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20話

私に出来る事って何だろう…。

私の中の何かがアレだと叫んでいるけど、いつだって私は弱虫だ。

子供達の声が聞こえる度に、つい何も入っていないペタンコの腹撫でる、その手が震え始めたのはいつからだろう。

分かってる。

こんなに愛していても私の中にはいないのにね。

分かってる。

もう過去の事なのだからと周りからも言われていたのに。

分かってる。

もう忘れなきゃならないのだって。

あれから何年も経っているのに…あの時の事がつい昨日の様に思い浮かんで来るわ。


『まー』

『まあ、良いコね。そうよ私がママよ』

毎日が砂糖菓子のように甘くて幸せだった。

それを壊された。

『どうして?! どうして?! あの子が殺されなきゃならないの?!!』

半狂乱になった私を抱きしめる事もせずに、例の物はちゃんと取引場所に置いて来たんだろうなと何度も確認して来たあの人の言動に目が覚めた。

ああ…私の子供はたかが曲のために殺されてしまったんだ。



漸くマーと私の事を指差して来たあの子が…。

あの子が殺された瞬間から私の時間は止まっる。

どうやって笑顔を作れば良いのかさえ分からないくらいなのに。

あんなに愛していた音楽が憎らしくなった。

ううん…違う。

何かを憎まないと生きて行けないほど、あの頃の私は危うかった。

暇さえあれば公園を徘徊し、我が子を探しまわった。

毎回私が徘徊し、警察から保護される度に私を迎えに来てくれたのはルッソだった。

城島は私の夫のはずだったのに、彼は一度も来なかった。

それどころか彼によって組まれたスケジュールで私はすぐに演奏旅行へと向かわせられた。

そのスケジュールはまさに殺人的だった。

半年から一年の演奏旅行で一息着けれる時は移動時間くらいなもの。

後は本番が来るまで毎日六時間から何時間も練習。

バカンスになっても私には休みなんてなかった。

正に馬車馬。

地方の音楽大学でのバイトの仕事も入っていたりと、どうして家に帰れないんだろうと疑問に思っていた事もあった。

その度、家に帰れば子供を迎えるために買ったベビーグッズが処狭しと置いてあるから、私自身自分が子供を亡くした事実を認めたくはなかった。

そんなこんなで自然と私は家により付かなくなった。


『ティンク、どうして家に帰らないんだ? レイだって君をまっているだろう?』

『…どうかしら…今帰っても私が自分の子を見殺しにしたって言ってくるの。それにね、あの家は辛すぎるのよ。我が子との思い出が蘇って来るから…。今でも悔やんでるわ。どうしてあの日あの時、一緒に居てと言っていたあの子の側にいてあげれなかったんだろうって。だから私が殺したのと一緒なのよ』

『ティンク…それは違う。君は悪くない。悪いのは君の曲を目当てに幼児を誘拐し殺害した犯人なんだ。君が責任を感じる事はないんだ』


あの時ルッソが私を宥めてくれたのも、同情だとしかとれなかった。

彼は独身で子供など居なかったから。私の気持ち何て分かるわけないってそう思ってた。


気がつけば毎日毎日無限のカオスループの中に私は立っていた。

どうして…。

あの時ああしてればよかった。

こうしていれば私の子は殺されなかったんだって。


両親からはそれがあの子の定めだったんだと言われても、私には『お前が殺したんだ』としか聞こえなかった。

今考えれば、あの事件の日に城島から言われた言葉は、私をどん底に落とす物ばかりだった。


『君は自分が何をしたか分かってるのか?』

『君が憎いよ』

『お前が俺の子を殺したんだ!』

『お前が殺したんだ』

『人殺し』


違う!

違う!

あの言葉には警察もオケの仲間達も城島を諌めたほど。

城島の顔を見る度、声を聞く度に手が震えて弓が持てなくなるくらいに私は追いつめられてた。

両親は私を責めたりはしなかったけど、私を見る度に横に首を振っているのを見て、あの人達は私よりも城島を信頼しているんだって。

…そう理解した時、もう彼らに何を言っても無駄なんだと諦めてしまったのよね。



それに追い打ちを描ける様に事件の二ヶ月前に他界した祖母。

サクラが遺言で譲り受けたはずの祖母の屋敷は彼女が演奏旅行に言っている間、城島によって所有者を城島礼に書き換えられていた。

その事が引き金となり、私は城島との子を流産した。


私の子供達も。

両親も。

音楽も。

大好きな祖母との思い出の場所までも。

あの人は私から全てを取って行ってしまった。

ぼろぼろになった私はその日を境に演奏が出来なくなってしまった。

あれからずっとヴァイオリンには触らないようにしようってきめていたのに…。


「……なの?」

「え?」


急に子供に手を引っ張られ、はっと我に返った。


「ごめんなさいね、お姉さんちょっとぼーっとしてた。もう一度言ってくれる?」

「お姉さんはどうしてヴァイオリン弾かないの? 私ね、お姉さんの音楽大好き。んとね…お姉さんの音楽って…上手く言えないんだけど、胸がこう…そう、温かくなるの!私もっと聴きたい!だから弾いて!!ね、いいでしょ?!」


無防備なくらいに、くしゃっとした笑顔を向けられ、サクラは目を見開いた。

どうして?

