーが、空を見上げながら叫んでる。
その隣でクララが膝をつき、変わり果てたエオウィンに触れようと手を伸ばしてる。
「……エオウィン様」
呼びかける声は、か細い。
目の前にいるのは、もう人の形をしていない。
それでも、信じている。信じたい。
「戻ってください……お願いです……」
クララの声が、崩れる。
対するエオウィンは、ぎょろりと目を動かし、濁った眼で二人を一瞥するだけだ。
「……っ」
ベニーが息を呑む。
「ボス……? 分かるっスよね、オレっス……!」
縋るように声をかける。
だが――
次の瞬間。
エオウィンの喉の奥から、獣のような唸り声が漏れた。
――違う。
もう、あれはエオウィンじゃない。
翼が大きく広がる。
熱を帯びた風が吹き荒れ、周囲の草木をなぎ倒す。
「来るよ!」
ダグの叫びと同時に、戦いが再開した。
巨体が動く。
地面を抉るような踏み込みから、振り下ろされる爪。
「っ――!」
イザベラが前に出る。
「堅氷壁!」
瞬時に展開された氷の壁が、その一撃を受け止めた。
――砕ける。
衝撃とともに、氷が粉々に弾け飛ぶ。
破片が雨のように降り注ぎ、イザベラの髪をしっとりと濡らした。
「まだよ!」
次の瞬間には、さらに氷を重ねる。
だが、このままじゃ防戦一方だ。
「ダグ!」
「分かってる!」
ダグが走る。
近くの木へと飛び込み、刃を振るう。
――切断。
幹が軋み、倒れる。
「ライラ! お願い!」
『任せてください!』
倒れかけた丸太を無数のツタが絡め取り、勢いのままに――。
『アレックス様!』
「任された!」
投げ渡される丸太。
アレックスがそれを受け取り、振りかぶる。
「うおおおおおっ!」
全身の力を乗せて、投げる。
轟音とともに丸太が飛び、エオウィンの胴体に直撃した。
――だが。
「っ……!」
わずかにのけぞるだけ。
致命打には程遠い。
「クゥ!」
「任せるクェ!」
上空から急降下してきたクゥに合わせて、イザベラが杖を突きだした。
「氷柱突!」
クゥの前に生まれた氷柱が、翼で生んだ風に乗って加速する。
一直線に、エオウィンへ。
――着弾。
だが、鱗のように硬化した皮膚に弾かれる。
「効いてないクェ!」
クゥが即座に羽ばたく。
降り注ぐ炎の羽を、風で弾き飛ばす。
ライラたちを守るために。
攻めと守りが交差する。
決め手がない。
どれだけ連携しても、どれだけ攻撃を重ねても。
あいつには、届かない。
……このままじゃ、勝ち目がないぞ。
そう思いつつ、俺はイザベラの頭の上で歯を食いしばるしかできない。
今の俺には力がないから。
ただこうやって、しがみついてるだけだ。
もし、あの力があったら。
そんな考えが、頭の中をめぐるぜ。
瞳か手があれば、喉や耳だっていい。
俺が持っていた四つの力。
俺にだって、できることがあったはずなんだ。
だけど今は、イザベラたちが持ってる。
こんなこと考えたくはねぇが、皆はまだ使いこなせてねぇ。
戦いの中で使ってるのは、元々の能力ばかり。
力はあるのに、活かしきれていない。
もどかしい。
――いや。
俺が、そんなこと思っていいのかよ。
一瞬、思考が止まる。
あの力のせいで、世界を壊したのは誰だ。
俺だろ。
なのに、今さら。
活用がどうとか、考える権利があるのか?
違う。壊したからこそ、守る努力を諦めちゃいけねぇんだろ!
イザベラや皆に教えてもらったこと。
託された想いを、簡単に諦めていいわけがねぇ!
だから、今の俺にできることを全力で考えるんだ。
俺は何をすることができた?
どういう使い方をしてた?
それらを、少しでもみんなに伝えることさえできれば……。
せめて、いつもみたいに皆と身体を共有できれば――
そこまで考えて、俺は強い違和感を抱いた。
ひとつだけ、引っかかる。
瞳も、手も、喉も、耳も。
全部、分配された。
じゃあ――
欠乏と結合はどうなったんだ?
目覚めてから一度も試してない。
考えてもいなかった。
……なら。
やるしかねぇ。
俺は、意識を集中させる。
イザベラへ。
次の瞬間。
「っ……!?」
イザベラの身体が、びくりと揺れた。
『イザベラ 聞こえるか?』
「……ルース!?」
頭の中に、声が響く。
驚きと、戸惑い。
『どうやら成功したみたいだな!』
俺は一気に思考を巡らせる。
「どうしてっ……いや、違うわね、確かに誰も引き継いでないし」
『そういう事だ。それより、ここからは俺が導いてやるからな』
時間がない。
『せっかく俺から受け継いだんだから、使いこなしてもらわねぇとな!』
イザベラが引き継いだのは、書き識す喉。
この力でやるべきことは一つ。
『魔導書を作るぜ!』
「魔導書って、そんな簡単に作れるワケ無いでしょ!」
『いいやできるはずだ! なぜなら俺たちは、途中まで作りかけてるんだからな!』
答えは、それしかない。
俺たちの旅。
その記録。
全部が詰まってるもの。
『能力整理、しててよかっただろ?』
「!? 良い考えだわ!」
『荷物の中だ。急げ!』
「分かってる! ダグ! 時間稼ぎお願い!」
「えっ!? わ、分かった!」
戦線を離脱するイザベラ。
その背を、仲間たちが守る。
転がった荷物のもとへ辿り着いた彼女は、豪快にひっくり返した。
中身が散乱する、その中から――
一冊の、薄いメモ帳を手に取る。
ページをめくれば、そこには俺たちの能力が記されている。
だけど、少しだけ足りないんだよな。
躊躇うことなくペンを握ったイザベラは、紙の上にそれを走らせる。
西の大陸で手に入れた新しい力を書き足すんだ。
そうして完成させる。
『いいぞ……それじゃ次は』
「分かってるわよ!」
イザベラが叫び、書き識す喉を発動させた。
直後、メモ帳が光に包まれ、紙が厚みを増し、魔力を帯びる。
――魔導書。
『名前は――』
「そんなの、決まってるわ」
得意げに笑ったイザベラが、出来上がった魔導書を大事そうに抱えて呟いた。
「欠乏の記憶」
完成した。それじゃ、最後の仕上げだな!
俺はすぐにイザベラとの繋がりを切った。
「……っ」
元の小さな身体のまま、宙に放り出される。
そうして、イザベラの方を振り返りながら、俺は告げた。
「イザベラ! 魔導書の魔術を――俺の身体に書き写せ!」
一瞬の沈黙。
そして。
「……分かった!」
イザベラが頷き、喉が再び光る。
「――書き写す喉!」
俺の身体に、言葉が刻まれる。
熱が巡り、力が満ちる。
――戻ってきた。
いや。
それ以上だ。
「……っは」
溢れた息を吐き切った俺は、ゆっくりと顔を上げた。
暴れ狂う、新たな魔王を見据えて。
不思議と恐怖はないぜ。こんな小さな体なのにな。
理由は分かってる。
俺に、力を与えてくれる皆がいるからだ。
だから、俺は応えなくちゃいけない。
責任を、しっかり果たせるんだと。
それが俺の示すべき、導きなんだから。
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