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ドンゾコナビ ~滅びの世界で少女導く~  作者: 内村一樹
5章:這い上がる者

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第122話 這いつくばる男

 イザベラから渡された欠乏の記憶メモリー・オブ・ラックが、胸の内でじわりと熱を持っていた。


 熱い、というより、馴染む、に近い。


 俺の中にある何かと、それは自然に噛み合った。まるで最初から俺のものだったみたいに、違和感も反発もなく、静かに沈み込んでいく。


「行くぜ、ダグ」


 喉の奥で笑って、意識を伸ばす。

 欠乏と結合(ユニオン・ラック)


 次の瞬間、世界が二重になった。


 自分の身体の感覚が遠のく代わりに、別の肉体の輪郭が鮮明になる。湿った地面を蹴る足裏。荒い息。指先に馴染んだ刃の重み。焦げた匂いと、血の気の引いたような緊張。


 ダグの中だ。


『……っ!? ルース!?』


 頭の内側に弾ける声には、驚きと、それ以上の喜色が混じっていた。

 俺が声をかける前に気づくなんて、さすがだぜ。


『おお、ちゃんと繋がったな』

「どうやって!? いや、今はそれどころじゃないか」

『話が早くて助かるぜ』


 思わず笑う。

 この土壇場だってのに、こいつの反応は妙に真っすぐで、救われる。


 だが、和んでる暇はない。


『手を貸してやる! 礼は要らないぜ!』


 言うが早いか、俺は術を重ねた。


 足元の大地がぼこりと盛り上がる。

 隆突槍(バンプ・ランス)


 突き出した土の槍、その表面に、さらに金属質の輝きが走る。

 刃錬成(ブレード・クリエイト)


 無数の刃が、生まれる。

 短剣の形をしているようで、まだどれも粗い。ただの素材だ。だが、素材ならそれでいい。


『行くぞ、ダグ!』

「うん!」


 俺とダグは同時に、その刃へ手を伸ばした。

 組み立てる手(アッセンブル)が唸る。


 形を整え、重心を削り、握りを作る。

 一本、二本、三本。いや、そんな数え方をしてる場合じゃない。手を動かした端から、粗削りな刃が投擲用のナイフへと変わっていく。切れ味より、通りの良さ。深く刺さり、抜けにくい形。狙うのは殺傷じゃない。縫い留めることだ。


『このナイフをできるだけたくさん作って、周囲の地面や木々に突き刺すんだ!』

「地面と木に!? エオウィンじゃなくて!?」

『説明してる時間は無い! 信じてくれ!』

「分かった! 信じるよ!」


 ダグは疑いもせず動いた。

 そういうところ、本当に助かるな。


 意識を離す。

 今度はもっと大きく、もっと重い感覚へ潜る。


 水気を帯びた筋肉。ぶ厚い胸板。地を踏みしめる確かな脚力。広い視界の端に、肩に担がれたライラ。頭上を舞うクゥの影。


 お次はアレックスだ。


「ルース殿!?」

『よう、元気そうで何よりだ』

「我輩は何をしたらいい!」


 前のめりな声に、思わず口元が緩む。

 この男、こういう時に一切ためらわないよな。


『もっと耳を澄ませ! そして、ライラとクゥの繋がりを強くするんだ!』

「繋がりを……!」


 アレックスの意識が即座に集中するのが分かった。

 肩にいるライラへ。空を飛ぶクゥへ。あの二人の気配を、ただ聞き取るんじゃなく、もっと深く拾い上げるように。


 その瞬間だった。


「ライラ!? いつのまにアタシの身体に戻って来たの!?」

『違いますよ! これはきっと、アレックス様の力です!』


 二人の驚きが同時に響く。


 それでも混乱は一瞬だった。

 もともと深く身体を共有していた名残があるんだろう。違和感を受け入れるのが早い。すぐさま二人は意識を切り替え、変わり果てたエオウィンへの攻撃を再開した。


 上出来だ。


『上出来だぜアレックス! そのまま続けてくれ!』

「任せるがいい!」


 頼もしい返事を背に、俺はさらに意識を渡る。


 次に掴んだのは、しなやかで軽い、植物めいた身体だった。

 視界の高さが変わる。蔦の感触。魔力の流れの繊細さ。ひとつひとつの変化を見逃さない、静かな知性。


 ライラだ。


『……ルース様?』

『ああ。説明してる時間はねぇ。クゥを呼べ。背中に乗るんだ』

『クゥ? こっちに来れる?』

「クェーー!」


 言葉と同時に、クゥの方にも意図が伝わったらしい。風を裂いて白と黄緑の巨体が旋回し、すぐさま迎えに来る。


「ライラ! 早く!」

『ええ!』


 ライラはアレックスの肩から迷いなく飛び移った。

 クゥの背に着地するその一瞬、エオウィンが炎の羽をばら撒く。灼熱の刃みたいな羽根が唸りを上げて迫ってきた。


 だが、その軌道に氷の塔が割り込む。


 イザベラだ。

 氷結塔(フローズン・タワー)