私の事なんて知らないのに、どうしてこんな屈託の無い笑顔を向けれるんだろう。

ああ…あの子も…我が子も私がヴァイオリンを弾く度、嬉しそうに笑っていたのに…。


「私もお姉さんの音楽大好き!」

いきなり抱きついて来た少女にサクラは目を白黒させた。

手を少女の背に置いていいのかどうなのか、わからないのだ。


「お姉さんのヴァイオリン、もっと聴かせて」

「え?」

「お姉さんの音楽ってね、妖精が踊るみたいなの。ちょっと意地悪だったり。お澄まし屋さんだったり、可愛いだけじゃなくって…うーん上手く言えないけど、とにかくテ◯ンカーベルみたいなの。怒って泣いて笑って喧嘩して、そしてみんなでまた笑うの」


女の子の言葉で昔、ルッソに言われていた言葉を思い出した。

あれはサラサーテを弾いていた時だった。

情緒豊かなところはいつも大げさなくらいに引っ張って、軽い所は子犬がはねる様に悲しみにくれるところは地面に響くくらいに怒り悲しむ様を音で表していたサクラに、ルッソが笑って言っていた。


『ティンク』

『え?』

『そう、サクラ君の音はテ◯ンカーベルみたいだよ。悪戯好きで感情的、でもそこがいいね。だって一つの曲の中で色々な表情を見せてくれるからね。お客さんに取って君は妖精(ティンク)だ』

『ティンク…良い名前だわ』


「お姉さん、もっと聴きたい!弾いてよ」

「!!」


もしかして、私はあの子が聴きたがっていた音楽さえもとりあげてしまっていたのかしら…。

楓…ママを許してくれる?

あなたを護れなかったママを許して…。


「お姉ちゃん?」

「ママを許して…」

「え?」

「ママを許して…」


踞って涙をポロポロ流しているサクラはうわごとの様に何度も同じ言葉を繰り返した。

わけが分からない少女は困った様に首を傾げていたが、ふと笑みを浮かべるとふわりと抱きしめた。


「……い、いよ。許すよ。でも、私にお姉ちゃんの音楽を聴かせて」


その言葉にサクラの涙は決壊したダムのように止まる事を知らず、子供の様に嗚咽を挙げて(周りが心配するほどに)泣き続けた。


「全く何があったかは知らないけど、あなたってば本当にどん引きなくらい泣きすぎよ」

「すびばぜん…」


はいとサクラに渡された物は水で湿らせたタオル。

漸く落ち着きを取り戻したサクラは坂本からそれを受け取ると、腫れぼったい目元を冷やした。


「どう?落ち着いた?」

「はい…。すみません、格好悪い所みせちゃって」


サクラの言葉に鳩が豆鉄砲を食らった顔をした坂本が首を傾げた。


「格好悪い?何それ?人間なんだし、泣くわよ。怒るわよ。笑ってなきゃだめだって誰かから言われた事でもあるの?」

「……似たようなことは言われた事…あります…」

「それを言って来るのは、大バカ者よ」


『サクラ、君は母親の前に奏者なんだ。悲しみも苦しみも押し殺して笑っていろ。誰に何を聞かれても笑っていろ。母親失格のお前に唯一出来るのはコレだからな』


ヴァイオリンを弾く真似をした城島は口元を歪めた。

サクラにヴァイオリンを押しつけた彼は、早く行けとばかりに嫌がる彼女を演奏旅行へと旅立たせた。 


「元夫に…」

「え?サクラさん結婚してたの?」


まだ独身だとばかり思っていた坂本は目を丸くした。


「はい…でも…三年で協議離婚しました」

「そう…」

「……」


「お姉ちゃん、音楽(ヴァイオリン)には悪くないんだよ。お姉ちゃんが大好きだった子供に聴いて欲しいって思うのが良いんじゃないのかな?」


女の子の言葉に、はっとしたサクラはやっと止まった涙を赤く染まった目を潤ませた。



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