25−2話
「諦めるのはまだ早いのよ」
振り向いた新倉が目を丸くするも、普段着のままの彼らはそのままステージへ。
「糸井…、真田…お前らなんで?」
「ティンクの再出発に私達が手を差し伸べないで、誰がやるのよ」
にぃっと笑う真田の指には婚約指輪が光る。さあ入ってと誘導してく。
一人、二人、と少しずつ演奏するメンバーが増えて行く。
初めは一つのヴァイオリンから始まった音楽。それが曲の最後には一大オーケストラのメンバーが奏でる迫力のある音楽へと変わって行く。
大体クラッシックコンサートと言えば、男性は燕尾服かタキシード。女性は白いブラウスに黒のロングドレスと言うのが定番。
なのに舞台の上に立つ彼らは、普段着。まちまちだ。
指揮者のルッソーも私服で指揮棒を振っているし。
曲が始まった途端、会場が異様な音に包まれた。
それはパラパラとパンフレットを開く音。
誰も彼も、今奏でられている曲を知らないし、聞いたこともない。何だこれは…会場全体が音の渦に巻き込まれてく…。
それもそのはず、この曲は桜が作った物。
『life』
聴いていて全身の毛穴と言う毛穴がたちっぱなし。
音に色をつける?そんなもんじゃない。
はいと手渡されたハンカチで自分が泣いているのを知った。
「ジョシュアさん、最後の曲って、これって一番始めに弾いていた曲と同じ物ですよね? 音とテンポが違うだけで、こんなにもガラリと曲の雰囲気さえも変えてしまうなんて…。これって一体誰の、いやどの作曲家の曲なんですか?」
「これかい?これは桜が作った曲だよ。この曲はあの子が実際に体験したものを表してる。題名はlife。桜はこの曲を亡くなった子供達に捧げるために作った曲なんだよ」
ああ、やっぱりそうだったんだ。あれは彼女の心だ。失った子供達への最後のプレゼントなのだろう。もう会うことも、抱きしめることさえも出来ない子供達への。
一本のヴァイオリンの音から始まり、徐々に人数を集め、最後にはまた一本のヴァイオリンに。
曲が終わったと同時に観客席からは、殆どの人が立ち上がってスタンディングオーベーションをしている。それは会場を震わせるほどの、拍手が大嵐のように続いた。
中には俺と同じ様に手にハンカチを握って泣いている人もいる。
隣の人と抱き合っている人も。
ティンクの非凡すぎる才能を様々と見せつけられた。
そんな人達を彼女は呆然とした表情で見つめてる。
彼女はやはり舞台に立たなきゃならない、選ばれた人なのだと。
俺は…決めよ。君が安心してこのステージ戻って来られる様に、君が悩む全てのことから護ってみせるよ。
コンサートは大盛況だった。
ルッソの言葉に思わず抱きついた桜。
そんな桜の頭を撫でながらも、顔中にキスを落として来る巨匠とのツーショットは瞬く間に世界中へと発信された。
記者会見があったその日に、みんなで打ち上げをやった。
ー祝コンサートの無事終了、かんぱ〜い!
ーかんぱ〜い!!!
ここは、糸井がマスターを勤めるホテルラウンジ。今夜はここを貸し切ってのコンサート祝賀会だ。
「ほえ〜終わったんだ〜」
久々のコンサートを終え、いつものホテルラウンジでカクテルを飲んでる桜の前にグラスが出される。
あの時の女王様のような貫禄はどこに行ったんだと言いたいくらい、今の早乙女には覇気がない。
コンサート集虜後、舞台裏でもうだめだと座り込んでしまった人間とは思えないほどの演奏ぶりだった。
そろそろ早乙女を止めないと、そう思っていた矢先に糸井からジェスチャーで、回収しろと。
「……」
まったくそこまで飲むか普通?
肩を貸してやったら、早乙女はにへらときれいな顔を崩して笑ってる。
酔っぱらいをタクシーの中に押し込んで、俺も乗り込んだ。
行き先は俺のマンション。
子供達…喜んでくれたかな…。あの子達は死んでしまったけど、もしもあの子達が生きてたら喜んでくれるかな?
誇りに思ってくれるかな?
「早乙女…お前なんだって、そんなに自己価値が低すぎるんだよ。お前の子供なら当たり前だろうが。お前のことを誇りに思ってるさ。第一楽章のあのヴァイオリンのソロは胎動だろ?たった一人でこの世に生まれて来る赤ん坊が、母親の胎内で最初に動くもの。それは胎児の心臓だからな」
「判ってたの?」
早乙女は俺の見解に驚いていたことに、俺は多少傷ついたがな。そんなに俺ってバカか? 真田にバカ猿だの、バカ殿だの呼ばれてるから、こいつまでそんなことイメージを俺に抱いているんじゃないかと悩んでしまった。
「ああ。もちろん。お前泣きそうな顔で演奏してたから、もろに判ったよ」
「!!」
怒って車窓の方を向いてる彼女の頬には、流れる涙。
「早乙、桜!俺の側にいて欲しい。け、「お客さ〜ん。着きましたよ〜」
チッ。良い所を邪魔しやがって。
諭吉を一枚取り出すと釣りはいらないと告げ、呆然とする彼女の手をとった。
「ここは?」
「俺のマンション」
さあ、中に入ってと促す俺に心太方式で部屋へと彼女を招き入れた。
向かい合ってソファに座った俺たちは、交わす言葉もない。
終始無言だ。
これじゃあ間が持たないと俺は彼女にフランス行きのチケットを渡した。
「俺と一緒にフランスに行かないか?」
「え?仕事は?」
「フランス支社に行くことになった」
これはデマカセデモなんでもない。俺が祖父と父に頼んでもう一度支社で学び直したいと言ったら、フランス支社になったというだけ。
酔ってる彼女に結婚を迫り、指輪を渡したら「悪いけど、演奏の邪魔になるから着けれない」と素気なく返された。それなら…金のチェーンに指輪を通してネックレスにしてみればいいと渡したが、それもネックレスも演奏の邪魔になると返された。
…なら奥の手だ。そう思って取り出したのは俺の携帯。この中には俺に取っての対桜用の最後で最大の奥義がある。これさえも素気なく返されたら、俺は…立ち直れない。
正に剣もホロロとはこう言うことか。




