chapter Ⅲ
紅緒がティボールトを好きになったきっかけは十二の春だった。見るもの聞くもののすべてが新鮮で輝いていた少年の頃。
紅緒はよく父親にせびってハミルトン伯家に遊びに来ていた。紅緒の父親が:剪定していた楓の枝を転んだ拍子に折ってしまい、それを見ていたティボールトが激怒している父親の手から救い出し、アイビーが覆う塀に囲まれたシークレットガーデンで隠れていた時だった。一角にある木の茂みに隠れ、紅緒は二人で息を潜めていた。
間近から感じる彼の息遣いや体温に胸が大きく高鳴ったのを今でも鮮明に覚えている。
当然、まだ幼い紅緒は同性愛というものに馴染みがなく、それが恋だとは考えもつかなかった。
だから紅緒はティボールトに対するのは兄や弟のような家族愛に近いものだと思っていたのだが、しかしそれは違った。
紅緒が恋心に気づかされたのはティボールトにひとりの女性とのゴシップが流れはじめてからのことだ。
そして彼が身を固めたのは三十二歳だった。相手は以前、ゴシップ記事に取り上げられた貴族の娘で、腰まである波打つブロンドの髪を持った美しい女性だった。彼女こそが彼の最愛の妻となるシャーリーンだ。
ティボールトはシャーリーンから一時も離れることがなかった。それは偏に、彼女を愛していたからだ。
もうこの恋に決着を付けよう。何度彼のことを諦めようかと思ったことか。それでもティボールトへの執着は消せず、紅緒は今でもずっと胸を痛めて生きている。




