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LOVE BOX  作者: 蓮冶
第三話・こひはもうもく
11/30

破・恋、実らず。




 虎次郎が手伝ってくれるおかげでここのところ花の売れ行きは好調だ。彼は話術に長けていて、人好のする人間だった。

 ――いや、そればかりではない。彼はどうやら相当な美形らしい。

 千景は生まれつき盲目だ。目が見えない分、他人の心情を声音で理解できる。

 虎次郎の周りには年若い女子ばかりが群がってくるし、何より彼女たちが虎次郎と話す口調は一段と女性的で柔らかだった。

 売り上げが上がって嬉しい筈なのに、なぜだろう。千景は虎次郎が楽しそうに話すその姿が気にくわない。胸の中にどす黒い塊のようなものが現れるのだ。

 もちろん、虎次郎と二人の時は黒い塊はない。心が弾み、楽しい。しかし女子のお客が虎次郎と話していると千景の胸がもやもやするのだ。

 その理由は間もなくして判ることになる。


 ――それは数日経ったある朝のことだ。例の如く、千景はしかるべき見世から花を譲り受け、今まさにだるま長屋を出る時だった。

「たまった借金、返して貰おうか」

 借金の取り立て屋がごろつき二人を連れ、千景が暮らしている、だるま長屋に押しかけてきたのだ。

「申し訳ございません。今暫くお待ちいただけませんか」

 床に伏せっている母のお仲に代わって千景が頭を下げて許しを乞う。

 しかし取り立て屋は頷かない。

 彼らは千景が思っていたよりもずっと短気だった。

「何回来ても同じじゃねぇか。いったいいくら借金してると思っているんだ。あれから一週間待ってやっても支払わねぇ。払えねぇならこいつで払わせるまでだ」

 言うなり、彼らは千景を捕らえた。

 四つの腕に取り押さえられた千景は、体が強張った。

 自分はこれからどうなってしまうのだろう。

 想像もつかない出来事に、千景はただただ震えるばかりだ。

「お待ちください! この子は生まれつき目が見えなくて。足だって怪我をしているんです! ですから!!」

「力仕事ができないなら身体で払ってもらうまでだ。こいつはなかなか上玉だし、なぁに心配はいらねぇよ。男を気に入る客だっているんだ。いっぺん男を覚えちまえばお前さんも愉しみながら稼げるぜ? 楽して儲けられるんだ。本人にとってもいい話だろうがよ、なあ?」

 千景の体を舐め回すような視線が気持ち悪い。

「いや、やだっ!!」

(助けて虎次郎さまっ!)

「千景、千景! お願いです、どうか後生ですから……」

「うるせぇ母親だな!」

「あっ!」

 ごろつきの一人がそう言った直後だ。何かがぶつかる大きな音とお仲の呻き声が聞こえた。

「かかさん!!」

 千景はパニックを起こした。

「かかさん! お願いです。どうか、かかさんに乱暴しないでください!!」

 懸命に手を伸ばし、お仲がいるだろうそこに身を乗り出す。

 しかしごろつきたちはそれを良しとはしない。千景を引き摺り、どこかへ連れて行こうとする。

 これから自分は男娼になる。

 そうなればもう二度と虎次郎と会えない。

それを考えた時、千景の脳裏に、虎次郎が思い浮かんだ。

 嫌だ、虎次郎がいい。こうなることが判っていたのなら、虎次郎に抱かれたかった。そう思った瞬間、千景は自分の中にある恋心に気がついた。

 だからだ。虎次郎が女性のお客と仲良く話しているその姿が気に入らなかったのは……。

 しかし恋心に気付くのが遅すぎた。

 今さら恋心に気がついてもどうにもできやしない。

 ――いや、早くから気が付いていても同じことだ。相手は直参旗本のたいそうなお家柄だ。しかも自分とは同性。どうやってもこの恋が叶うわけはない。

 初恋が同性だなんて。常識では考えられない。

 しかし虎次郎だけだった。目の障害を持った千景に優しい声のひとつでもかけてくれたのは……。

 だから恋をするのも無理もない。

『初恋は実らない』

 誰かが言ったそれはやはり本当だった。

 悲恋に終わる恋ですっかり打ちのめされた千景は抗う力を失った。華奢な体はごろつきたちに引き()られるがままだ。

「待て、待て! 待ってくれ!! 金子はここに用意してある。これでいいだろう?」

(このお声は……)

 突然隣から目の前から声がしたかと思えば、千景の体が四本の腕から解放された。代わりに力強い腕が千景の背に回った。

 その腕はとても優しくあたたかなものだったから、すぐに虎次郎のものだと判った。

「なんだ。金、あるんじゃねぇかよ。へへっ、また金を用立てて欲しかったらいつでもどうぞ」

 取り立て屋は最後にもうひと言付け加えると、直ぐさま去っていった。

「――――」

 後に残ったのは、自分の身に何が起こったのか判らない千景と、母親のお仲だ。

「千景、無事か?」

 尋ねられ、はっと我に返った千景は、そこでようやく取り立て屋との会話を思い出した。

 千景は虎次郎が金子を用立ててくれたのだと察した。

「虎次郎様……あの、用立ててくださった金子は……」

 千景は縋るようにたくましい虎次郎の胸元を手探りで掴み、尋ねた。

 自分たち他人の問題で借金の肩代わりををしてもらってはいけない。

 首を振る千景に、彼の腕が丸まった千景の背を撫で、宥める。

「ああ、あれか。今まで使い道がなかったおれの小遣いだ。気にするな。お仲殿も無事だな?」

「はい、おかげさまで。金子まで用立ててくださり、ありがとうございました」

「いや、そんなことはいいんだ。ご母堂殿、それよりもすまないが少し千景を借りるぞ」

「は、はあ……」

「さあ、千景。移動するぞ」

「えっ? うわあっ!」

 言うが早いか、千景の体がふいに浮いた。

 咄嗟の出来事に、千景は両腕を彼の首に巻きつけ、落とされまいと縋る。

「あの、虎次郎様? いったいどこに」

「ああ、それがな」

 狼狽える千景に説明する虎次郎の声は弾んでいる。とても楽しそうだ。

「治療してくれる腕のいい医師とハシリドコロの草が見つかった」

「えっ?」

「お前、前に言っていたじゃないか。ハシリドコロと医師がいれば目は治るって。目、治したいんだろう?」

「ですがっ!」

「なんだ? 目が見えるようになりたいんじゃなかったのか?」

 一生、目が見えないままだと思っていただけに、千景は目眩を起こした。

「いえ、そんなことは……」

 目が見えるようになりたい。それは(かね)てからの願いだ。

 しかしこうもあっさりと願いが叶うというのはどうにも狐に摘まれたような気分になる。

 千景は首を振れば、虎次郎から頷く気配を感じた。

「そうだろう? さあ、こっちだ」

 不思議だ。虎次郎と一緒にいると今まで自分が不可能だと思っていたことが可能になる。

 あれよあれよという間に千景の廻りが変化する。気がつけば手術を施されるそこに寝かされ、医師の手によって目の手術が施された。

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