第120話 新たな魔王
空気が変わった。
さっきまでの言葉の応酬とは違う。
もっと単純で、もっと分かりやすい――殺し合いの匂いだ。
「……結局、そういうことかよ」
エオウィンが肩を鳴らす。
その目は、もう完全に“敵”を見ていた。
「強い奴が、ルールを作る。世界ってのは、そういうもんだろ?」
低く、だがはっきりとした声。
「だから俺は強さを求める。ルールを作る側に回るためにな」
言い切る。
迷いは一切ない。
ああ、こいつは本気だ。
世界をどうこうするって話を、ただの理屈じゃなく“行動”でやるつもりの奴だ。
「だったら――」
ダグが前に出る。ナイフを構え、いつもより少しだけ低い姿勢。
「オイラたちは、アンタのルールに従わない!」
その一言で、火がついた。
エオウィンが踏み込む。
速い。風を裂く音が遅れて聞こえるほどだ。
だが――
「ちっ!」
ダグは一歩引くんじゃなく、横に滑った。
同時に、地面を蹴って懐へ潜り込む。
「オイラは!」
刃が閃く。
「一緒に歩いていけるように、ルースの背中を押せる男になりたいんだぁ!」
エオウィンの腕をかすめる。
だが、浅い。
すぐさま反撃が飛んできた。
「甘ぇ!」
振り抜かれる拳。
それを――
『そこです!』
ライラの声と同時に、地面からツタが噴き出した。
エオウィンの足を絡め取り、動きを止める。
「アタシたちだって!」
上空から、風を切り裂く音。
クゥが急降下してくる。
「ルースがまだ見たことのない景色、全部見つけてやるって決めてんの!」
羽ばたき一つで突風が巻き起こる。
エオウィンの身体が浮いた。
『そして――』
ライラのツタがさらに締め上げる。
『その全てを、彼に見せるためにっ!』
その瞬間。
「邪魔だ!」
エオウィンが強引にツタを引きちぎった。
筋肉が軋む音がここまで聞こえる。
その隙を逃さず、アレックスが踏み込む。
「我輩も忘れてもらっては困るな!」
地面を蹴り上げる音とともに、巨体が弾丸のように突っ込む。
その拳が、真正面からエオウィンを捉えた。
――鈍い衝撃音。
エオウィンの身体が後方へ吹き飛ぶ。
「北の大陸は、必ず復興させる!」
アレックスが叫ぶ。
「そして――あの子たちが笑える場所を取り戻す!」
拳を握りしめる。
「ルース殿が、あの子たちと一緒に遊べるようにな!」
……ああ。
胸の奥が、妙にざわつく。
俺は、何も言えないまま、それを見ていた。
支える、だの。
連れていく、だの。
遊べるようにする、だの。
勝手なことばっかり言いやがって。
――けど。
全部、嘘じゃないってことは伝わってくるぜ。
「ちっ……!」
立ち上がろうとしたエオウィンの顔面に、ダグの蹴りが叩き込まれた。
体勢が崩れる。
そのまま、連撃。
ツタが絡み、風が叩き、拳が沈む。
――連携。
誰かが指示したわけじゃない。
ただ、それぞれがやるべきことをやってるだけだ。
それでも、噛み合ってる。
そして――
最後に、アレックスの拳が振り下ろされた。
地面が砕ける。
その中心で、エオウィンの身体が沈んだ。
……決着だった。
「……はぁ、はぁ……」
ダグが肩で息をする。
クゥも羽を畳み、ライラもツタをほどいた。
イザベラは、結局一歩も動いていない。
ただ、俺を頭に乗せたまま、静かに見ていた。
「……終わった、のか?」
誰かが呟く。
その時だった。
「ボス!」
「エオウィン様!」
クララとベニーが駆け寄る。
地面に突っ伏したエオウィンのそばに膝をついた。
「しっかりするっスよ!」
「大丈夫ですか、今すぐ――」
だが。
「……まだ、だ」
エオウィンが、ぼそりと呟いた。
「……足りねぇ……」
声が、掠れている。
「こんなんじゃ……まだ足りねぇ……」
その様子に、クララの顔色が変わった。
そっと手を伸ばす。
「エオウィン様――」
抱き起こそうとした、その瞬間。
――ドンッ!!
空気が爆ぜた。
「きゃあっ!?」
「ぐっ!?」
クララとベニーが、弾き飛ばされる。
地面を転がり、苦悶の声を上げた。
何だ、今のは。
風じゃない。
魔術とも違う。
もっと、生々しい――
「……おい」
思わず声が漏れる。
エオウィンの身体が、痙攣していた。
いや、違う。
変わってる。
骨が軋み、肉が膨れ上がる。
皮膚が裂け、内側から何かが押し出される。
――翼。
燃えている。
炎を纏った巨大な翼が、背中から生えてくる。
腕が歪む。
指が伸び、鈍く光る巨大な爪へと変わる。
そして――
顔が、裂けた。
もう、人だった面影は残ってねぇ。
龍だ。
巨大な顎が開き、喉の奥から熱が漏れ出す。
「……なんだよ、これ」
燃える翼は、スザクのようで。
鋭い爪は、ビャッコのもので。
巨大な体躯は、セイリュウだ。
……混ざってやがる。
誰も動けなかった。
さっきまで勝っていたはずの戦いが、一瞬でひっくり返る。
その異形を、ただ見上げるしかない。
その時だった。
『……このままでは』
静かな声。
今まで黙っていた男が、空を見上げている。
オラクス。
半透明のその姿が、ゆらりと揺れた。
『新たな魔王が、誕生してしまう』
その言葉が、やけに重く落ちた。
――また、かよ。
胸の奥で、何かが軋む。
終わったはずの話が、まだ終わっていない。
むしろ。
ここからが、本当の始まりだとでも言うみたいに。
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