25話
新倉サイドです。
漸くコンサート当日まで漕ぎ着けた。
俺の心は澄み渡る青空とは正反対。今にも泣き出しそうなくらいの黒雲立ちこめている。
それもこれも、みんなあの城島のせいだ。
あれから全ての音楽家達に声をかけたが、みんな城島に恐れをなしてオケには参加出来ないと口を揃えるばかり。
初めは出ると言ってくれた人達も、リハ前にドタキャンされ、俺はもうどうしたら良いのか、判らなくなった。
八方手詰まりとはこのことか。
今日が開演だって言うのに。
「アアアア!!!!」
奇声を上げて、両手で頭をぐわしぐわしと掻きむしれば、早乙女からは睨まれるし、俺って良いとこなしじゃん。
ここは緊張しているであろう早乙女に声をかけてやらねば!
「さく…早乙…」
桜と呼んでたら、もの凄い目で睨まれた。早乙女って呼び直してたのに、それでもまた睨まれた。
一体なんだよ!こっちはお前の緊張を少しでもほぐしてやろうとしてやってんのにさ。
ブツブツ文句を言ってたら、今度はルッソからの先制パンチ。
「今のティンクに何を言っても無駄無駄。坊やがちゃんとティンクを支える仲間を揃えられなかったのが痛いね」
でも大丈夫だよ。僕たちでそれは揃えたからね。
ガーン。
痛いとこを突いてきやがる。このエロ爺。
そうこうしているうちに、とうとう開演のブザーまで鳴りやがった。
BBBB…
無情だ…。徳永音楽楽器機器の敗退が決まったも同然だ。ここはコンサートを中止にするしかないだろう。たった一人で何が出来る?またあいつが傷つくだけだ。
「早乙女。もういい、もう良いんだ。俺達は城島礼に負けたんだ」
これ以上恥を晒さなくていい。そう言おうとした俺を怒鳴りつけて来た。
「*******」
????
何を言ったんだ?わからねー。
早乙女桜は普段着のままで颯爽と舞台へ。着替えなくても良いのか?と思わず言い出しそうになったが、ルッソーからもこれはティンクのしたい様にさせるとまで言われれば、止めるわけにも行かない。
しかし、あいつが言った言葉が気になった俺は、ルッソーに聞いてみた。
「あの…ルッソー?桜は何て言ったんですか?」
「ああ〜あれね、フランス語で『邪魔よ。そこをお退き』だよ。ティンクは一旦集中すると、女王様だからね。憶えておいた方がいいよ」
邪魔?思わず顳かみに青筋が立った。
は?俺が邪魔だと?しかもそこをお退きだって?く〜!!あの女〜!!ぐらぐらと俺の頭の血管が湯で滾る。
(だったら、ティンクじゃなくてクィーンと付けた方が良いんじゃないか。その方がぴったりだ)
「でも、そこは音楽の時だけだよ。ティンクの本当の良さは彼女が奏でる色彩豊かな音楽。色の魔術師とも言われてるよ。彼女は人の心に夢を魅せるんだよ。だからティンクなのさ。まあ体験してみれば判るさ」
普段は笑顔を振りまいて、人と争うことすら嫌がる早乙女が? 音楽の時だけあんな風になるのか? 俺、さっきからあいつに睨まれてんだけど。あれって…鳥飼課長が肋骨折られそうになったって言う、無茶苦茶強いあいつの妹にそっくりだ。
そう言えば俺自身、ティンクのコンサートは生で聴いたことはなかったな。過去に二度ほど、徳永音楽楽器機器の倉庫にある壊れたヴァイオリンで、早乙女が弾いてるのを聴いたことはあるが。
あれとは比べ物にならないってことか……。
音楽なのに、色の魔術師? 何だそれ?人の心に夢を魅せる?
そんなの眉唾物だ。
大体、感動したとか言ってる連中だって、本当に感動したのか判らないじゃないか。
それに日本人だったら別に演奏者が下手だろうと、マナーだから拍手くらいはやってくれるからな。それと大して代わらんだろう。
早乙女の奏でる最初の音が俺の心を震わせた。
な、なんなんだよこれ!?
ゆったりとした曲を弾き始める桜に観客達も俺達スタッフも酔いしれた。
幾ら早乙女が上手くても、観客はオーケストラを聴きに来たんだ。これじゃあ早乙女の弾き損だ。
裏口に通じる扉を何度も見ているが、やっぱり大作曲家城島礼の力をまざまざと見せつけられる。
「諦めるのはまだ早いのよ」