 轟音と共に立ち上がった氷柱群が、炎の羽を正面から受け止め、砕け、蒸気を噴き上げる。


 エオウィンからすりゃ、突然生えた障害物。視界を遮り、動きを阻む厄介な壁だ。

 だが、こっちには見通す瞳(フォーキャスト)がある。


 ライラにも、クゥにも。

 氷の向こうも、霧の先も、敵の輪郭も、迷わず見抜ける。


『このまま上を取るぞ!』


 クゥが風を巻き起こしながら急上昇する。

 氷結塔(フローズン・タワー)を足場にし、盾にし、滑るように軌道を変えて、二人は一気にエオウィンの頭上へ回り込んだ。


 そこで俺は、はっきりと命じた。


雨氷矢グレイズ・アローで奴を地面に落とす! とびっきりの風を吹かせてやれ!』

『任せてください!』

「ぶっ飛ばすから、覚悟するクェ!」


 氷結塔(フローズン・タワー)からあふれ出る冷気が、俺の術で無数の槍へと組み替わる。細く鋭く、殺意じみた冷たさを帯びた氷の矢。


 それをクゥの風が攫う。


 ただ飛ばすんじゃない。

 巻き上げ、加速させ、空の流れそのものに変える。


 氷の槍群が、エオウィンの頭上から一斉に降り注いだ。


 炎の翼が迎え撃つ。

 氷が溶け、蒸発し、弾ける。


 耳をつんざく音。

 視界を埋め尽くす蒸気。

 白い霧が一気に膨れ上がり、空も地も分からなくなる。


 その中で、エオウィンがもがいた。


 鋭い爪が振るわれ、近くにそびえていた氷結塔(フローズン・タワー)をまとめて切り裂く。だが、それで終わりじゃない。切り倒された巨大な氷塊は、崩れながら雨のように降り注ぎ、その巨体を点で押さえ込むように叩きつけた。


 ドシン、と。

 腹の底に響く鈍い音が地上から返ってくる。


 落ちた。

 だが、まだ終わっていない。


 霧の切れ間に見えたエオウィンの肉体から、ぬるりと不気味な触手が生え始める。一本、二本どころじゃない。傷口から、関節から、羽の隙間から、どろどろと無数にあふれ出し、周囲へ這い伸びていく。


 ダグとアレックスが、即座にそちらへ対処しようと身構えるのが分かった。


 違う。

 今、相手にするのはそっちじゃない。


『触手は無視でいい! 今はそこらに転がってるナイフを奴の身体中に刺すんだ!』


 俺の叫びが全員へ届く。


 ダグが地を蹴る。

 アレックスが巨体を前へ出す。

 ライラとクゥも降下しながら援護の体勢に入る。


『ライラ、クゥ! 二人も手伝え!』

『分かりました!』

「行くよぉ!」


 よし。

 ここまで整えば、あとは俺の仕事だ。


 俺は欠乏と結合(ユニオン・ラック)を解除した。


 全員の感覚が一気に遠のく。

 自分の身体だけが、はっきりと残る。


 その瞬間、支えを失った俺の身体は、自由落下を始めた。


 白い霧の中へと、真っ逆さまに。


 風が頬を裂く。

 服がはためく。

 落ちているのに、不思議と怖くはなかった。


 この白さは、どこか見覚えがある。


 まるで、大地の女神キリンと話していた場所みたいだ。境目のない、静かな靄。すべてを隠しながら、同時に何もかも暴き立てるような白。


 俺はその中を、ただ一点だけ見据える。


 変貌を遂げたエオウィンの巨体。

 その、頭部。


 ライラとクゥの瞳が見抜いていた場所。

 化け物の殻に埋もれた、あいつ自身の核。


 風を切って落ちながら、俺は心の中で呟いた。


『悪いな。少し手荒になっちまったぜ。でも、こうでもしなけりゃ――』


 お前は、話を聞いてくれないだろ?


 そして俺は、今まさに、這いつくばってる男の手を取るために、欠乏と結合(ユニオン・ラック)を発動した。

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